ダンジュー修道院33 スノーヒル研修(二次創作要素あり)



(注:映画『殺しが静かにやって来る』をベースにした設定を組み込んだ二次創作要素入り作品です。なお、この中での設定はあくまで私の作品内における私的なものであり、原作ならびにセルジオ・コルブッチ監督はじめその他原作の関係者とは全く関係ありません。また、ちょっとだけマルコ神父シリーズとリンクしております。許容出来る方のみご覧下さい)


 「バルバロッサ、バルバロッサ・・・おーい、どうしおった?」
自分に呼び掛ける声に気づくや慌ててバルバロッサは振り向く。
すると、ディゴミエ院長の顔が目の前に迫っているのに気付いた。
「あ、院長様。何か用でっか?」
「いや。何だか上の空のようじゃったからな」
「え?そ、そうですかい?」
「ふふん・・・大方チサトのことが気になるのじゃろう?」
院長の問いかけにバルバロッサは図星といった表情を浮かべる。
 「院長様にはかないやせんや・・。その通りですわ」
ため息をつきながらバルバロッサは答える。
「まぁ寂しいのはわしも同じじゃ。じゃが・・色々と世間を見せたり勉強する機会を与えるのも若い者のためじゃ。一月の辛抱じゃぞ」
「へぇ、わかっております」
院長に対し、バルバロッサはそう答える。
現在、チサトは一カ月ほどの研修へ行っていた。
息子同然にチサトを可愛がっているバルバロッサにしてみれば、気落ちしてしまいそうになるのも無理はないといったところである。
ディゴミエ院長がさらに二言三言言葉をかけてから去ると、バルバロッサは少しは元気が出てきたのか、壁の窪みにある彫像を乾拭きする手を動かし始めた。


 同じ頃・・・アメリカ・ユタ州。
ユタ州の雪山地帯にスノーヒルという都市がある。
この市(まち)にある教会があった。
 教会の名は「スノーヒル主と幼な子(おさなご)教会」、主ことイエス・キリストと幼な子殉教者に捧げられた教会だ。
幼な子殉教者とは新約聖書のエピソードに由来するもの。
イエスが誕生した頃、エルサレムはヘロデ王によって支配されていた。
ヘロデは新しい王が誕生するという預言を聞き、それによって自分の王位が脅かされると考えた。
それでイエスの元を訪れようとしていた三人の博士を騙し、生まれた子供を突き止めて殺そうとしたが、天使達のお告げを聞いてイエスたちは安全なところへ逃れてしまい、その目論見は失敗してしまった。
それで怒ったヘロデは博士たちの言葉から子供の年齢を割り出し、ベツレヘムとその周辺にいた該当する年齢の全ての子供を無残にも虐殺した。
こうして罪なくして多くの子供がイエスの身代わりとして殺されてしまったのだが、そこから彼ら虐殺された子供達が幼な子殉教者として聖人とされ、赤ん坊、捨て子、子ども聖歌隊の守護者となった。
 この幼な子殉教者から名を取ってこの教会は設立された。
そのため、この教会はヘロデ王と幼な子にまつわるエピソードが壁画の題材として描かれている。
その壁画を、長椅子拭きの作業をしながらジッと見つめている者がいた。


 (すごい・・・なぁ・・・)
チサトは目の前の壁画に思わず目を奪われる。
題材はヘロデ王がイエスの誕生を知り、その結果罪もない子供達が虐殺されるところまでを描いている。
特に一番最後の子供達がヘロデの兵士達によって無残にも虐殺される描写はあまりにも生々しく残酷で、見ているうちに涙が出てきそうになってしまう。
 (何の・・罪もない・・子たちを・・ひどい・・・)
ヘロデによるこの虐殺はあくまでも伝承であり、史実ではないと歴史学の世界ではいわれている。
しかし、史実の裏付けなどなくても、この壁画が権力による何の罪もない人々に対する暴力の邪悪さ、残酷さをこれほどまでに訴えかけるものであることは間違いなかった。
見つめているうちにあまりにも殺される子供達がかわいそうでかわいそうでたまらなくなり、それが虐殺の犯人であるヘロデ王に否応なしに目を向けさせる。
 そこに描かれているヘロデ王は何とも奇妙だった。
ヘロデが生きていたのは2000年近くも前の時代。
にも関わらず壁画のヘロデはその時代には存在していないはずの眼鏡をかけている。
また、ヘロデ王は何故か右手に黒い手袋を身につけていた。
 (どうしてなんだろう・・?そういえば・・・)
チサトは壁画を見つめているうちに思い出す。
この教会へ研修のためにやってきて以来、この教会には色々と奇妙な点があることに気付いたのだ。
 視線を壁画から外したかと思うと、チサトは奥の祭壇に目を向け、祭壇の後ろに立てられている大きな十字架を見つめる。
祭壇の十字架には他の教会や礼拝堂同様、磔にされたイエス・キリストの姿が刻み込まれている。
だが、そのイエスは他の教会のイエス像とは違っていた。
 まず目に入るのは首のところだ。
通常、十字架に架けられたイエスは頭にかぶせられた茨の冠と腰布くらいしか身に着けていない。
だが、このイエス像は何故かマフラーを身につけている。
さらに、礼拝堂内の脇に目を転じると、死んで十字架から降ろされたイエスを抱きかかえて嘆き悲しむマリアの姿を描いた壁画がある。
その壁画に描かれているマリアは肌が褐色に近く、黒人系の女性を思わせる容貌だった。
 フランスには黒い聖母といわれるマリア像が各地に存在しているからそれ自体はおかしいことではないのかもしれない。
だが、それらはキリスト教以前の時代の宗教の要素と混淆して生まれたものであり、この教会のマリア像はそれとは異なる印象を与えるものだった。


 「どうしたんだ、気になってしょうがいないという感じだな?」
突然、背後から声が聞こえ、慌ててチサトは振り返る。
そこに立っているのは40代くらいと思しき神父姿の男。
がっしりとした体格に、立派な口髭を生やし、誠実さや意思の強さを感じさせる面立ちをしている。
 「あっ、ウォルフ神父、ご、ごめんなさいっ。掃除もしないで・・・」
すっかり作業がお留守になってしまっていたことを思い返すや、チサトは慌てて謝る。
ウォルフ神父はこの教会の責任者で、研修のためにやって来たチサトの指導もやっていた。
 「いや、別に気にしなくて構わんさ。それより・・・やっぱり妙だと思うかな?」
「はい・・・僕が知ってる・・・のとは・・・何だか・・ずいぶん・・・違うように思えまして・・・」
「ふぅむ。よそから・・・それも外国から来た君みたいな子がそう思うのも無理はないな。よし、せっかくだからそのわけを教えてやろう。さぁ、ここを見てみるといい」
ウォルフ神父はそういうと、床を指し示す。
チサトがよく見ると、そこにはこう書かれていた。
 『ジョン・サイレンス ?―1898  罪なき人々のために倒れし男』
チサトはすぐに墓碑銘であることに気付く。
さらによく見てみると、ジョン・サイレンスに続いて大勢の人間の名前が刻まれている。
いずれも生没年は1898年、亡くなった日も同じだった。
 「これは・・・・?」
「これがこの教会が建てられた理由だよ。今から110年も昔、この市(まち)が小さな寒村だった頃、本当にひどいことが行われていたのだよ」
そして神父はチサトにこの地の悲しい歴史を語り始めた。
 1898年頃、まだ小さな村だったこのあたりはポリカットという邪悪で強欲な判事によって支配されていた。
彼は村の住人から一切の仕事を奪って生活できないようにし、犯罪を犯さざるを得ない状況に追い込んだ。
そして飢えから住人達が罪を犯すや、すぐにも賞金をかけ、手先である極悪非道な賞金稼ぎ達に殺させ、彼らに賞金を支払う際に出る手数料によって私腹を肥やしていた。
そんな暴虐が行われている中、ポリカットの手先である賞金稼ぎ一味の頭目ロコによって無残にも夫を殺害された黒人女性ポーリーンの依頼により一人の男がスノーヒルへやって来た。
それがジョン・サイレンスだった。
 彼自身、幼い頃に同じような目にあって家族を失い、障害者にされた過去を持っていたため、邪悪な権力者や賞金稼ぎによって苦しめられる弱い立場の人々のため、殺し屋となって戦っていた。
だが、不幸にも運命はサイレンスや哀れな街の人々には微笑まなかった。
ロコ一味によって人質に取られた人々を救おうと、満身創痍にも関わらず、また罠であることを知りながらもただ一人立ち向かおうとして無残にも返り討ちにあってしまい、人質達も法の名の元に賞金稼ぎ達により虐殺されてしまったのだ。
 その後、スノーヒルの人々は罪なくして邪悪な権力者とその手先たちによって殺された人々や彼らを救おうとして非業の死を遂げた男の菩提を弔うため、そして悲劇を忘れないためにこの教会を建設した。
この教会が捧げられた相手としてキリストと幼な子殉教者が選ばれたのは、人々を救うために死んだ哀れな殺し屋と、罪なくして殺された村人達のそれぞれの非業の死を、イエスと幼な子達の生涯に重ね合わせたからだ。
また、ポリカットは眼鏡をかけて右手に黒い手袋をいつもしており、ポーリーンは黒人系で、サイレンスは首の傷を隠すために常にマフラーを身に着けていたので、そこからヘロデ王をポリカット、嘆き悲しむマリアをポーリーン、イエスをサイレンスに見立てるためにヘロデに眼鏡と黒手袋、マリアに褐色の肌、イエスにマフラーを加えているというわけである。
 「そんな・・・わけが・・・あったんですね・・・・」
「ああ・・・本当に・・悲しい話だよ・・・」
チサトは顔を上げると、サイレンスに見立てられた十字架上のイエスを見つめる。
イエス像は満身創痍で痛々しいが、その目は何故か力強い。
どんなに自らが傷つけられようとも、死が迫っていようとも、苦しむ人たちのために身をささげるという意思が伝わってくるようだった。
それだけに、そんな人が惨たらしく、またただ人間らしく生きようとしていただけの人々が無残に殺されてしまった事実が悲しくてたまらなくなってくる。
思わずチサトの目から光るものが頬を伝ったそのときだった。


 「チサトお兄ちゃ~ん~、あーそーぼー」
突然、教会の外から甲高い声が重なり合って聞こえてきた。
振り返ってみると近所の子供達が堂内へ入って来た。
 「あれ?みんなどうしたの?」
チサトは身を屈め、子供達と近い目線になると、にこやかな笑みを浮かべて尋ねる。
「また遊んでよ~、チサトお兄ちゃんってば~」
「ちょっと待っててね」
チサトはそう言うと、ウォルフ神父の方を振り向く。
「ウォルフ神父・・子供達と遊んできても構いませんか?」
「ああ。構わんよ。ただ・・あまり遠くにいかないようにな」
「わかってます。隣の広場で遊びますから」
「それなら私も目が届くから大丈夫だろう」
「ありがとうございます」
チサトは礼を言うと、子供達の方を向いて二言三言言葉を交わす。
すると子供達は嬉しそうな歓声を上げてチサトを取り囲むようにして出て行った。
 一時間ほど経った頃、ウォルフ神父は執務室で書類と睨めっこしていた。
ペンを動かしながら、時々ウォルフ神父は顔を上げて窓の外を見やる。
窓からは教会に隣接する広場が見えた。
広場では子供達とチサトがボールで遊んでいる。
感じからするとバスケとかその類の遊びのようだった。
子供達と遊んでいるチサトの目はとっても生き生きとしている。
心の底から子供達と一緒に遊んだり、何かをしたりすることが好きなのだということが見て取れた。
 そんなチサトの姿にウォルフ神父は表情が思わず和らいでくる。
無心に子供達と遊ぶチサトの姿は何とも微笑ましい感じがする。
デスクワークなどで気分が滅入っているとき、チサトの素直で一生懸命な姿や、子供と無邪気に過ごしている姿を見ると何だか元気が沸いてくるように思えるのだ。
おかげでウォルフ神父は仕事を続けようという気持ちになる。
だが、窓の外を見ていると、それに水を差す事態が起こってしまった。
勢いよくチサトがボールを投げたのだが、全然見当違いの、道路の方へすっ飛んで行ってしまう。
運の悪いことにちょうど通りを進んでくる通行人がいた。
ボールはものの見事に通行人にクリーンヒットしてしまう。
ヘナヘナと崩れ落ちてそのまま気を失った通行人にビックリしたチサトや子供達が慌てて駆け寄る。
様子を見ていたウォルフ神父も放っておくわけにはいかず、外へ出て行った。


