マカロニの末裔たち2 ノーネーム
眠ることの無い大都会。
ネオンサインや街灯が輝く中、買い物袋を抱えてゆく男の姿があった。
男は顔に刃物傷があり、凶悪そうな面相をしている。
買い物よりも、銃やナイフを手に物騒な商売をしているのが似合いそうな男だった。
男が袋を抱えたまま歩いていると、不意に脇からぬっと手が伸びる。
掴まれたかと思うや、男は細い路地へ引きこまれてしまった。
ドゴッッッ!!
「ぐっっ!!」
鈍い音と共に男はのけ反り、路上に倒れる。
顔を押さえながら男が身体を起こそうとすると、足で踏みつけられるようにして押さえこまれてしまう。
同時に、男は相手の姿を認めた。
男を引きずりこんだのは十代後半らしい少女といってもいい若い女。
少年のように短めで黄金のように輝く金髪と海を思わせる見事なブルーの瞳をしている。
実際、面立ちも美しいがどことなく少年的な要素を持っており、ポンチョを背中の方へ捲り上げて胸の膨らみが見えていなければ中性的な容貌の少年と間違えたかもしれなかった。
女は茶色を基調にしたウェスタンハットとポンチョを身にまとっている。
ハットとポンチョにはワシやガラガラヘビといった、西部劇などでお馴染みの生き物が白で描かれている。
ポンチョの下は若い娘らしい、ややスレンダーながら健康的な身体つきで、無袖の革ジャンと半袖のシャツ、ショートパンツにオーバーニーソックス、ブーツといった出で立ちをしている。
そして、その腰には黒光りする拳銃を納めたガンベルト。
拳銃は全長20センチくらいの黒いリボルバー。
正式名称スミス&ウェッソンM10、通称ミリタリー&ポリス。
その呼び名通り、警察用、軍用として採用され長い歴史を持つ銃だ。
「だ・・誰だテメェは!?」
男は凄んでみせるが、娘ガンマンはたじろぎもせずに尋ねる。
「エドゥアルドはどこだい?」
「あん?誰のこと言ってやがる!」
「とぼけるんじゃねえ!!」
男の態度が気に入らなかったのか、娘は思いっきり男の喉を踏みつけた。
苦痛に思わず男は咳き込みうめき声を漏らす。
それを尻目に女は拳銃を引き抜くと、親指を撃鉄にかけて銃口を突きつける。
「正直に吐きな。命は惜しいだろ?」
本気で撃ちかねないと思ったのだろう、男は呻きながらも大人しく質問に答えた。
それから三十分ほど経った頃・・・市内のさるマンションの一室にその男はいた。
男はスペイン系らしい白人男性で、高級なスーツやマフラーを身につけている。
その目には冷酷な光をたたえており、多くの命を奪ってきた者であることを示していた。
彼の名はエドゥアルド、スペイン系犯罪組織の幹部だ。
ある事件の被疑者として立件されており、保釈中の身なのだが、どうも裏工作の過程で何やら雲行きが怪しくなり、危険を察知した彼はそのまま逃亡したのだ。
そのため、警察や賞金稼ぎから姿をくらましているのである。
賞金稼ぎと書いたが、西部開拓時代以来、アメリカには賞金稼ぎという職業が存在している。
ただ、現在ではかつてと異なっており、賞金を出すのは保釈保証業者である。
保釈保証業者とは、逮捕された被疑者に代わり、幾らかの手数料を取って保釈金を立て替える業者のこと。
保釈金は非常に高額で、大概の被疑者にとっては払えない。
そのため、専門の業者が手数料を受け取って保釈金を肩代わりする。
保釈金は被疑者が裁判を受ければ返還されるが、逃亡によって裁判を受けなかった場合には返還されない。
そこで、そういう業者の代理人となり、逃亡者の捜査・逮捕をプロの賞金稼ぎが行っている。
そのため、警察のみならず賞金稼ぎの目も警戒しなくてはいけないのである。
エドゥアルドが杯を傾けていると、ベルが鳴った。
傍にいる部下達が互いに目配せをすると、一人が玄関の方へ行く。
拳銃を手にして警戒しながら外を覗くと、買い物にやった部下の姿。
ドアを開けると、警備の男は
「おせえぞ。何してたんだ?」
「す、すんませ・・・のわあっっ!!」
突然、突き飛ばされたような勢いで買い出しから戻ってきた男が警備役に突進する。
折り重なるようにして二人が床に倒れたかと思うや、ドアが勢いよく開いてポンチョ娘が飛び込んだ。
マフィアの男は急いで飛びついた部下を押しのけ、侵入者を撃退しようとするが、それより先に女の銃が火を噴いた。
銃声を聞きつけ、他の部屋から拳銃を持った他の護衛役が飛び出してくる。
女は左手を撃鉄に添えるや、目にも止まらぬ勢いで立て続けに打ち叩く。
轟音と共に拳銃が立て続けに火を噴き、護衛役達は銃を撃つ間もなく、床へ倒れ伏す。
ガンマン娘は敵を全員倒したのを確かめると、薬莢を排出して詰め替える。
その作業が済むと、奥の部屋へゆっくりと足を進めた。
ゴクリ・・ゴックン・・・。
エドゥアルドは自動拳銃を握り締め、緊張した面持ちで食い入るようにドアを見つめている。
扉の向こうでの轟音で何があったのかはすぐに推察できた。
部下がやられた以上、頼りになるのは自分一人。
エドゥアルドは五感をフルに動員し、ドアの向こうの様子を探る。
食い入るように見つめていると、微かにドアノブが動き始めた。
ドアノブはゆっくりと回転してゆく。
侵入者がドアのすぐ向こうにいることに、エドゥアルドはゆっくりと息をのむ。
彼は深呼吸をして自らを落ち着かせにかかる。
やがて、ドアノブが完全に回ったかと思うや、蹴っ飛ばす音と共に思いっきりドアが開いた。
(今だ!!!)