 それからさらに時間が経った頃・・・。
チサトはウォルフ神父のベッドの縁に腰かけ、恐る恐るといった表情でジッとドアを見つめていた。
やがて、静かにドアが開いたかと思うと、ウォルフ神父が入って来た。
 「ウォルフ神父・・・あの人は・・?」
チサトは自分が気絶させてしまった通行人のことを尋ねる。
「大丈夫だ。怪我はない。念のため頭の検査もしてもらったが異常は無いそうだ」
「そうですか・・よかった・・・」
気絶しただけで済んだことにチサトはホッとする。
 「だが・・・・事故とはいえ、人に怪我をさせかけるなど、あってはならんことだぞ、チサト見習い修道士?」
ウォルフ神父は真剣な表情を浮かべると、そう言う。
「は・・はぃ・・。本当に・・ごめんなさい・・・・」
「反省はしているようだが・・・それなりの罰は受けてもらう。いいかね?」
「はい・・・覚悟は・・出来てます・・・」
「よし・・・それなら・・・こっちに来るんだ」
ウォルフ神父が手招きをすると、チサトは大人しく椅子に腰かけているウォルフ神父の元へゆく。
 「この教会では・・・昔から君のような若い子の処罰には尻叩きのお仕置きをしてきた。いいかね?」
ウォルフ神父は少し怖い顔になると、言い聞かせるように言う。
「はい・・・わかりました・・・」
チサトはそう言うと、素直にウォルフ神父の膝の上にうつ伏せになる。
 「おや?素直だな?」
神妙にうつ伏せになったチサトに、ウォルフ神父は意外な表情を浮かべる。
尻叩きのお仕置きなど恥ずかしいもの。
特にチサトくらいの年の子にとっては。
だから嫌がるそぶりくらい見せるものだと思っていたのだ。
 「僕の・・・修道院でも・・お尻を・・叩かれる・・お仕置きを・・されて・・ますから・・・・・」
恥ずかしさをこらえながらも、チサトは答える。
「そうだったのか・・。しかし・・えらいな、君は。実は・・君が来る少し前まで受け入れていた神父がいるのだがね・・・。まぁ君よりずっと年上で23,4歳ということもあろうし、それに結構プライドが高くて意地っ張りな性格のようで・・・ちょっと大変だった子がいたのだよ・・」
「逃げたり、暴れたりしたんですか?」
思わずチサトは怪訝な声で尋ねる。
「いや、そうじゃない。プライドが高いからためらいはしたがちゃんと来たし・・だが、泣いたり素直に謝るのを恥じて、限界で耐えきれなくなるまで素直にならないので、許すに許せずに困ってしまったんだよ」
「そう・・だったんですか・・・。僕には・・想像がつかないです・・・」
基本素直な性格で、謝るのも早いせいか、チサトにはプライドを守るために、限界も限界まで素直にならない、というのは想像の外だった。
 「それはともかく・・・それでは行くぞ、いいかな?」
「は・・はぃ・・」
チサトはそう答えると、両手でウォルフ神父の上着の裾をしっかりと掴む。
ウォルフ神父はそれを見てとると、左手でチサトの身体を押さえ、ゆっくりと右手を振り上げた。


 「はくしゅんっ!!」
突然、マルコ神父は盛大なくしゃみをした。
「おぃおぃ、どうしたんだ?風邪かよ?」
思わずネド神父は心配そうな表情を浮かべる。
 「ただのくしゃみですよ。別にあなたに心配してもらうほどのことでもありません」
「相変わらずつれねえなぁ。少しは優しくしてくれたっていいだろう?」
「何を寝ぼけたことを言ってるんですか?自分の普段の言動を振り返れば自業自得なのはわかりきったことでしょう?」
「やれやれ・・・すっかりいつものツンツンに戻っちまったなぁ。この間のはどこに行っちまったんだ?」
ネド神父の言葉にマルコ神父は途端に真っ赤になってしまう。
「あ、あ、あれは混乱してただけです!!私の本心じゃありませんっ!!仕事があるからもう行きますっ!!」
マルコ神父は慌てて駆け出す。
しばらくして人目に付かないところまでくると、ようやく立ち止った。
 「ハァ・・・ハァ・・・」
両肩を大きく動かし、マルコ神父は深呼吸をする。
「全く・・相変わらずデリカシーが無いんですから・・・」
マルコ神父はネド神父の悪口を思わず言う。
「私も・・・私ですね・・。何だって・・あんなことを言ってしまったんでしょう・・」
そう呟くと、マルコ神父は数日前のことを思い出し、後悔する。
 マルコ神父はネド神父がらみの変な夢を見たことが原因で、すっかり落ち着かなくなり、イライラするような状態になった末、ミスを犯してしまった。
それでまたネド神父にお仕置きされたのだが、そのときに感情を爆発させてそのことをぶちまけたのである。
それで、どうやらネド神父は自分に対して脈があると思うようになり、さらに調子に乗った行動を取るようになったのである。
 「全く・・あんな・・最低な人・・好きなわけ・・ないでしょう!!」
マルコ神父ははっきり言いやる。
だが、その表情はどこか複雑で、嫌いだという感情が大きく占める中、そうでない感情もあるような様子だった。
 「ああもうっ!!違うったら違うというのに!!全くっ!!スノーヒルのせいですからねっ!!」
内心では八つ当たりだとわかっているが、マルコ神父はスノーヒルを非難する。
実はマルコ神父はしばらく前までスノーヒルで研修をして来た。
そのスノーヒルで、実はお仕置きを受ける羽目になってしまい、何故かそのときの記憶が不意に蘇ったかと思うや盛大なくしゃみをしたというわけである。
マルコ神父は雑念やイライラと振り払うかのように数回頭を左右に振ったかと思うと、その場を後にした。


 パシィ~ンッッ!!
甲高い音と共にお尻の表面で痛みが弾け、思わずチサトは目をつぶる。
パシィ~ンッ!ピシャ~ンッ!パアア~ンッ!パッチィ~ンッ!
チサトは口を一文字に引き結んで耐えようとする。
 「全く・・前にも言ったが・・・もっと周りに気をつけないとダメだろう?」
ウォルフ神父はお尻を叩きながらそうお説教をする。
素直で真面目だが、ドジなのは今までのチサトの態度などを見ればわかるからだ。
今まではそんなにひどいものではないので、口頭で注意したり叱る程度だった。
 ピシャ~ンッ!パッシィ~ンッ!パッアア~ンッ!パッチィ~ンッ!
「今回は気絶した程度で済んだからよかったが・・・」
パアシィ~ンッ!ピシャ~ンッ!パアア~ンッ!パッチィ~ンッ!
「ぅ・・・ぁ・・・っ・・・く・・・」
だんだん痛みが増してきて堪え切れなくなってきたのだろう、チサトの口から微かに苦痛の声が漏れ始めた。
 ピッシャ~ンッ!パッアァ~ンッ!パッシィ~ンッ!ピッシャ~ンッ!
「最悪な事態もありえたかもしれんのだぞ?わかってるかね?」
バシバシとお尻を叩きながらウォルフ神父はチサトに問いかける。
「きゃんっ・・!ひゃあんっ・・!ごめんなさいっ・・!迷惑かけて・・・ごめんなさいっ!!」
チサトは悲鳴を上げつつも謝る。
「反省してるか?」
「してます・・・ごめんなさ~いっ!」
「よし・・・それならここまでにしておくか」
そういうと、ウォルフ神父はお尻を叩く手を止めた。


 「大丈夫か?」
赤く染まったお尻に薬を塗ってやりながらウォルフ神父はチサトに尋ねる。
「はい・・少しは楽になりましたから・・・」
「そうか。最後だいぶ痛そうだったように見えたからな。やり過ぎたかと心配したんだが」
「大丈夫ですよ。それより、ご迷惑かけちゃってごめんなさい」
「間違いや失敗は誰にでもあるさ。どこが原因なのか、しっかりと考えて次に生かせばいいんだ」
「はい」


 ―完―
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theme : 自作小説
genre : 小説・文学

サイレンス・ライジング(二次創作要素あり:非スパ)


 (注:セルジオ・コルブッチ監督、ジャン=ルイ・トランティニャン主演の映画『殺しが静かにやって来る』を題材にした二次創作要素入りの作品です。スパが全く無い上、オリ作品に登場する天使・サイレンスと勝手に作品・登場人物達を結びつけていたりします。許容出来る方のみご覧下さい)


 1898年、アメリカはユタ州、スノーヒルという、村といって違和感が無い小さな町。
一面雪に覆われた文字通りの銀世界、だが、その中にポツンと黒い塊が転がっている。
塊は二つ、一つは全身黒づくめで無精ひげが生えている、端正かつ精悍な風貌の男。
両手とも血に赤く染まっており、胸には撃ち抜かれた跡。
 もう一人は黒人の女性。
彼女もまた、胸には撃ち抜かれた跡があった。
さらに、彼ら二人が倒れているその前に建っている酒場の中にも様々な年齢の男女が倒れ伏し、その身体に刻まれた銃弾や血の跡が惨劇を物語っている。
 雪の中に倒れ伏している男の名はジョン・サイレンス。
幼い頃、両親を極悪非道な賞金稼ぎ達に殺され、自身も犯人の不正を証言できないように喉を切り裂かれて声を失うという過去を持っていた。
その結果、彼は悪を、特に「法に従って」という大義名分の元に罰せられることもなく殺人を、それも無実の人を賞金首に仕立て上げ、彼らを血祭りにあげては金を稼ぐ賞金稼ぎ達に強い憎しみと怒りを抱いた。
そして、彼は被害者遺族の依頼でそういった卑劣で悪辣な賞金稼ぎ達を専門に狙う殺し屋、いわば一種の仕置人とでもいう存在になった。
雪深いこのスノーヒルにやって来たのもそのためで、傍らに倒れ伏し事切れている黒人女性、ポーリーンの依頼によるものだった。
 だが、賞金首にされた元町の住人達を人質に取られ、彼らを救うために満身創痍にも関わらず単身で赴き、その結果無残にも返り討ちにされてしまった挙句、依頼人や人質達も惨たらしく殺されてしまったのだ。
 悪人達は勝利の凱歌を上げて悠々と去って行き、物言わぬ死者となった犠牲者たちだけが残されているというわけである。


 しんしんと雪が降り続ける中、不思議なことが起こり始めた。
死者たちの身体が淡く光りはじめたのである。
やがて、淡く光る死者たちの胸からふわりと光る球が浮かび上がった。
光球は虐殺の現場となった酒場の内部を猛烈な勢いでまるで竜巻のようにグルグルと回りだす。
壁に傷をつけるほどの勢いで回るうちに光球は一つ、また一つと互いにぶつかっては大きくなってゆく。
やがて、全ての光球が一つの巨大な光球になったかと思うと、酒場の壁をぶち破り、外に飛び出した。
 飛び出た光球はふわふわと上昇しつつ移動する。
やがて、サイレンスの死体の上空でピタリと停止したかと思うや、ダンクシュートさながらの勢いで急速落下した。
サイレンスの全身に電撃のような光が走ったかと思うと、その身体に変化が起きる。
傷ついた両手や胸の傷が再生したかと思うと、顔にも変化が生じる。
元々の風貌を残しながらも、若干面立ちが変わり、また髭も無くなる。
 だんだんと顔に赤みが出てきたかと思うと、ゆっくりとサイレンスは目を覚ました。
サイレンスは静かに起き上がると、己の両手や胴を見やる。
確かに死んだはずだった。
標的である賞金稼ぎ一味の頭目、ロコの顔を目に焼きつけながら、自分の視界が真っ暗になってゆき、ついには何も感じなくなったことを覚えている。
しかし、自分は生きている。
怪訝に思うさ中、ふと傍らに倒れているポーリーンに目を向けると、信じられないようなことが起こっていた。
 突然、ポーリーンの身体が光に包まれたかと思うや、そのまま光の灰と化して散らばり、消えてしまったのだ。
本能的にサイレンスは酒場へ駈け込む。
すると、同じように酒場内で賞金稼ぎ達に殺された元町の住人達の身体が光る灰となり、消え去ったではないか。
この目で見なければとても信じがたい事態に、さすがのサイレンスも目を見張る。
 そのとき、突然胸や腹に苦痛が走った。
サイレンスは床に両膝をつき、苦痛に口を開け、思わず服を破ってしまう。
破れた服の下から現れた胴は、何とドクンドクンと全体が脈打っている。
やがて、人の顔が幾つも現れたかと思うや、ようやく止まった。
 サイレンスはホッとしつつも、事態を理解する。
己の身体に現れた顔は犠牲者たちのものだ。
悪辣な判事や賞金稼ぎ達によって犯罪を犯すように仕向けられ、賞金首にしたてられた揚句に正義の皮をかぶった悪魔達に殺され、その食い物にされる。
その彼らの無念、悔しさ、本当の正義を求める心が、彼らの魂を以ってサイレンスを甦らせたのだ。
 しばらく、甦った殺し屋は酒場内に佇んでいた。
やがて、サイレンスはゆっくりと立ち上がると、外へ出てゆく。
服が破れて肌があらわになっているところへ、雪や風が吹きつけるにも関わらず全く寒さを感じない。
そのことに、今更ながらサイレンスは己が一度死に、人ならざる者として甦ったことを思い知る。
サイレンスは雪に覆われた通りを見回し、白銀の大地の上にある漆黒の点を見つけると、目当ての物を拾い上げた。
取りあげたのはモーゼル・ミリタリー。
彼の愛銃だ。
モーゼルをストック兼の木製ホルスターに納めるとサイレンスは酒場を後にした。


 「どういう・・・ことだ・・・」
賞金稼ぎ達は酒場をぐるりと見回しながら言った。
「何故だ!何で死体が無い!?」
「誰か持っていったのか!?」
賞金稼ぎ達は口々に叫ぶ。
先日、この酒場で殺した賞金首達の死体を引き取りに来たのだ。
ところが、あにはからんや、賞金首達の死体はまるで手品でも使ったかのように忽然と消失してしまっていたのである。
 「どうする、ロコ?」
賞金稼ぎの一人が、一目見ただけで記憶に残りそうな強い印象を与える金髪の男に尋ねる。
彼の名はロコ。
賞金稼ぎ達の頭目で、町の住人達の怨嗟の的になっている人物だ。
 「わからん・・。だが・・誰か何か知ってるかもしれん。町の生き残り共を全員叩き起こして聞いて回れ」
それを聞くなり、賞金稼ぎ達は外へ次々と飛び出してゆく。
たちまちのうちに荒っぽく戸を叩く音や怒号が町中に響き渡る。
やがて、数少ない町の住人達が路上に引きずり出されると、ロコもゆっくりと路上に姿を現した。
 邪悪な賞金稼ぎ達に取り囲まれた町の住人達は、寒さよりも恐怖に震え、恐る恐る賞金稼ぎ達を見やる。
「おい・・!賞金首共をどこにやった!!」
「知らないわよ!」
娼婦の一人が答えるが、一人の賞金稼ぎが荒っぽくライフルのストックでみぞおちのあたりを殴りつける。
「ぐふっ・・!知らないって言ってんでしょうが!!」
「隠すとためにならねえぞ!言え!言ええっ!!」
男は激昂して殴りつけるが、娼婦は本当に知らないのだろう、呻きながら気を失ってしまう。
 ムスッと不機嫌な様子でロコが様子を見ていると、隠れていた雑貨屋のオヤジと目があった。
オヤジはロコに見つかるや、恐怖に駆られて逃げ出す。
ロコは素早く投げ縄を用意すると、オヤジ目がけて投げつけ、見事にキャッチすると引き倒した。
 「おい、逃げようとしたな?」
ロコは一見すると引き込まれてしまいそうな、人の良さそうな笑顔を見せる。
だが、町の住人達は知っていた。
この笑顔の向こうには悪魔が隠れていることを。
 「か・・勘弁してくれ・・。お・・俺は・・何も・・知らない・・」
「まぁまぁ・・。ゆっくり・・話は聞こうじゃないか。おい、こんな話知ってるか?」
不意にロコは仲間の一人に話しかける。
「何だよ、ロコ?」
「冷たい風の中、雪で肌をこすると肌が強くなって身体にいいそうだぞ?」
「ほほぅ・・。そりゃ面白いことを聞いたなぁ・・・」
「おい、このオヤジ、肌が弱そうだ。せっかくだから肌を強くしてやろうじゃないか」
「や・・やめ・・やめてくれっっっ!!」
 哀れなオヤジが悲痛な叫びを上げるのを無視し、賞金稼ぎ達は男を雪が積もり冷たい風が吹く中でパンツ一丁にしてしまう。
寒さにオヤジが悲鳴を上げる中、男達は笑い声を上げ、雪を持っては肌になすりつける。
 「うぎゃああっ!!やめ・・やめてくれぇぇぇ!!」
苦痛のあまりにオヤジは雪の上を転げ回り、本能的に雪を掴んでロコに投げつけた。
雪は見事にロコの顔に当たり、雪が顔に散らばる。
 「おい、向こうが先にやったよな?」
ロコが仲間に問いかけると、仲間は頷く。
それを見るや、ロコは拳銃を引き抜き、何のためらいも無くオヤジの額を撃ち抜いた。
 オヤジが倒れ伏し、額の部分の雪が赤く染まる。
「ふふん・・正当防衛だ」
ニヤニヤとロコが笑みを浮かべて悦に入ったそのときだった。
 突然、オヤジの身体が光った。
賞金稼ぎ達は無論、引き出された住人達も目を丸くする。
光ったオヤジからまばゆい光球が飛び出し、猛烈な勢いで飛び出したかと思うと、何も無い筈の場所で轟音と共に見えない何かに激突する。
直後、信じられないことに、人型のすりガラスのようなものが現れたかと思うと、バチバチと雷のようなものが走る。
 賞金稼ぎ達が呆気に取られている中、どんどんすりガラスのようなものに色と形がつき、何かが現れる。
「お前は・・・!!」
賞金稼ぎ達の口から驚愕の声が漏れる。
現れたのはサイレンス。
 「バ・・カ・・な・・・」
ロコは目を見張る。
確かに殺したのだ。
それなのに、目の前に立っている。
 サイレンスはゆっくりと賞金稼ぎ達の方へ向ってくる。
一人の賞金稼ぎがウィンチェスター・ライフルのレバーを動かしたかと思うと、硝煙と共にぶっ放した。
真っ向から銃弾を喰らい、サイレンスはコマのように回転しながら倒れる。
確かな手ごたえに全員、冷笑の籠った含み笑いを浮かべる。
 だが、サイレンスはゆっくりとだが起き上がった。
それを見るや、全員の表情が変わる。
他の賞金稼ぎ達もライフルや拳銃を構え、ゆっくりと進んでくるサイレンスに狙いを定めてぶっ放す。
サイレンスのコートに数か所穴が空き、再びサイレンスは身体がグラリと傾いて倒れ伏す。
しかし、それでもケロリとした様子で再び立ち上がってきた。
 賞金稼ぎ達は互いに顔を見合わせる。
ロコは賞金稼ぎ達の前に出ると、拳銃を握った手をゆっくりと前に突き出し、サイレンスの顔に狙いを定める。
撃ったら誰だかわからなくなるから顔を撃つのは本来なら賞金稼ぎにとってはご法度だ。
しかし、そんなことを言っている場合では無かった。
しっかりと狙いを定めるや、ロコは引き金を引く。
見事なまでに銃弾は額に命中し、サイレンスは足を宙に投げ出して倒れた。
 賞金稼ぎ達の顔に勝利の笑みが浮かびかける。
だが、額に風穴が空いているにも関わらず、また起き上がってきたサイレンスを見るや、笑みが途中で凍りついた。
 額からムクムクと銃弾が押し出され、ポロリと雪道に転がり落ちたかと思うと、サイレンスの傷があっという間に塞がってゆく。
それを見た賞金稼ぎ達は戦慄が走り、手足が震え出した。
「な・・何だ・・何なんだよ!!お前は!!」
恐怖に駆られ、賞金稼ぎ達がさらに撃とうとしたときだった。
 目にも止まらぬ早さでサイレンスが愛銃のホルスターに手をかけた瞬間、モーゼルが引き抜かれ、立て続けに火を噴いた。
あっという間にロコと一人を除く賞金稼ぎ達がコマのように回りながら雪の中に倒れ伏す。
男達が倒れた下では雪が純白から濃厚な赤へと変わってゆく。
 再び、サイレンスとロコが互いに相手の顔を見つめる。
酒場前での戦いでは腕を撃ち抜かれ、抵抗を封じられた状態で、それでもなお闘志を捨てずにジッと睨んでくるサイレンスをロコが無表情に見下ろしたものだった。
だが、今のロコの顔にあるのは驚愕と恐怖。
ロコは踵を返すや、必死に馬のところまで走りだした。
 「あっ!!待ってくれっ!!」
一人生き残った仲間の賞金稼ぎは遅れまいと馬の元へ走る。
だが、モーゼルの銃声が響き渡ったかと思うと、たった一頭を残して賞金稼ぎ達の馬が撃ち殺されてしまった。
 ロコは急いで馬にまたがるや、必死に拍車を入れようとする。
「待ってくれ!俺も乗せてくれ!」
「うるさい!二人も乗せたら遅くなる!!」
無情にもロコは仲間の顔に思い切り蹴りを叩き込むや、自分一人逃げ出す。
 「外道!人でなし!この悪魔!」
自分を置き去りにして逃げていくロコに賞金稼ぎは罵声を浴びせる。
しかし、背後に気配を感じるや、咄嗟に振りかえる。
すると、いつの間にか射程距離内にまでサイレンスが接近していた。
「こ・・この・・化け物っっ!!」
恐怖の混じった叫びと共に男は拳銃を構える。
直後、サイレンスのモーゼルが火を噴いた。


 「ハァ・・・ハアハアハア・・・・」
深い雪の中、ロコは必死に馬を走らせる。
「走れ!走らんか!この駄馬が!!」
降り積もった雪に足を取られ、中々進まない馬をロコは罵り、必死になって拍車を入れる。
馬を走らせながらときどきロコは振り返る。
すると、サイレンスが徒歩で追ってくるのが見える。
この世ならざるものになったためか、サイレンスの足取りは馬と変わらない。
ロコは今まで味わったことのない恐慌に駆られ、必死に馬の腹に拍車を入れる。
 甦った自分から逃れようとシャカリキになるロコを尻目に、サイレンスは立ち止まる。
彼は腰からホルスターを外すと、それをモーゼルのグリップに装着する。
死に物狂いなロコを尻目に、サイレンスはストックをつけたモーゼルをライフルのように構え、馬にしっかりと狙いを定める。
モーゼルが火を吹くや、ロコの馬が嘶き、棹立ちになったかと思うや、雪上に倒れる。
同時にロコは投げ出され、顔から雪に突っ込んだ。
 「ぶへ・・ぶっふ・・」
口から雪を吐き出しながらロコが振り返ると、ストックをつけたままサイレンスがゆっくりとこちらへ歩いてくる。
「ひ・・!!」
ロコは恐怖に駆られて走りだす。
息が続く限りロコは走りに走る。
やがて、目の前に凍りついた川が現れた。
 「ここは・・・」
目の前に広がる河にロコは思わず呟く。
自分を逮捕し、もっと大きな街にある刑務所へ連行しようとした、あのいけすかない保安官を氷の割れ目から叩き落としてやった川だ。
ここからロコは引き返して仲間を連れ、サイレンス達への復讐を果たしたのである。
 不意にロコは背後に気配を感じた。
恐る恐る振り返ってみると、サイレンスがこちらの射程距離内まで近づいている。
サイレンスの姿にロコはギクリとする。
沈黙の殺し屋はモーゼルをゆっくりと持ち上げると、銃口をロコの方へと向ける。
 「ま・・待て!!待て待て待てっっ!!」
ロコは両手を上げながらサイレンスに叫んだ。
「か・・勘弁してくれっ!!俺が悪かったっ!!も、もう賞金稼ぎはしない!!足を洗う!!何だったら親指を撃ち飛ばしてくれてもいい!!」
ロコは見苦しくも命乞いを始める。
サイレンスの性格をよくわかっていたからだ。
 確かに金で殺しを請け負う殺し屋だ。
だが、彼は彼なりの信念、正義に基づいて殺しを行っている。
だから牙を向いて立ち向かってくる賞金稼ぎは撃ち殺すが、戦意を失い、降参の意思を示したものは殺さず、代わりに親指を吹っ飛ばして二度と銃を持てなくし、賞金稼ぎ生命を断つという方法で制裁する。
ロコはそこを冷徹に計算し、米つきバッタのように何度も土下座しながらサインレスの様子をジッと観察する。
 サイレンスはブルブルと拳銃を震わせ、口元をヒクつかせている。
迷っているのだ。
自分に再び命を与えた魂たちは目の前の男をハチの巣にしてくれ、とサイレンスに訴えかける。
サイレンスも、たとえ親指をふっ飛ばし、賞金稼ぎ生命を絶ったとしても、この男が別の方法で世の中に害毒をもたらす存在であろうことは容易に想像できた。
実際、ロコの庇護者にしてスノーヒルで行われた暴虐の一切の黒幕であった悪徳判事ポリカットはかつてサイレンスに親指を撃たれて賞金稼ぎを廃業させられた男だった。
銃を持てなくなった彼は代わりに銀行家兼判事となり、金の力を武器に賞金稼ぎ時代以上の悪を行ったのである。
ポリカットをしのぐ邪悪さを持ち、彼に劣らぬほど狡猾なロコならば、例え銃を持てなくしたとしても世の中に害毒を流し続けることは間違いない。
この場で殺してしまうことこそが、霊達の無念を晴らし、また世間に対してこれ以上の悪をはびこらせることを阻止することになる。
それはわかっていた。
 だが、彼にはどうしても出来なかった。
彼が単なる殺し屋では無いのは何故か?
それは彼が自分自身に対してルールを課しているからだ。
自らに課し、守ると決めたルールを厳格に守りとおしているからこそ、彼はただの殺し屋では無く、あくまでも賞金稼ぎや悪徳判事に苦しめられる弱い立場の人々の無念や悲しみを背負うことが出来る。
しかし、命乞いするロコを撃ち殺してしまえば、サイレンスは自らのルールを破り、一線を越えてしまう。
それは、彼自身が誰よりも憎み忌み嫌う賞金稼ぎ達と同じ存在に堕ちてしまうということだった。
 サイレンスは土下座するロコを目の前に苦悶の表情を浮かべている。
突然、サイレンスは雪に覆われた河岸に寝転んだかと思うや、空に向けてモーゼルを狂ったようにぶっ放した。
口がきけるものならば悲痛な叫びが上がるであろう、苦悶の表情を浮かべてサイレンスはモーゼルを空へ撃ちまくる。
 (た・・助かった!!)
ロコはサイレンスの行動に安堵する。
サイレンスにはもう自分に手を出せない。
それがわかるや、ロコは立ち上がり、脱兎の如き勢いで厚い氷に覆われた川の上を走りだした。
 「ハハ・・・ハハハハハハ・・・ハハハハ・・・」
人の皮を被った悪魔は安堵と勝利の高笑いを浮かべながら川の上を走り、逃れようとする。
そのとき、突然、数メートル離れた場所で氷に穴が開いたかと思うと、大きな水柱が上がった。
 (何だ・・!?)
思わずロコは立ち止まる。
水柱が消えて現れたものを見るや、再びロコに驚愕が走った。
「お前は!?」
水柱の後に氷上に現れたのは立派な口髭を生やし、強い意思と誠実さを併せ持つ表情を浮かべた男。
賞金稼ぎの悪行を止めさせるために州知事によって派遣されてきた保安官だった。
 「そうだ・・俺だよ」
「馬鹿な!!確かにお前も殺したはずだ!!」
ロコは自分が川へ叩き落としたはずの保安官が現れたことに動揺する。
「そうだ。確かに死んだよ」
「もう一度・・殺してやる!!」
ロコは拳銃を取り出すと、頭を狙って撃つ。
だが、銃弾は保安官の額に風穴を開けるも、すぐに傷口が閉じてしまう。
 「無駄だ。サイレンス同様、俺も一度死んだ身。死んだ者を二度殺すことは人間には出来んぞ」
そういうと保安官は持っていたウィンチェスター・ライフルを構える。
「おい・・ロコ・・戻れ」
「な・・何だと?」
「戻ってサイレンスと一対一で決闘するんだ」
「い・・嫌だと言ったら?」
「そのときは代わりに俺がお前の人生にケリをつけてやる。お前のおかげで一つ学んだよ。愚直に法に従ってばかりじゃお前みたいな外道を野放しにするばかりだとな」
保安官はそういうと、ライフルのレバーを操作する。
言う通りにしなければ自分がロコを撃ち殺す気なのだ。
 「く・・・!!」
屈辱感に顔を歪め、顔をヒクつかせつつロコは言う通りにする。
保安官に殺されるのも嫌だったからだ。
 「サイレンス!!」
保安官はロコを戻らせると、ライフルを構えたまま、サイレンスに呼びかける。
「今からロコを正々堂々、一対一で決闘するんだ。わかったな?」
保安官が問いかけると、サイレンスは頷く。
サイレンスはストックを銃から外して腰に戻し、モーゼルを中へ納める。
そして、氷上に立つロコをジッと睨みつけた。