心中で叫ぶや、エドゥアルドは銃をぶっ放す。
直後、人影らしいものが見えたかと思うや、ぶっ倒れた。
倒れているのはポンチョ姿の男だか女だかわからない若造。
(こんな・・ガキだったのか・・)
エドゥアルドはこんな若者にビクついたのかと思うと自嘲の笑みを浮かべる。
だが、今や若造は床に倒れている。
そう安心したときだった。
撃ち殺したはずの若造の身体が動いたかと思うと、ゆっくりと立ち上がりだしたのだ。
エドゥアルドは信じられない状況に口をパクパク動かす。
本能的に彼は二度三度と続けて銃をぶっ放した。
一発毎に若造はのけ反り、後ろへヨロヨロと下がったかと思うと再び倒れる。
今度こそと思った矢先、若者は再び立ち上がった。
不死身の若者にスペインマフィアは愕然とした表情を浮かべて見つめる。
無意識のうちにエドゥアルドの銃はブルブルと震えていた。
突然、目の前の相手がポンチョを捲りあげた。
その下から現れたものを見るや、エドゥアルドはハッとする。
ポンチョの下に見えたのは頑丈な鉄板。
鉄板には銃弾が命中した跡がくっきりと刻み込まれていた。
種が割れるや、エドゥアルドの恐怖が消えうせる。
だが、彼が銃をぶっ放そうとした瞬間、拳銃が弾け飛び、エドゥアルドは右手を押さえる。
手から赤いものがポタポタと滴り落ちていた。
「まだ・・やる気かい?」
撃鉄を起こしたまま、娘ガンマンは尋ねる。
抵抗すればさらに銃弾を叩き込むつもりだった。
「わ・・わかった・・。俺も・・命は惜しい・・・」
「いい判断さねぇ。最初からそうすりゃよかったのさ」
傲慢な口調にエドゥアルドはムッとしかけるが、首根っこを押さえられている以上、そうもいえない。
渋々手を差し出して手錠をはめられると、銃を突きつけられながら歩きだした。
「おい・・・せめて・・名前くらい教えろよ」
「あん?俺かい?ノーネーム・・・ブロンディー・ノーネームさ」
「ブロンディー・・ノーネーム・・?てめぇか!ニトロ娘ってのは!!」
「誰がニトロだぁっっっ!!」
ブロンディー・ノーネームごとガンマン娘は激昂するや、思いっきりエドゥアルドの股間に蹴りを叩き込む。
急所への容赦のない一撃に思わず男は苦痛の表情を浮かべた。
「おい!おっさん!もしまた俺をニトロ娘なんて呼んでみな。アンタの大事なモン吹っ飛ばしてやる!わかったかい!」
ブロンディーはエドゥアルドが必死に頷くとようやく離してやり、再び立ち上がらせた。
ブロンディー・ノーネーム。
それが彼女の名である。
南北戦争前後の時代、名無し(ノーネーム)と呼ばれる、早撃ちに秀でたガンマンがいた。
彼の武勇伝はマカロニ・ウェスタンの巨匠セルジオ・レオーネによって映画化され、『荒野の用心棒』、『夕陽のガンマン』、『続・夕陽のガンマン』という三部作で世界に広く知られている。
その末裔がノーネーム家であり、先祖伝来の銃の技を武器に警備業や賞金稼ぎ業で一派をなしている。
ブロンディーはノーネーム家の令嬢であり、10代後半という若さながらも賞金稼ぎや警備で身を立てていた。
なお、家業ゆえか、若い娘ながらも気性が荒く、ニトロ娘などという綽名を奉られている。
もっとも、ごく一部の者を除いてその綽名を口にして無事に済む者はいないが。
ゴクリ・・・ゴックン・・。
マフィアの平構成員らしいそのスペイン系の男は木陰から息を呑んで様子を伺っていた。
男の見つめる先では、エドゥアルドがブロンディーの車へと引き立てられようとしてゆく。
彼は組織のボスからエドゥアルドへ伝言を言いつかってやってきたのだが、捕らえられたエドゥアルドに出くわしたのだ。
変事を悟った男はすぐに身を隠すと、懐から小型リボルバーを静かに引き抜く。