 (くそぉ・・!!何だってこんなことに・・)
ロコは歯噛みせずにはいられなかった。
サイレンスは強い。
自分より早い男だというのはよくわかっていた。
だからこそ、夜盗に仕立て上げた元町の住人達を人質に取り、一人で戦いに来るように仕向けた上、仲間達に撃ち殺させるという悪辣かつ卑劣極まりない方法で殺したのである。
だが、その男が蘇って自分達に復讐しに来るとは。
 ロコはジッと食い入るようにサイレンスを見つめる。
見つめるうちに目の前の男がだんだん大きく見えてくる。
(ま・・まずい・・・)
ロコは自分が相手の気迫に呑まれかけていることに気づく。
(呑まれたら殺されるぞ!!)
ロコは必死に自身を叱咤し、気を奮い立たせようとする。
だが、目の前の男から放たれる殺気がバリヤーのようにジワリジワリと周囲に広がって行き、ロコの胃を否応なしに圧迫する。
卑劣な賞金稼ぎの額からは脂汗が噴き出し、コートや手袋も汗で身体にまとわりつく。
両脚が寒さよりも恐怖で震え、ロコは逃げ出してしまいたくなる。
本能的に逃げ道は無いものかと視線を飛ばすが、それを察知した保安官がこれ見よがしにライフルを操作する音を立てる。
保安官の存在に即座にロコは逃げ出す考えを捨てる。
サイレンスが見逃したとしても保安官が撃ち殺すのは明らかだった。
けいれんにかかったかのようにロコの手や頬がブルブルと震える。
対して、サイレンスの方はジッとロコを見つめている。
 「ハァ・・ハッ・・・ハゥァ・・・」
だんだんとロコの息が上がり、表情に緊張と緊迫感が増してゆく。
とうとう耐え切れなくなったのか、ロコが寒冷地用の毛皮製ホルスターに手をやったかと思うや、リボルバーを構えた。


 パンッ!!
「ぐ・・・・」
乾いた音と共にロコがうめき声を上げた。
サイレンスの手にはモーゼルが握られ、銃口からは硝煙が上がっている。
ロコの方が先に抜いたが、電光石火の早業でサイレンスがロコよりも早く発砲したのだ。
 先に抜かせて電光石火の早業で撃つ。
賞金稼ぎでは無く、殺し屋という非合法な存在ゆえ、サイレンスが身につけた奥儀だ。
相手を挑発して怒らせ、先に抜いたところでこちらも高速で抜き、撃ち殺す。
そうすれば先に抜いた相手方が非となり、正当防衛を主張することが出来る。
殺し屋というハンデゆえにサイレンスが生み出した、並みの者には決して真似できぬ秘技だ。
 「あぅ・・かぁ・・・・」
ロコは腹を左手で押さえながらよろめく。
だが、それでもさすがに賞金首の端くれか、メラメラと憎悪の炎を目に宿らせ、拳銃を構える。
ロコが震える手で拳銃を構え、親指で撃鉄を起こすのを見計らうや、モーゼルが再び火を噴いた。
 「がはっ!!」
銃撃を喰らい、クルリとコマのように回りながらロコは後退する。
立て続けにモーゼルが火を噴き、周りながらロコはどんどん後ろへ下がってゆく。
やがて、氷上に空いた大きな穴へ水しぶきと共に転がり落ちた。
 「・・・・・!!!!」
凄まじい水の冷気にまだ意識のあるロコは声にならない悲鳴を上げる。
直後、何かにグイと引っ張られる感覚を覚えた。
 片足を見やると、何かがしがみついているではないか。
しがみついている者が顔を向けるや、ロコは愕然とする。
サイレンスを殺した直後、酒場で殺した犠牲者の一人だった。
 ロコは両手を動かし、必死に水面へ上がろうとする。
だが、川底から次々と犠牲者の霊が現れたかと思うと、手と言わず胴と言わず足と言わずにしがみつく。
やがて、ロコは口や鼻から大量の泡を噴き出しながら冷たい川底へと引きずり込まれてしまった。
 「やっと・・・終わったな・・」
川へロコが叩き落とされ、犠牲者の霊に連れ去られてゆくのを見届けた保安官はサイレンスにそう話しかける。
サイレンスは保安官の方を見やると静かに頷いた。
 「俺達の仕事も終わりだ。ほら、あれを見てみろ」
不意に保安官が何かを指さし、サイレンスも振り向く。
すると、いつの間にか大きな道が現れていた。
道の奥へと向かって、犠牲者たちがゆっくりと歩いている。
 「はは。天国への道だな。俺達も行くとするか」
保安官の言葉にサイレンスは頷くと、天国への道に足を踏み入れた。


 2008年、スノーヒル。
粗末な木造家屋が並ぶだけだったこの町も今やすっかり変り、舗装道路が敷かれ、自動車が行き交っている。
マクドナルドやスターバックスといった大手チェーン店も軒を連ね、穏やかで幸せそうな住人達がメインストリートを行く姿は、とても110年前に悲惨な事件があった街とは思えない。
そんなスノーヒルのメインストリートにひっそりと佇む石碑があった。
石碑はちょうど、惨劇の舞台となった酒場がかつて建っていた場所に立っている。
 『圧制の犠牲となった人々、またそれを救おうとして非業の死に倒れて全ての人々の霊に 1969年 スノーヒル市』
石碑にはこのように刻み込まれていた。
 1969年、セルジオ・コルブッチ監督、ジャン=ルイ・トランティニャン主演の映画『殺しが静かにやって来る』によって、それまで忘れ去られかけていた惨劇の事実が掘り起こされた。
当時、既に市となっていたスノーヒルでは、犠牲者やサイレンスの霊を慰めるため、慰霊碑を建立したのである。
 人々が行き交う中、西部劇から抜け出してきたような異様な風体の男が通りの端を歩いている。
だが、人々は全く気付かない。
彼らには見えていないのだ。
やがて、男は慰霊碑の前で立ち止まった。
 その男は全身黒づくめでモーゼルを腰に身につけている。
顔もジョン・サイレンスに似ていた。
だが、どこか彼とは異なる面立ちをしている。
同時にコートの下には胸当てを、両腕には棺桶をモチーフにしたガントレットをはめている。
何よりも異様なのは、背中から見事なまでに黒々とした大きく立派な翼が生えていた。
 処刑人の天使、ジャンゴ・サイレンスは慰霊碑の前に立ち止まると、ジッとそれを見つめる。
サイレンスは一輪の花を取り出すと、それを慰霊碑に捧げた。
この慰霊碑に追悼されている男、それが彼の半身だったからだ。
ジャンゴ・サイレンスは元はジョン・サイレンスだった。
天界に赴いたジョン・サイレンスは己の身を呈して悪と立ち向かおうとした心を認められ、殺人の罪を償った後、天使として生まれ変わった。
天使として生まれ変わったことで、彼には新しい名と役目が与えられたのである。
 彼は年に一度は必ず、ここを訪れていた。
今でこそ天界で静かに、穏やかに暮らしているが、この世では助けることが出来なかった人達に祈るために。
しばらくの間、サイレンスはジッと佇んでいたが、やがて静かにその場を去っていった。


 ―完―

theme : 自作小説
genre : 小説・文学

ダンジュー修道院25 スキヤキ・ノワール・キンダイチ3


 冷たい懺悔室の石床の上でチサトとラウールはジッと跪いていた。
「うぅ~。身体痛い~~~」
ラウールは不自然な態勢にすっかり根を上げている。
チサトも苦しそうだったが、口を引き結んでジッと耐えていた。
 「ねぇ・・チサちゃ~ん・・・逃げちゃわない・・?」
不意にラウールがそんなことを言ってきた。
「駄目ですよ!僕たちがいけないのはわかってるじゃないですか!?」
ラウールの誘いにチサトはそう答える。
チサトは金田一のおかげで与一から救い出され、現場に駆けつけた警察により保護されて一時間ほど前に戻ってきたのである。
修道院に帰ってくると、予想はしていたがバルバロッサが待っていた。
帰ってくるなり命じられたのが懺悔室行き。
そこで先にいたラウール共々、バルバロッサがやってくるまで跪いた姿で反省しているよう言われたのである。
 「そんなこと言ったって間違いなくお尻ぶたれちゃうよ~。わかってるでしょ、チサちゃんだって~」
「そうですけど・・。でも逃げるわけにはいかないじゃないですか・・・」
「怖くないの、チサちゃん?」
「怖いですよ・・・それは・・・」
チサトは正直に言う。
いつも経験しているからその痛み苦しみはよくわかっていたからだ。
「でしょ~。ねえチサちゃ~ん、逃げようよ~~」
「ええ度胸やなぁ?そんなこと抜かしおって」
不意に野太い声が聞こえた。
ラウールはドキッとして振り返る。
するといつの間にかバルバロッサが立っていた。
 「ひいっっ!!!」
ラウールは情けない声を上げると震えあがる。
とうとう恐れていたものがやってきたからだ。
バルバロッサはそんなラウールの姿を尻目に、椅子を持ってくると腰かける。
 「さぁて・・・お前ら・・・覚悟はいいだろうなぁ?」
バルバロッサはそう言うと二人をジロリと見やる。
その射すくめるような眼光に二人は震えあがる。
「んで・・どっちから来るんや・・?」
不意にバルバロッサが尋ねた。
二人は意味がわからず、キョトンとした表情を浮かべた。
「どっちからここに来るって聞いたんや。さぁ、どないすんのや?」
バルバロッサは膝を軽く叩きながら言う。
それを見てようやく二人は理解した。
 二人は互いに振り向くとジッと相手を見やる。
二人の目は互いに「お先にどうぞ」と語っていた。
視線で互いに二人は順番を譲り合う。
本人たちにしてみれば真剣なのであろうが、はたから見ると何とも滑稽な感じだった。
 「いい加減にせぇ・・いつまでぐだぐだやってんや・・・」
苛立たしげな声でバルバロッサが言うと、ラウールは再び震えあがる。
その声にようやく覚悟が固まったのだろう、チサトがバルバロッサの方へやってきた。
震えながらもチサトはバルバロッサの脇に立つ。
「よう来れたな。ええ子や」
そういうとバルバロッサはチサトの腕を掴んで引っ張った。
チサトは倒れこむようにして膝にうつ伏せになる。
既に覚悟を決めていたからか、声を漏らしたり怯えることは無く、静かに両手でバルバロッサの裾を握り締めた。
 「素直でええ子や・・。じゃが・・優しゅうはしてやれんのや。たっぷり痛い思いしてもらうで。ええな?」
バルバロッサの問いにチサトは黙って頷く。
それを見るとバルバロッサはチサトの頭を左手で押さえ、いつもの通り修道服を捲り上げてズボンを下ろす。
お尻を出すと今度は右手に丹念に息をかけだした。
息をかけ終えるとバルバロッサの右手がゆっくりと上がっていき、やがてチサトのお尻目がけて勢いよく振り下ろされた。