親指で撃鉄を起こすと、ブロンディーにゆっくりと銃口を向ける。
自分達の幹部を連行しようとする小娘にしっかりと狙いをつけ、引き金を引こうとしたそのときだった。
突然、真っ赤な光点が腹に現れた。
ハッと気づくや、光点はスルスルと上がってゆき、やがて顔の真ん中のあたりで停止する。
本能的にそのマフィアは光点の源の方を振り向く。
すると、別の木陰に何者かが身を潜めているのが見えた。
光点の源にいるのは20代後半とおぼしき男。
黒い髪と瞳をした、モデル張りに端正な容貌の人物。
眼鏡をかけ、黒を基調にした古風なスーツとインバネスコートを纏ったその姿はさながら主人につき従う執事やそれに近い高位の従者といった感じだった。
眼鏡とインバネスコートの男は銃を構えている。
男の銃は、細長い銃身を持ち引き金の前に弾倉がついており、また取っ手に取り外し可能な、銃よりも長い木製ストックを装着している。
さらに銃身には赤いレーザーを発する小型のレーザーサイトが装備されていた。
男が手にしているのは、モーゼル・ミリタリーと呼ばれるドイツの拳銃。
命中率の高さと射程距離の長さ、また馬上で扱いやすいことから19世紀末から日中戦争期にかけ、中国の馬賊や軍閥に愛用されたことで知られている。
男は現代式のレーザーサイトを装着できるように改造してこの銃を使っていた。
マフィアはモーゼルを手にした男がこちらをジッと狙っていることに気づき、一瞬身をこわばらせる。
だが、すぐにも我に返って引き金を引こうとした瞬間、モーゼルが一度だけ火を噴く。
直後、男は宙に足を投げ出すようにしてひっくり返ったかと思うと、そのまま動かなくなった。
「どうだ?まぁまぁの稼ぎにはなったのかよ?」
ブロンディーは目の前で帳簿をつけている、モーゼル使いの男にそう尋ねる。
「とは行きませんね、お嬢様」
「あん?何でだよ?」
ブロンディーは訝しげな目で自分をお嬢様と呼んだ男を見やる。
彼の名はモーティマー。
祖父の代よりノーネーム家に仕えており、今はブロンディー付きの従者兼護衛として主人と共に逃亡犯を追っていた。
「それはお嬢様がよくご存じのはずでは?先週滞在先の街で騒ぎを起こして色々と弁償することになったのですから」
「う・・うるせぇな・・・」
ブロンディーは視線をそらす。
気の短さが原因で、彼女はよくトラブルを起こす人間だった。
トラブルは主に喧嘩で、かなり派手にやらかすため弁償する羽目になることも多い。
そのたびごとに従者であり、また教育係としての役目ももっているモーティマーに厳しく説教されてしまうのだった。
「あーシラケたシラケた!もう俺は寝るからな!」
これ見よがしにそんなことを言い、彼女が自分のベッドへ行こうとしたそのときだった。
突然、背後からモーティマーが主人の肩をおさえた。
「ちょっとお待ち下さい、お嬢様」
「あん?何だよ?」
「隠しているものをお出し下さい」
「な・・何言ってんだよ・・」
従者の言葉にブロンディーの額からジワリと脂汗がにじみ出る。
「誤魔化しても無駄ですよ。さぁ、早くお出し下さい」
「うるせぇ!アヤつけるんじゃねえよ!」
心外だと言わんばかりの素振りを見せると、ブロンディーはベッドの方へ行こうとする。
だが、モーティマーはしっかりと主人を押さえてしまったかと思うと、革ジャンのポケットから何かを取り出した。
従者の手に握られているのはタバコの箱。
しばらくモーティマーは眺めていたかと思うと、おもむろに口を開いた。
「お嬢様、何ですか?これは?」
「あん?ただのタバコだろ!?」
「それはわかります。何故、お嬢様のポケットに入っているのです?」
「知るか!勝手に入ったんだろうが!」
「ほほぅ、勝手にタバコがお嬢様のポケットに滑り込んだとでも?」
「だから知らねえっつってんだろうが!」
娘主人はあくまでも白を切る。
「お嬢様、以前にも申し上げたはずですが?タバコは二十歳になってから。まだ16歳なのですから酒もタバコもいけませんと」
「うっせえ!俺は知らねえっつってんだろうがぁぁぁ!!」
従者の目を盗んでこっそり購入したのは彼女自身が誰よりもよく知っていた。
だが、それを認めるわけには決していかなかった。
「どうやら・・・素直に反省してはいただけないようですね・・・」
「たりめえだろうがっ!俺は何も悪くねえっ!タバコが勝手に入ったんだよっ!!」
ブロンディーはあくまでも言い訳にならない言い訳を主張する。
「では、仕方がありませんね」
そういうとモーティマーは手を伸ばしたかと思うや、主人の手首を捕まえてグイッと引っ張る。
ブロンディーが気づいたときには、従者の膝にうつ伏せに載せられていた。
「てめえっ!!何しやがんだあっっ!!!」
「教育係としての務めを果たすだけのことです」
そういうや、モーティマーはブロンディーのズボンに手をかけ、あっという間に降ろしてしまう。
ズボンを降ろされるや、年頃の女の子らしい、丸みを帯びた形がよく、柔らかそうなお尻が姿を現した。
「ふっざけんなあ~~~~!!離せっ!!離しやがれ~~~!!!」
叱られてはたまらないとブロンディーは必死に抵抗する。
だが、モーティマーは手慣れた様子で若い主人を押さえると、ゆっくりと片手を振り上げ、お尻目がけて振り下ろした。
バシィンッッ!!
「・・っ!!」
強烈な痛みにブロンディーは声を漏らしそうになるが、必死に飲み込む。
バアシィンッ!バチィンッ!ビシャアンッ!バアアンッ!
「全く・・何をしてらっしゃるんですか・・」
主人のお尻を叩きながら、モーティマーはやや呆れ気味でお説教を始める。
「うるせえっ!離せっ!こん畜生っっ!!」
ブロンディーはお尻を叩かれながらも世話係に向かって暴言を吐く。
「そうは参りません。お嬢様にはしっかりと反省していただきます」
バアシィンッ!バチィンッ!ビダァンッ!バアッジィンッ!
「うっせえっ!反省することなんざねえって言ってんだろうがあっっ!!」
両脚をバタつかせながらガンマン娘は必死に抗議する。
「隠れてタバコを手に入れておきながら反省する必要などないとおっしゃるのですか?」
「俺が手に入れたんじゃねえよっ!勝手にポケットに入ったんだ~~~!!」
あからさまな嘘なのを承知でブロンディーはそう主張する。
「バレバレな嘘はやめて下さい。さぁ、素直に謝って下さい。まだ、私が手加減しているうちに」
バチンバチンと痛そうな平手打ちを振り下ろしながらモーティマーはそう言う。
「ヘッ!誰がお前なんかに頭下げるかってんだよ!こんなん痛くも何ともねえ!」
素直に謝るのが癪で、痛がっていると思われるのが嫌で、思わずブロンディーはそう言いやる。
「そうですか。痛くないのですね、お嬢様は?」
一旦、お尻を叩く手を止めたかと思うと、おもむろにモーティマーがそう尋ねてきた。
その態度に何かを感じたのだろう、ブロンディーは警戒心をもたげる。
だが、一度強がった以上、今さら痛いです、許して下さいなんて言えるはずもない。
自爆するのはわかっていたが、それでも意地を張らずにはいられなかった。
「へんっ!こんなん屁でもねえ!蚊が刺したみてえなもんだぜ!」
「よくわかりました・・・。では・・・」
そういったかと思うと、再びモーティマーは手を振り上げる。
そして思いっきり手を振り下ろした。
ビッダァ~~~ンッッ!!
バンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバァ~~ンッッ!!