 バアッチィ~ンッ!
「きゃあっ!」
しょっぱなから容赦の無い強烈な音が響き渡る。
その衝撃に思わずチサトは悲鳴を上げ、背をのけ反らせそうになる。
お尻の方も真っ赤な手形がしっかりとハンコで押されたようについている。
バアッシィ~ンッ!ビッダァ~ンッ!バッアア~ンッ!ビッバァ~ンッ!
「ひゃ・・ひ・・ひぅ・・・あ・・・・」
チサトは声を漏らすまいと口を閉じる。
だが、普段のお仕置きとは比べ物にならない痛みに、否応なしに声が漏れてしまう。
ビッダァ~ンッ!バアッジィ~ンッ!ビッジャア~ンッ!バッジィ~ンッ!
「ひゃ・・きゃあ・・ひゃんっ・・ああんっ!」
強い痛みにチサトのうめき声はあっという間に悲鳴に変わった。
バアッジィ~ンッ!ビッダァ~ンッ!バッアァ~ンッ!ビッダァ~ンッ!
「きゃあんっ!ひゃあんっ!きゃあっ!やあっ!」
お尻を襲う苦痛にチサトは両脚をバタつかせる。
始まって間もないというのに、お尻はすっかり赤みを帯びていた。
 「何やっとるんや!お前って子はぁ!?」
腹の底から怒鳴りつけるような強い口調でバルバロッサが口を開いた。
ビッダァ~ンッ!バアッジィ~ンッ!ビバジィ~ンッ!バジィ~ンッ!
「また勝手に院を抜けやがって!」
バルバロッサは叱りながらチサトのお尻に平手を叩きつける。
一撃ごとにチサトのお尻が震え、さらに激しく足をバタつかせた。
ビバアッジィンッ!ビッダァァンッ!ビッシャア~ンッ!バッジィ~ンッ!
「それでとんでもねえ連中にさらわれたりしやがって!」
ビッダァ~ンッ!バアッジィ~ンッ!ビッバダァ~ンッ!バッジィ~ンッ!
「きゃああ~んっ!ひゃあ~んっ!痛あ~っ!やぁぁ~っ!」
チサトはますます両脚をバタつかせるが、バルバロッサは構わずにさらにお尻を叩き続ける。
ビッバァ~ンッ!バアッジィ~ンッ!ビダッバァ~ンッ!バアッジィ~ンッ!
「金田一はんがおらなんだらどうなってたかわかっとるんかぁ!?馬鹿モンがあっ!?」
「ひぃん・・ごめん・なさいっ・・ごめんなさいっ・・ごめんなさい~~」
チサトは手足をバタつかせながら必死に謝りだす。
「アホぉ!ごめんなさいは当たり前だろが!今日という今日は本当に怒っとるんや!幾ら謝っても泣いても、ちょっとやそっとじゃ許さんからな!」
バルバロッサはそう言うとさらに思いっきりチサトのお尻を叩きだす。
チサトは平手を打ちつけられるたびに身体を硬直させ、或いは背をのけ反らせる。
涙をこぼしながらチサトは必死に謝るが、バルバロッサは許す気配を見せず、平手を叩きつけた。


 (ひぃぃ~~~。本気で怒ってるぅぅ~~~)
ラウールは目の前で繰り広げられているお仕置きに身体を震わせる。
普段だったらごめんなさいが出た時点で、何が悪かったを問うてお説教したあとで解放してやるはずだ。
だが「幾ら謝っても泣いても、ちょっとやそっとじゃ許さん」とチサトに叫んでいる。
息子同様に思って可愛がっているチサトにこんなことを言うほど、怒り心頭だということがラウールには見ていてわかった。
 (となると・・・・)
ラウールは自分の番を想像する。
チサトでさえこんなに激しいお仕置きを受けているのだ。
今回の件の主犯格で原因ともなった自分ならばもっともっと厳しいお仕置きをされるかもしれない。
(そ・・そんなにされたら・・お尻・・壊れちゃう・・。いや・・死んじゃうかも・・)
自分で想像しているうちにラウールは青ざめてくる。
(に・・逃げちゃおう・・)
不意にそんな考えが浮かんできた。
幸い、バルバロッサはチサトのお仕置きに集中しているようだ。
うまくいけばこっそり逃げ出せるかもしれない。
そう思って腰を浮かせかけたときだった。
 お尻を叩きながら、不意にバルバロッサが視線をラウールの方へ向けた。
「ひ・・・・・」
情けない声を漏らすとラウールはへたり込む。
バルバロッサの視線は昔の稼業に戻ったかのような凄まじいものだったからだ。
(に・・逃げたら・・殺される・・・)
ラウールは本気でそう感じる。
同時にバルバロッサは逃げ出そうなどというラウールの考えをとっくに見抜いていることにも気づいていた。
ラウールはやむなく脱走の考えを捨てる。
バルバロッサもそれを理解したのか、凄まじい視線を向けるのをやめ、チサトのお仕置きに再び集中した。


 「ひっ・・ごめ・・ん・・なさい・・ごめん・・なさい・・ごめん・・なさい・・・」
途切れ途切れの声でチサトは許しを請う。
頬には涙の筋がくっきりとついており、目尻には光るものが滲んでいる。
お尻は倍近くに腫れ上がっており、表面は畑の畝のようで熟しきったトマトかリンゴのような濃厚な赤色に染まりきっている。
身体はぐったりしており、額や手の甲には脂汗がじんわりと噴き出していた。
 「反省したんか?」
バルバロッサはようやくそう尋ねる。
「し・・しました・・ごめ・・ごめん・・なさい・・・」
「なら・・何が悪かったんや?言うてみい。ちゃんと反省しとんならわかるやろ?」
バルバロッサはいつものようにそう尋ねる。
チサトは何度か深呼吸して自身を落ち着かせると、苦しい息の下で答え始めた。
 「か・・勝手に・・抜け出した・・こと・・・」
「そや。それから?」
「こ・・怖い・人たちに・・・捕まって・・・皆に・・迷惑・・かけた・・こと・・」
「そうや。じゃがまだ一つあるわな。わかっとるか?」
バルバロッサの問いにチサトは黙って頷く。
 「なら答えてもらおうか。何や?」
「み・・・皆に・・心配・・か・・けた・・こと・・」
「そうや。よく言えたな」
バルバロッサは声の調子を静かなものに変えると、頭を押さえていた手で、優しく頭を撫でてやる。
「お前さんが危なそうな連中に捕まったと聞いて・・俺や他のみんなが・・どんなに・ビックリしたか・・気が気じゃなかったか・・・考えてみたか?お前さんに・・何かあったら・・そう思うと・・・本当・・気が・・狂いそう・・だった・・」
チサトはバルバロッサの膝や頭を撫でる手が震えているのに気づく。
「金田一・・はんが・・お前を・・連れて・・戻って来るのを・・見て・・・やっと・・やっと・・・安心したわ・・心の・・底から・・・」
「ご・・ごめん・・なさい・・・」
チサトは申し訳なくて思わずうつむく。
自分のせいで皆に辛い思いをさせたかと思うと、穴があったら入りたかった。
 「チサト・・・お前に悪気があったんじゃねえこたぁ・・ようわかっとる・・。だがなぁ・・・夜中勝手に外出たりしたら・・・皆が心配するんだぞ。皆に心配かけたりすんのはよくねえ・・わかるな?」
チサトは再び黙って頷いた。
「ええ子や・・・。あと十回だけ・・我慢できるか?」
「で・・できます・・・」
本当はもう限界だった。
だが、皆に心配かけたことを考えると、まだ許してもらうことは出来ないように思えたのである。
「なら・・行くで・・・」
バルバロッサはそう言うと再び手を振り上げ、チサトのお尻目がけて振り下ろした。
 パシィーンッ!パアーンッ!パチィーンッ!
「ごめん・・なさい・・ごめん・・なさい・・ごめ・・んなさい・・・」
ピシャ―ンッ!パアーンッ!パアシィーンッ!
「ごめん・・なさい・・ごめんなさい・・ごめんなさい・・・」
ピシャアーンッ!パチィーンッ!パアーンッ!パシィ―ンッ!
「ごめん・・なさい・・ごめんなさい・・ごめん・・なさい・・ごめんなさい・・」
最後の一発を叩くと同時にバルバロッサの手が止まった。
 バルバロッサは手を止めるとチサトを両手で抱き起し、膝の上に座らせる。
「よしよし。よぅ堪えたなぁ。痛かったやろ」
バルバロッサは赤ん坊をあやすような口調で言う。
「本当に・・ごめんなさい・・心配・・かけて・・・」
「ええんや。ちゃんと反省出来たんやから。チサト、もう危ない真似はあかんで?」
「はい。もう、皆に心配かけるようなことはしません。約束します」
「よし。ええ子や」
バルバロッサはチサトの頭を撫でると床に降ろしてやる。
チサトを降ろすと今度はラウールの方へ振り向いた。
 「さぁて・・・若僧・・・覚悟はええか?」
「い・・いや・・あの・・・」
ラウールはバルバロッサの迫力にタジタジとなる。
「まさか・・逃げようなんて考えてんじゃなかろうな・・?」
「そ・・そんなこと考えてませぇぇん!!」
とっさにラウールは叫ぶ。
「だったら早く来んかい!愚図愚図してるんやない!」
バルバロッサの剣幕にラウールは慌てて飛んでくる。
これ以上愚図愚図していたらただでさえ厳しいであろうお仕置きがさらにきつ~いものになってしまいそうだった。
 「やっと来やがったか・・・まあいい、ここに肘つけや」
バルバロッサは立ち上がると、椅子を指し示して言う。
「こ・・ここに・・ですか?」
ラウールは訝しげな表情で尋ねる。
「ここにだ。早くしろ!」
バルバロッサに怒鳴られ、慌ててラウールは椅子に両肘をついた態勢を取る。
おかげで身体を折り曲げ、お尻を突き上げたような態勢になった。
「もっと尻を突き出せや・・そう・・よおし・・・」
バルバロッサはラウールにお尻を突き出させると、修道服の裾を捲り上げ、クリップで背中に止める。
そしてズボンを膝裏まで降ろした。
 「うぅ・・・・」
冷たい外気を感じてラウールはお尻がむき出しされたことを知る。
寒さとお仕置きの恐怖にラウールは全身を震わせた。
お尻をむき出しにすると、今度はバルバロッサは壁の方へ向かう。
(何・・してるんだろ?)
ラウールは訝しげにバルバロッサの様子を見守る。
やがてバルバロッサが戻ってくると、普段は壁にかけてあるパドルを手にしていた。
 (あ・・あれで叩くの・・?)
ラウールはそれに気づくとサーッと顔から血の気が引く。
とっさに逃げようと思ったが、それよりも先に腰をしっかりと押さえつけられてしまった。
「さぁて・・仕置きの時間や・・覚悟しいや」
バルバロッサはそういうとゆっくりとパドルを振り上げる。
そしてラウールのお尻目がけて思いっきり振り下ろした。


 バアッシィィぃンンンンン!!!
「ぎゃああああんんんん!!!!」
凄まじい打撃にラウールは絶叫といっていい悲鳴を上げ、身体を揺り動かす。
「こら!動くんじゃねえ!」
バルバロッサはラウールを叱りつけると、左手で腰を押さえつける。
「や・・だってぇ・・痛いですよ~~~」
ラウールは今にも泣き出しそうな表情を浮かべて懇願するような口調で言う。
「ああん?何寝ぼけてんだ?仕置きなんだから痛えに決まってるだろうが」
ラウールの言葉にバルバロッサは非情な声で切り捨てるような答えを返す。
バシィ~ンッ!バァンバンバチンバアアンバシンバアンビタァンバアンッ!
ビッシャア~ンッ!バァンビタンバシンバチンバァンビダぁンバアンッ!
「わぁぁ~んっ!許してぇぇぇぇ~~~~~!ひぃぃ~~~んんっ!」
ラウールは絶叫を上げて許しを請う。
「何言ってんだ!そもそもお前が性懲りも無く夜遊びに出かけるからこんなことになったんだろうが!お前がそんな気起こしやがったからチサトだって後追っかけたんだぞ!わかってんのかぁ!?」
バルバロッサはそう言うとパドルを雨あられとラウールのお尻に降らせる。
ラウールのお尻はあっという間にワインレッドに変色してしまった。
 「ひい~んっ!ごめんなさいっ!ごめんなさいっ!ごめんなさいっ!ごめんなさいっ!ごめんなさあ~~いっっっっっ!!!」
余りにも強烈なお仕置きの嵐にラウールは叫ぶようにして許しを請う。
「ごめんなさいは当たり前だろうが!お前の仕出かしたことが原因でチサトが危ない目に会ったんだからな!わかってんのかぁ!?」
バルバロッサはお尻の骨が砕けてしまうかと思うほどラウールのお尻を叩きまくる。
そう、バルバロッサが何よりも怒っているのはこの点だった。
ラウールの軽はずみな行動が原因で二人は凶悪犯と遭遇、チサトが誘拐されるという結果になったのだ。
幸い金田一がいたからいいようなものの、そうでなければチサトがどうなっていたかわからない。
軽はずみなことをして危険な目に会い、しかもそれに他人を巻き込んで危ない目に合わせる。
無論わざとしたことではないが、だからといって軽々しく許せることではなかった。
突然、ラウールが姿勢を崩し、椅子にうつ伏せになる。
「こら!姿勢を崩すんじゃねえ!」
「そ・・そんな・・こと言ったって・・わざとじゃ・・・」
ラウールは必死にお尻を突き上げようとするが、両脚はガクガクと震えて力が入らない。
焦って力を込めようとするが、ラウールの脚は言うことを聞かない。
「ば・・バルバロッサさぁん・・も・・もう・・無理ですぅ・・・。こ・・これ以上は・・脚に・・力が・・入ら・・・」
バルバロッサは嘘かどうかジッと観察するが、どうやらラウールの言っていることに嘘はないと判断する。
「なら仕方ねぇ・・・とりあえず俺が戻ってくるまでそこでうつ伏せになってろ」
バルバロッサはそう命令するとチサトを抱き上げる。
「放っといて悪かったな。医務室に連れてってやるからな」
「あ・・あの・・ラウールさんは・・?」
チサトは心配そうな目でラウールを見やる。
「あいつはまだだ。それより今はお前が先だ」
そう言うとバルバロッサはチサトをお姫様だっこで抱きかかえたまま懺悔室を後にした。


 (た・・助かった・・・)
ラウールはバルバロッサが去るや、ホッと息をつく。
(で・・でも・・凄い・・熱い~~~)
ラウールはお尻の感覚に思わず顔を顰める。
今やお尻は三倍くらいに腫れ上がっており、まるでお尻が燃えているのではないかと思えるくらいに熱かった。
ラウールは恐る恐る片手をお尻に伸ばし、ちょっとだけ触れてみる。
指が触れるや、まるで火に焙られたような熱さをラウールは感じた。
 「熱っっ!!」
思わずラウールは手を引っ込める。
同時にお尻に電撃のような鋭い痛みが走った。
「ひぃぃんんっっ!!」
身体を縮こまらせ、ラウールはハァハァと息を吐く。
自分の軽薄な行為を思わず後悔したそのときだった。
 突然、扉が開いたかと思うとバルバロッサが戻ってきた。
(き・・来た・・)
ラウールの表情は恐怖に強張る。
ふと、ラウールはバルバロッサが箱のようなものを抱えていることに気づいた。
 バルバロッサはラウールのところへやってくると片手で首根っこを掴み、床に降ろす。
ラウールを降ろすや、そのまま尻馬に乗るかのようにラウールの背中に腰を降ろした。
「お・・重いぃぃ~~~。バルバロッサさぁ~~ん!お、重いですってばぁぁ~~!」
バルバロッサの体重に思わずラウールは抗議の声を上げる。
「黙らんかい!こうせんと仕置きが出来んのや!」
(い・・一体何するつもりなんだろ・・?)
ラウールが恐る恐る振り返ると、バルバロッサは箱から何かを取り出す。
取り出したのはもぐさ。
小さな山になったもぐさを用意するとバルバロッサはおもむろに話し出す。
 「おい・・お灸って知ってっか?」
「な・・何です・・それ?」
ラウールはゴクリと息を飲みながら尋ねる。
「日本とかでやっとる民間治療でなぁ。火つけたもぐさを乗っけて熱で刺激を与えるんやそうや」
「そ・・それが・・何か・・・?」
「実はこいつは悪ガキの仕置きや躾にも昔はよぉ使ってたらしゅうてな」
バルバロッサはそう言うと真っ赤になっているラウールのお尻に指頭大のお灸を三、四個置く。
同時に次々と火をつけた。
 「ひ・・ひいいいんん~~~~っ!やぁぁぁぁぁ~~~~~っっ!!」
ただでさえ、今までの容赦ないお仕置きで触れられただけでも痛いお尻にお灸の熱が加えられ、お尻を攻め立てる。
ラウールはお灸の熱に両手を床にバンバン叩きつけ、両脚をバタつかせた。
「もぐさが燃え尽きるまでしっかり反省しいや!それまでは許さんからな!」
バルバロッサは漬物石と化したかのようにラウールの背中にズシンと座っている。
その後、全てのもぐさが燃え尽きるまでラウールの悲鳴と許しを請う声がこだました。


 「ラウールさぁん、大丈夫ですか・・?」
「な・・何とか~。うぅ~。でもお尻痛い~~」
医務室に並んだベッドの上で、二人は仲良くお尻を出してうつ伏せになっていた。
お仕置きが終わって既に時間は立つものの、かなりきつく叩かれたせいか、今だお尻は真っ赤で氷袋を載せている。
 「チサちゃん・・ごめんね・・僕のせいで怖いことに巻き込んじゃったみたいで・・」
お尻の痛みに顔をしかめながらラウールはチサトに謝る。
「いいんですよ。勝手に抜け出したり皆に心配かけた僕も悪かったんですし。でも・・これからは夜遊びとかはあんまりしないで下さいね・・?」
「うーん・・・ど・・努力はするよ・・。で・・でも・・約束は・・出来ない・・かも・・」
ラウールの答えにチサトは苦笑する。
だが、そのうち二人とも疲れが出たのだろう、そのまま静かに寝息を立て始めた。


 ―完―

theme : 自作小説
genre : 小説・文学

ダンジュー修道院25 スキヤキ・ノワール・キンダイチ2


 あれ・・・?どこだろう?
闇の中、チサトは手探りであたりを探る。
出口を探す中、チサトは何かが聞こえてくるのに気づいた。
(何だろう・・?)
チサトはジッと耳をすませる。
すると激しい勢いでギターをかき鳴らす音が聞こえてきた。
そして誰かが歌っている。
歌には何度も「ジャンゴ」という名前が出てくる。
その歌を聞いているとチサトは何故か背筋が寒くなってきた。
歌には憎しみや狂気といったものが感じられたからだ。
 突然、チサトは足元がグラグラと揺れるのを感じる。
ハッとして地面を見てみると、崩れだしているではないか。
崩落はどんどん進み、チサトがいるところへ迫ってくる。
慌てて逃げようとしたものの、時既に遅かった。
チサトは土塊と共に闇の中へ真っ逆さまへと落ちていった。
 「きゃああああ!!」
悲鳴を上げてチサトは目を覚ました。
目を覚ますや、チサトは自分が今まで夢を見ていたことに気づく。
(何だ・・夢だったんだ・・)
それに気づいて安心しかけるも、すぐに今度は自分が縄で縛られていることに気づいた。
同時に廃工場らしい場所にいることに。
 「おい、目覚ましたみてぇだぞ」
不意に誰かの声が聞こえた。
チサトが声のした方を振り返ってみると、数人の男が立っている。
全員、チサトと同じアジア系の風貌をしており、言葉から日本人だと推察できた。
チサトは彼らを見るなり、異様な感覚に捉われる。
もっとも、それは無理もなかった。
彼らは皆、テンガロンハットやジーンズ、ポンチョやコートといった、西部劇映画さながらの出で立ちをしていたのだから。
しかも全員白を基調にした色に統一されている。
 「おい!何見てんだ!?あまりジロジロ見てっとぶん殴るぞ!」
不意に男の一人がチサトの視線に気づき、そう怒鳴りつける。
チサトは身を縮こまらせると慌てて視線をそらした。
「おい。誰か与一の旦那に人質が目覚ましたって知らせてこいよ」
「おい、今はマズイって」
そういうと別の男が耳を差す。
 転がった状態のままでも、チサトはギターの音が聞こえてくることに気づいていた。
どうやら誰かが弾いているらしい。
「旦那は演奏を邪魔されると機嫌悪いんだからよ」
「そういったって知らせなきゃ知らせないで機嫌悪いだろうが」
「っつったって俺は嫌だぞ」
その後、しばらくの間男たちの間で何やら話していたが、やがて一人が渋々といった感じで立ち上がり、部屋を出て行った。


 かつては工場長の執務室であったらしいそのボロ部屋の真ん中に、男は座っていた。
その男は身長175センチ程、痩身ながら無駄なく引き締まった身体つきをしている。
男は白いシャツやズボンを着ているのは他の男たちと共通していたが、シャツの上から西洋甲冑のものらしい頑丈な胴鎧を身につけていた。
しかし、胴鎧よりも人目を引きそうなものを男は身につけていた。
仮面だ。
この男は頭からすっぽりと、ゴム製の真っ白な仮面をかぶっていたのだ。


 ジャンゴ 乾いた風に
 ジャンゴ 命の鼓動(おと)が
 静かな目で 見据えている
 そこは狼の道

 ジャンゴ 孤独文字(こどくもんじ)を
 ジャンゴ 背負った者は
 迷いも無く 涙も無く
 はぐれ月夜に吠える


 仮面の男こと湯田与一は激しくギターをかき鳴らして歌う。
そう、この男こそが金田一を襲撃し、チサトをさらわせた与一だった。
与一が歌っているのは北島三郎の「ジャンゴ ~さすらい~」。
『スキヤキ・ウェスタン ジャンゴ』の主題歌として知られる歌だ。
与一はこの歌に特別な思い入れがあった。
それは彼の祖先に関わりがあった。
 実は与一の祖先は、ジャンゴの映画で取り上げられた事件の関係者だったのだ。
白を基調とする源氏ギャング、そのうちでもきっての暴れ者であった与一という名のボウガン使い。
彼こそが与一の祖先であったのだ。
それゆえ、ボウガンが家宝として伝わっていたのである。
そのボウガンは彼のすぐ傍に置かれていた。
 与一は歌に没頭していたが、突然弦を鳴らすのを中断したかと思うと、ボウガンを取り上げる。
次の瞬間、開きかけたドア目がけてぶっ放していた。
 「ひえっ!」
慌てた声と共に部下は身体を沈め、矢をやり過ごす。
「何のつもりだ?俺が弾いてるときは邪魔するなと言っておいただろうが!」
与一は目をぎらつかせながら叫ぶ。
彼は演奏を邪魔されるのが何より大嫌いだった。
実際、演奏中に自分のところへ入ってきた部下を射殺してしまったこともある。
与一の今にも食らいついてきそうなくらい凶暴な目つきに部下の男は引きそうになりながらも答える。
 「旦那・・あの修道士が目を覚ましました」
「そうか。なら言いつけておいた作業にかかれ」
「はっ」
男が急いで去ると与一は部屋の片隅へ行く。
そこには木製の棺桶があった。
棺桶の傍らにしゃがみ込むと与一は蓋を開く。
中身を見ると、与一はクックックッとほくそ笑む。
「くひひひ・・・・金田一ぃぃぃぃ!!!待ってろよぉぉぉぉ!!!!必ず貴様をををををををををを!!!!!!」