「ひっ!ぎゃっ!ひぎぃぃっっっ!!!」
心底からの痛みにブロンディーは背をのけぞらせ、悲鳴をあげて両脚をバタつかせる。
「な・・何すんだぁぁぁ!!殺す気かテメェぇぇぇぇ!!!」
あまりの痛さにブロンディーは叫ぶ。
「おや?痛かったのですか?」
モーティマーはいけしゃあしゃあという感じで尋ねる。
「痛ってえよバカ!!殺気込めて叩いてんだろ!!」
「それならば反省しますか?」
「うるせえっ!反省することなんかねえって言ってんだろうが!」
「なら仕方ありません。このまま続けるだけです」
「な・・おいっ!やめろっ!このバカ野郎~~~~!!!」
ブロンディーは抵抗しようとするが、モーティマーは難なく押さえつけると、耳を塞ぎたくなるような強烈な平手打ちの嵐を降らせ始める。
激しく肌を打つ音と、若い娘の罵り声や悲鳴が入り混じって室内にこだました。
「ひっひっ・・い・・痛ってぇよぉぉ・・・・」
ボロボロと涙をこぼし、しゃくり上げながらブロンディーは嗚咽する。
今やお尻はドギついくらいにペンキを塗り重ねたかのように真っ赤に染め上がっていた。
「お嬢様・・・・」
再び手を止めると、モーティマーはポンポンと軽く背中を叩きながら呼びかける。
「まだ・・足りませんか?」
従者の言葉にブロンディーはゾッとする。
(ま・・まだ・・引っぱたく気かよ!?)
ブロンディーは恐る恐る振り向いてみる。
するとモーティマーがゆっくりと片手を振り上げるのが見えた。
一センチまた一センチと上がってゆくたびにブロンディーの表情に恐怖の色が増す。
やがて最大まで振りあげられた手がピタリと停止する。
怯えた目でブロンディーが見つめる中、勢いよく平手が振り下ろされたそのときだった。
「や、やめてくれ~~~~~っっっっ!!!!!お、俺が悪かったあ~~~~!!!!も、もうタバコ吸わねえよぉぉ~~~~~!!!」
半狂乱になりながらブロンディーは叫ぶように言う。
それを聞くや、ようやくモーティマーの手が止まった。
「ようやく言えましたね・・・」
ホッとしたように言うと、モーティマーは主人を起こし、膝に座らせて抱きかかえる。
「よいですか、お嬢様?私は別に意地悪で言っているわけではありませんよ。お嬢様の年頃ではタバコに興味を持たれるのはわかりますし、お屋敷の環境を考えれば無理からぬものがあるでしょう。しかし、お嬢様の年では身体に悪いのです。お身体は大事にして下さい。私も、ご当主様も心配いたしますから。わかって下さいますか?」
優しい声でモーティマーは主人にそう言う。
だが
「ひぃ~~ん・・痛いぃぃ・・・あーん・・ひぃぃん・・・」
余程お尻が痛いのか、すっかり赤ちゃん返りしてしまっていた。
「おやおや。仕方ありませんね」
モーティマーは苦笑すると抱きしめて頭を撫でてやる。
しばらくそうしていると落ち着いたのか、寝息を立てて眠り始めた。
「ええ・・・。今、寝ていらっしゃるところです」
「そうか。いつも世話ぁかけるな」
携帯電話の向こうから、野性味と精悍さに溢れた男らしい声が聞こえてくる。
ブロンディーの父親にしてノーネーム家現当主、モンコ・ノーネームの声だ。
仕事や娘主人の状況を電話で報告しているところである。
「そうでもありません。確かに世話が焼けますが、やりがいがありますから」
「ハハハ、そう言ってくれると助かるわな」
「ところで・・旦那様・・禁煙はうまくいってらっしゃいますか?」
「あ・・そ・・それがだなぁ・・・」
部下の言葉に主人の声が鈍くなる。
それを聞くや、やれやれといった感じでモーティマーはため息をつく。
「どうやらうまくいってらっしゃらないようですね」
「はは。さすがにわかっちまったか・・・」
電話の向こうから主人の苦笑する声が聞こえてくる。
「長い時間がかかるものですから仕方ありません。ですが、幾らガンマンの家系でもヘビースモーカーが揃っているのはあまりよろしいものではないかと。こういうのは何ですがお嬢様がタバコに手を出されそうになるのも一つはお屋敷や会社の環境ではないかと」
「はは・・違えねえ・・・」
電話の向こうで主人が再び苦笑する。
ガンマンの家系や、タバコや酒がトレードマークな稼業に従事しているということがあるのか、家族や従業員にも愛煙家が実に多い。
そのせいでブロンディーのタバコへの興味は相当なものがあった。
「私の方でも気をつけますが、やはり旦那様が手本をお示しになるのが一番よろしいかと存じます」
「あぁ。わかってるよ。それじゃあ、ブロンディーのことぁ頼んだぜ」
そういうと、電話が切れる音がした。
―完―
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