 (ここ・・・ですね・・)
与一がわざと残していった地図に導かれ、金田一は市内のある廃工場にたどり着いた。
(今にも・・何か出そうなくらい荒れてますねぇ・・。まぁそれだけにぴったりとはいえますが・・)
金田一は周囲を油断なく見まわしながら拳銃に予備の弾を込める。
装填をし終えると、緊張した面持ちでゆっくりと中へ向かっていった。
 リボルバーを構え、金田一は慎重に今は動かなくなった機械の間を通ってゆく。
どんどん進んでゆくが、一人も手下が出てこない。
それが却って恐ろしかった。
何か悪辣な罠を仕掛けているのではないかと。
やがて、朝礼などのための広いスペースに出た。
 そこへ出るなり、チサトの姿が見えた。
チサトは縛られたままぐったりして倒れている。
慌てて金田一は飛び出すように駆けつけるや、懐から折り畳みナイフを取り出し、縄を切りながら助け起こす。
「チサトくん!チサトくん!大丈夫ですか?」
金田一が呼びかけると、チサトはうっすらと目を開ける。
「き・・金田一さん・・?」
「よかった・・。無事だったんですね・・」
「ぼ・・僕・・確かさらわれ・・」
途中まで言いかけてチサトの表情が強張る。
次の瞬間、金田一は後ろを振り返ったかと思うや、銃口が火を噴いた。
 「ぎゃあっっ!!」
悲鳴と共に錆びついた機械の上から金田一を狙っていた無法者が転がり落ちる。
それを皮切りに数人の男たちがそれぞれ物陰から金田一目がけて銃をぶっ放す。
金田一はゴロゴロ転がりながら発砲する。
銃声が響くたびに、物陰からうめき声や何かが倒れる音が聞こえてきた。
 ヒュンンッ!
不意に頭上から風を切る音が聞こえてきた。
金田一が振り向くや、ボウガンの矢が迫って来ている。
矢に狙いを定めるや、金田一は引き金を引く。
金属同士がぶつかる甲高い音と共に矢が回転しながら後ろへ飛んでゆく。
矢は二階に通じる階段の上でボウガンを構えていた与一の元へ襲いかかる。
与一が弾き飛ばされてきた矢を避けながら第二弾を放とうとしたそのとき、再び金田一のリボルバーが火を噴いた。
銃弾は太ももに命中し、与一は態勢を崩す。
次の瞬間、盛大な音と共にゴロゴロと与一は転がり落ちた。
 「うわぁ・・・・」
与一の転落に思わずチサトは声を漏らす。
それを尻目に金田一は慎重に与一へと近づいてゆく。
金田一はいつでも撃てる態勢を維持しつつしゃがみ込むと与一の脈を取ったりする。
 「し・・死んでるん・・ですか・・?」
緊迫した表情でチサトは尋ねる。
「いえ・・気絶しただけのようですねぇ、幸い」
その言葉にチサトも金田一もホッとした息をつく。
いくら悪人でも人が殺されるのを見たりするのはチサトは嫌だった。
また、金田一も相手が悪人とはいえど殺すつもりは毛頭なかった。
だから銃で撃つにも肩や腕、脚などを狙ってあくまで戦闘不能にするだけであった。
 「チサトくん・・・。安全なところまで離れていて下さい。僕は確かめなくてはいけないことがあります・・・」
金田一はチサトに向かってそう言う。
それを聞くと、チサトは言われたとおり、ある機械の物陰まで行って身を潜める。
チサトが安全な場所へ隠れたのを確かめると、金田一は与一の仮面の下に左手を差し入れる。
そしてゆっくりとめくってみた。
 仮面の下から現れたのは金田一に撃たれ、物陰でうんうん呻いている他のギャング達と同年代と思しき男の肌。
「や・・やはり!よ、与一じゃない!こ、こ、この男は替え玉だ!!」
金田一は興奮し、左手で頭をかきまわし始める。
最初、金田一はこの男を見たとき、ある疑惑に駆られた。
偽の与一ではないかと。
というのは、放ってきた矢の狙いやボウガンの取扱い方が与一らしくなかったのだ。
ボウガンと銃は別種の武器、当然ながら取扱いなども異なる。
矢を放ってきた男の動きはボウガンではなく拳銃の方が得意そうな動きをしていたのだ。
仮面を僅かに取って見ることで、疑惑は確信に変わったのである。
(なら・・本物の与一は?)
金田一が当然の疑問を抱いたそのときだった。
突然、モーターの駆動音らしい音が聞こえた。
本能的に金田一は後ろを振り返る。
振り返るなり、金田一はギョッとした。
距離を置いて男が立っていたからだ。
ただ、男が立っているだけならば金田一もギョッとしたりはしなかっただろう。
しかし、その男は異様な人相をしていた。
 男の顔、いや正確には頭部全体はまるで焼き過ぎて消し炭になってしまったパンのように真っ黒だった。
しかも、ナタか何かで滅茶苦茶に切り刻んだかのような傷跡が顔面や頭部中に走っている。
あまりに凄まじく且つおぞましいその顔は見ているだけでも悪寒や吐き気に襲われそうだった。
 (与一!!!!)
心の中で金田一は叫ぶ。
そう、この凄まじい顔の男こそ与一だった。
与一は荻砂洲での事件で犯人と判明し、警察を相手に最後の抵抗を行ったのだが、その際に警察に捕まるまいと自身の家に火を放ったのだ。
火災に乗じて与一は逃亡することに成功したのだが、その際に顔や頭に大やけどを負っていた。
それゆえ、ゴムの仮面をかぶっていたというわけである。
 「金田一ィィィィィ!!!!!!」
与一は憎悪の籠った声で叫ぶ。
「生きて・・いた・・ようですねぇ・・・」
金田一は対して淡々とした声で答える。
「当たり前だぁ!貴様を・・貴様を・・殺るまで死なねえ・・殺るまで・・殺るまで死ねるかァァァァ!!!」
「どうしても・・やりますか・・?」
「決まって・・やがるだろうがぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!だが・・貴様に俺を倒せるかぁぁぁ?」
ニヤニヤと与一が笑みを浮かべた。
同時に、モーターのものらしい駆動音がさらに高まり、薄暗い中で轟音と共に何かが光った。


 (危な・・かった・・・)
金田一は背後の壁を見やりながらゾッとする。
壁は銃弾の跡が斜めに走っていた。
「ヒッヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャアアアア――――――ッッッッ!!!!」
狂った笑いと共に与一がガトリング砲をぶっ放した。
これは棺桶の中に隠しておいたもの。
与一は憎き金田一を葬り去るため、携帯可能な個人用のガトリング砲を用意しておいたのである。
偽与一や手下達で金田一を引きつけている間にこれを装備したというわけだ。
ミンチにされてはたまらんと金田一は横に大きく走り出す。
その後を追うように弾痕が壁や壊れた機械に次々と刻み込まれてゆく。
金田一は右に左に大きく動いてかわしながら与一目がけて発砲する。
だが、与一が着こんでいる西洋甲冑が弾丸を弾き、与一にかすり傷一つ負わせることは出来なかった。
 とっさに金田一は機械の陰に隠れ、機械を盾にしながら与一を撃つ。
しかし与一もさる者、身体を巧みに捌き甲冑に弾丸が当たるようにして銃撃の効果を削ぐ。
そして圧倒的な火力で攻めてくるのだ。
(どうする・・?どうしたらいい?どうすれば与一を倒せる?)
金田一は機械の陰に潜みながら考える。
普通に撃っても与一は身体をうまく動かしてダメージを受けないだろう。
向こうだって銃のプロだ。
軌跡を読んだりできるはずだ。
(尋常ではない方向などから予想もしない一弾が飛んでくるでもない限り・・・)
そう考えたとき、ある考えが浮かんだ。
金田一は与一に姿を見られないようにして工場内を見回す。
工場の構造などを頭に叩き込んで金田一は一瞬のうちに作戦を組み立てる。
必要な思考を済ませると、金田一はゆっくりと機械の陰から姿を現した。


 「ケヒヒヒヒ・・・。とうとう覚悟を決めたカァァ!?」
姿を現した金田一を与一はそう嘲弄する。
「いえ・・。僕が姿を現したのは・・あなたを捕まえるためです」
金田一はニコリと笑みを浮かべて言う。
「ああん?貴様俺に勝てるとでも思ってんのかぁぁぁ?」
「思ってます。だから出てきたんですよ」
「きっさまぁぁぁぁあ!舐めやがってぇぇぇぇぇ!!!!!!!」
キレた与一はガトリング砲をぶっ放そうとする。
そのとき、突然金田一は横に銃を突き出したかと思うや、ぶっ放した。
 「ケラケラケラケラケラケラッッッ!!!どこ撃ってんだ!」
金田一が見当違いの方向を撃ったことに与一は嘲笑の声を上げる。
だが、直後左二の腕に焼けつくような痛みを感じた。
ハッとした与一はおのれの左腕を見やる。
すると、左二の腕に紛れもない銃弾の跡があることに気づいた。
(何・・・だと・・?)
与一は信じられなかった。
それを尻目に再び金田一があさっての方向に向かって引き金を引く。
今度は嘲笑しなかった。
与一は全感覚を研ぎ澄ませる。
そして、弾丸が天井の梁の角に当たる音を聞いた直後、今度は右太ももに熱を感じた。
 (跳弾!?)
与一はそれに気づいた。
金田一は柱や壁、壊れた機械などを利用して弾丸を跳ね返らせ、それによって正面にいながら横や背後から敵を撃つという神業を行っているのだ。
「ち・・畜生っっっ!!!!」
与一はガトリング砲を構え直すや、勢いよくぶっ放す。
だが・・・。
(や・・やべぇ!弾食らったせいで支えるのが精いっぱいだ!!)
ガトリング砲の反動が砲と甲冑の重さととともに与一の身体にのしかかる。
負傷したことで武装の重量や武器の反動を完全に押さえきることが出来なくなったのだ。
それで、まっすぐ撃つために支えるのが限界だった。
 金田一は横に動いてかわすと、続けて跳弾攻撃をする。
今や自身の武装が足かせとなった与一は避けることが出来ず、腕や脚に銃弾を叩きこまれる。
「ぐ・・ぐあ・・・・・・」
うめき声と共に床へ崩れ落ち、与一はガトリング砲を取り落す。
「く・・くそっ・・・」
与一は腕が火だるまになっているような感覚と闘いながらもガンベルトから拳銃を引き抜くと、倒れた態勢で金田一を撃とうとする。
だが、それより早く金田一が引き金を引いた。
直後、与一の手から銃が弾け飛ぶ。
与一を完全に丸腰状態にすると、金田一は懐へ銃を仕舞う。
金田一は片足を上げたかと思うと、天井目がけて思いっきり振り上げる。
同時に下駄が天井目がけて高速で錐揉み回転しながら飛んでいった。
(何だ・・・?)
倒れたまま与一が見ていると、やがて上昇が止まる。
直後、与一の顔面目がけて錐揉み回転しながら落下してきた。
(げえっ!!やべえっ!!)
慌てて逃げようにも、銃弾を手足に撃ち込まれた身ではどうにもならない。
鈍い音と共に与一はあべしっ!!と声を上げ、そのまま意識を失った。


 ―続く―

theme : 自作小説
genre : 小説・文学

ダンジュー修道院25 スキヤキ・ノワール・キンダイチ1


 (金田一耕助が登場し、またかなり改変を加えております。さらに映画『スキヤキ・ウェスタン ジャンゴ』の世界とリンクさせたりしています。許容出来る方のみご覧ください)


 「いやぁ・・・・素晴らしいですねぇ・・。僕も若いころアメリカに行ったことがあるんで向こうの礼拝堂とか見たことがあるんですが・・・素晴らしい・・・」
その男はチサトの説明を受けながら、感心した様子で礼拝堂内を見回している。
男は日本人で、小柄で貧相な体格をしており、人懐っこそうな面立ちにいつ床屋にいったのかもわからないくらいもじゃもじゃの髪をしている。
奇妙なことに、21世紀だというのにその人物はよれよれの袴に着物、マントや下駄といった出で立ちで、まるで明治物の時代劇から抜け出してきたようだった。
 「あれ?チサちゃんどうしたの?お土産の仕事してたんじゃなかったっけ?」
不意にラウールが礼拝堂に入ってきた。
ラウールはバケツや雑巾を持っている。
どうやら堂内の長椅子の手入れを言いつけられたようだった。
「バルバロッサさんからお客さんの案内をしてくれと頼まれたんですよ。ラウールさんは長椅子のお掃除ですか?」
「そうなんだよ~。もう運が悪いったらないよ~」
ラウールは大げさにボヤいてみせる。
「それは大変そうですねぇ。こんなに広いとなると」
観光客らしい着物の男はラウールに同情するように言う。
「そうですよ~。しかも一人でやれってんですよ~。ひどいと思わないですか~?ねぇ、金田一さ~ん」
ラウールは得たりとばかりに金田一と呼んだ男に同意を求めるように言う。
男の出で立ちと金田一という名字からピーンと来た読者もいるだろう。
そう、チサトと一緒にいるのは誰あろう、かの名探偵金田一耕助だった。
3,4年程前から金田一は年に一度ここらを訪れており、観光客や巡礼のための宿舎に泊まっては数日滞在し、院内の見学などをしているのだ。
 「全く・・ひどいったらありゃしないですよ、あの赤鬼ってば~」
「誰が赤鬼やと?」
突然、低い声が背後から聞こえてきた。
ハッとしてラウールが振り返ると、いつの間にかバルバロッサが立っている。
「や・・やだなぁ。いたんですか、バルバロッサさん」
ラウールは慌てて誤魔化すように笑みを浮かべる。
「ったく・・・サボってないか見に来たら愚痴こぼしてやがって・・。おぃ、そんなに掃除が嫌なら尻の方にしとくか?」
バルバロッサの言葉にラウールは本能的にお尻を両手で隠す。
そう、ラウールが礼拝堂の長椅子拭きを命じられたのは別の仕事をサボった罰だった。
危うくお尻を叩かれそうになるところを、弁舌を駆使して何とか掃除で勘弁してもらったのである。
だから「掃除が嫌なら尻叩きにするか?」とバルバロッサが脅したわけだ。
 「わ、わかりましたよ~。ちゃんとやりますってば~」
「わかればいいんや。全く・・」
バルバロッサはラウールが仕事に取り掛かりだしたのを見届けると礼拝堂を後にする。
チサトも礼拝堂を後にし、別の場所へ金田一を案内していった。


 「ふぅぅ・・・・」
小用をようやく足し終えると、金田一はホッとしたように息をつく。
今は夜の9時頃。
修道院は朝も夜も早い。
金田一のように一般人の宿泊者なら別だが、修道士達はもう寝ている時間である。
(それにしても・・冷えるなぁ・・。僕だって東北出だから寒さには強い方だけど・・)
白い吐息を見るたびに金田一はそう思う。
 緯度の関係などもあるがフランスの冬は寒く厳しい。
東北出身で寒さには慣れている金田一でも身にこたえるというわけだ。
(まあ僕の場合結構な年だからねぇ・・・)
金田一は苦笑する。
(それにしても・・一くんはどうしてるんですかねぇ。僕に似て放浪癖があるようで・・血は争えないんでしょうかね・・・)
寒さに震えながら金田一は日本国内のどこかを旅しているであろう自身の孫のことを思い浮かべる。
白い息を吐きながら金田一が自身に宛がわれた部屋へ戻ろうとしたそのときだった。
 (おや・・・?)
金田一は暗闇の中、窓の外を横切ってゆくのに気づく。
(泥棒!?)
とっさに金田一はそういう考えが浮かぶ。
探偵としての本能か、次の瞬間金田一は外に向かって走り出した。
 外に出た金田一は近くの物陰に潜み、闇の中で動いている人物をジッと観察する。
観察しているうちに目が慣れて正体が見えてくる。
暗くて見えにくいものの、その人物は若葉のような見事な緑色の髪をしていた。
(チサトくんじゃないですか!?一体何故!?)
金田一はさすがに意外に思う。
人は見かけによらない、それは長年の経験からよく知っていた。
しかし、金田一は同時に自身の人物鑑定に自信も持っている。
その金田一の判断したところでは、チサトは夜中に勝手に抜け出すような子には思えなかった。
 だが、現にこうしてチサトは自身の寝室から抜け出している。
金田一の見立てに誤りがあったのか、それとも何か訳があるのか。
探偵のさがゆえか、金田一は好奇心が湧いてくる。
身を物陰に潜めて様子を伺っていると、チサトはどうやら何かを探しているようだった。
やがて、チサトは目的のものを見つけ出したらしい表情を見せる。
するとチサトは走り出した。
金田一も気づかれないように後を追ってゆく。
やがて、チサトは出入り業者用の門へやってきた。
門の前に立つと、チサトはジッと門を観察している。
やがて、恐る恐る扉に手を掛けた。
時間帯を考えればとっくに鍵はかけられているはず。
だが、鍵は開いていた。
チサトは一瞬驚いた顔をするも、すぐにやはりと言いたげな表情へ変わる。
その門を潜るとチサトは街へ向かう。
金田一も後を追い、街の方へと向かっていった。


 音楽が流れ、賑やかな店内。
その中を場違いな修道服の少年が進んでゆく。
チサトが向かっているのはルーレットのテーブル。
ぐるりと見回すとチサトは隅のテーブルに目的の人物を見つけた。
 そのテーブルでは銀髪の青年が真剣な表情でルーレットを見つめている。
ラウールだ。
ラウールはいかにも今どきの若者といった恰好でルーレットに熱中していた。
 「ラウールさぁ~ん~」
チサトはラウールに近づくと、おもむろに話しかける。
「あー、見つかっちゃったか~」
ラウールはチサトに近づくと残念といった表情を浮かべた。
「見つかっちゃった~、じゃありませんよ~。ダメじゃないですか。また抜け出して遊びに来たりして!」
「いいじゃないたまの息抜きに~。ねぇ、チサちゃ~ん。お願いだから見逃してよ~」
「な・・ダメじゃないですかそんなこと!ねぇラウールさん、早く帰りましょう」
「ええ~。いいじゃんもう少しだけ~」
「何言ってるんですか。他の皆さんに知られたら・・・」
「なるほど。こういうわけだったんですか」
突然、他の人間の声が聞こえてきた。
二人は思わずハッとする。
恐る恐る背後を振り返ると、そこには金田一の姿。
「きゃあ!」
まさかいるとは思わなかったせいか、チサトは思わず声を上げてしまう。
「金田一さん!何でいるのぉ!?」
ラウールもまさか金田一がいるとは思わず、驚きの声を上げる。
 「いやぁ。小用を足してる途中でチサトくんの姿を見かけましたねぇ。な、な、何だか様子がおかしかったんで気になってつけてきたんですよ。そ、そそそしたらここへやってきたわけで」
「き、ききき金田一さん!お、お願いです!こ、こ、このことはバルバロッサさんには言わないで~~~!!」
ラウールは慌てて金田一に頼み込む。
もし、金田一がバルバロッサにしゃべってしまったら一巻の終わりだ。
間違いなくお仕置きされるだろう。
「ぼ、ぼ、僕はあくまでも部外者ですからねぇ。だ、だ、黙ってても別に規則に触れるわけじゃないですからねぇ」
金田一の口調にどうやら黙っててくれそうだ、というのを感じ取るとラウールはホッとする。
「でも、その代りもう今日はこの辺にしておいてくれますね?」
「もちろん!も、もう十分です!」
「それを聞いて安心しました。ち、チサトくん、よかったですねぇ。ラウールさん、素直に帰ってくれるようですね」
「金田一さんのおかげです。ありがとうございます」
「別にそれほどのことじゃありませんよ。さぁ、もう帰りましょう」
金田一がそう言うと二人も頷いて三人は店を後にする。
だが、それをジッと見ているものがあった。
その人物は三人が出ていくと、後をつけるように席を立った。


 「ぶるるる~~。寒いい~~」
ラウールは身体を震わせながら呟く。
「金田一さん大丈夫なんですか?そんな恰好で?」
チサトは思わず尋ねる。
金田一の格好はとても温かそうには見えないからだ。
「大丈夫ですよ、こう見ても下にちゃんと来てますからねぇ。幾ら東北生まれでも僕だって年ですからねぇ。あっはっは。それよりチサトくんこそ修道服姿で寒くないんですか?」
「一応僕も着こんでおいたので・・。あとカイロも持ってきてますし」
「チサちゃん意外と用意がいいんだねぇ。いつもあんなおっとりなのに~」
「もう!ラウールさんってば!からかわないで下さいよ~」
「ごめんごめん。冗談だってば。そんなに怒らないでよ~」
ラウールがちょっとふざけたときだった。
 「危ないっ!!」
突然、金田一がラウールを突き飛ばした。
建物の壁にぶつかり、思わずラウールが抗議しようとした瞬間、風を切る音と共に矢が飛来した。
突然の矢にチサトたちがビックリしている間に、金田一は身を翻す。
コマのように回転しながら金田一は懐から右手を抜いて突き出す。
その手にはリボルバー式の拳銃が握られていた。
その間にも闇の中から数本の矢が次々と飛来する。
金田一は左手を撃鉄に添えるや、凄まじい速さで撃鉄を立て続けに起こした。
 轟音とともに矢が悉く弾き飛ばされる。
直後、今度は闇の中から拳銃を構えた男三人が飛び出してきた。
男たちは現れるや、引き金を引こうとする。
だが、それよりも先に金田一の両足が跳ね上がったかと思うや、男たち目がけて下駄が勢いよく飛び出した。
 ゴッッッ!
鈍い音と共に下駄が二つとも男たちに命中する。
「ぐわあっ!」
うめき声を上げながら二人の男は宙に足を投げ出してひっくり返るようにしてぶっ倒れる。
「くそおっ!」
残る一人が引き金を引こうとした瞬間、金田一が左手でマントをはぎ取り、思いっきりマントを繰り出した。
マントはさながらロープのように伸び、銃を持った男の腕を思いっきり引っぱたく。
余程痛かったのだろう、男は苦痛に銃を取り落してしまった。
「さぁ。ど、どうします?まだ、やりますか?」
金田一は拳銃を構えてそう尋ねる。
男は抵抗しようとしても無駄だと思ったのだろう、大人しく両手を上げて降伏の意を示した。
 金田一は油断なく男を見張りながら道路脇で呆気に取られているチサト達に声をかける。
「ふ、二人とも怪我はありませんか?」
「だ・・大丈夫です・・」
「それはよかった。いやぁ、僕のせいでとんだ迷惑をかけてしまいましたねぇ」
「いえ・・。それより金田一さん、もしかして心当たりあるんですか?」
ラウールが恐る恐る尋ねる。
「ええ」
金田一はラウールにそう答えると、両手を上げている男に向かって尋ね始めた。
 「あなた・・摩茄路仁(まかろに)県の人ですね?」
「ほぅ、わかるのかい?」
男は意外だといったような心持で答える。
「そりゃわかりますよ。摩茄路仁の人たちは独特の格好してますからねぇ」
「へっ。違えねぇ。日本人のくせにこんな格好してんのは俺ら摩茄路仁県人ぐらいだからなぁ」
男は得心のいった表情を浮かべる。
男は何とも奇妙なことにテンガロンハットにポンチョといった、マカロニ・ウェスタン(イタリア製西部劇)の登場人物さながらの出で立ちをしていたからだ。
実は日本国内にこういういでたちがまったくおかしいものではない土地がある。
それが摩茄路仁県だった。
 この摩茄路仁県は何とも奇妙な地域で、日本国内だというのに気候風土はアメリカ西部やメキシコにそっくりだった。
そしてここには西部劇に和風テイストを融合させたような独自の風習や気風、風俗が存在するという非常に変わった土地だった。
金田一はそれを知っていたため、摩茄路仁県の人間だとわかったのである。
なお、そういう風習の違いなどが壁となって摩茄路仁は長い間その正確な姿が知られていなかった。
しかし、時代が変わりつつあるのだろう、19世紀後期か20世初頭にかけてその地域で発生した事件をもとにした映画が最近つくられた。
それが「スキヤキ・ウェスタン ジャンゴ」である。
 「その摩茄路仁の人たちが僕を襲った・・。何故です?」
「何故だとぉ!?金田一ぃぃぃ!!貴様!10年前、荻砂洲(てきさす)で事件に首を突っ込んだのを忘れたかぁぁぁ!!!」
男は激昂しながら言う。
荻砂洲とは摩茄路仁県に存在する市の名である。
決してアメリカのテキサスではない、読みは同じだが。
 「荻砂洲・・・・。確か源(みなもと)家の事件でしたね・・・」
「そうだ!貴様が!貴様が首を突っ込んだせいでぇぇぇぇ!!!」
男は激昂し、金田一を睨みつける。
金田一は十年程前、荻砂洲随一の旧家である源家で起こった事件に携わったことがあった。
後継者を決める前に先代が死んだために後継者候補達の間で険悪な空気となり、何か起こりそうだと思った顧問弁護士に依頼されたためである。
実際、依頼人の予想は当たってしまい、後継者候補が次々と殺害されるという痛ましい惨劇が起こった。
だが、金田一は調査の末に犯人が後継者候補の一人であった湯田与一(ゆたよいち)という男であることを突き止めた。
その結果、犯人である与一や警察や金田一に追い詰められて危険極まりない心理状態となった与一は猟銃や家宝のボウガンを持ち出して抵抗した揚句に自身の家に火を放って焼死したのである。
 「あなた・・与一さん派の人だったんですね・・。その仇討ですか・・・」
「そうだぁぁ!金田一ぃぃぃ!貴様のせいで与一の旦那は野望を果たせなんだのじゃああ!!」
「だから復讐を狙っていたんですね。与一さんと共に」
その言葉に男は一瞬硬直した。
 「な・・何を馬鹿なことを。与一の旦那が死んだのは貴様が一番よく知ってるだろうが!」
「僕も今までそう思っていました。しかし、先ほどの矢・・あれはボウガンのものです。しかも的確に僕を狙っていました。あれほどの腕は僕の知る限りでは与一さんしかいませんよ。さぁ、与一さんはどこにいるんです?」
「何を言うか!誰が貴様なんぞに・・げえっ!」
再び、男の身体が硬直したかと思うと、どさりと正面から突っ伏すように倒れる。
その背中にはボウガンの矢が突き刺さっていた。
矢を見るなり、金田一は再び拳銃を構えようとする。
そのとき、煙を噴き出す筒をくくりつけた矢が飛んできたかと思うと、強烈な閃光や煙と共に爆発した。
 「しまった!煙幕だ!ぐふっ。ごふごふっ!」
煙に巻かれ、金田一はせき込む。
そのさなか、チサトの悲鳴らしいものが聞こえた。
「まさか!」
金田一は追おうとするも煙のせいでどうにもならない。
ようやく煙が晴れたかと思うと、チサトの姿は消えていた。
 「し・・しまったぁぁぁ~~~~~!!ぼ、ぼ、僕がついていながら何という失態ををををををを~~~~~!!!」
金田一は白髪頭をかき回しながら叫ぶ。
与一の部下たちが攫っていったのは間違いないからだ。
 金田一は頭をかきむしりながら、背後から射殺された男の背中に突き刺さっている矢に結び文のようなものがあることに気づく。
それに気づくや、金田一はすぐにそれを解いて広げてみる。
そこには地図が描かれていた。
 「ラウールくん、お、お、お願いがあります」
金田一は真剣な表情に戻ると、ラウールに話しかける。
「な、何です?」
「警察と修道院にすぐに知らせて下さい!急いで!」
「わ、わかった。でも、金田一さんは?」
「僕はこの地図に従って行ってみます。多分、チサトくんはこの地図が示すところにいるでしょう」
そういうと金田一はラウールに地図を渡す。
金田一は既に頭に叩き込んでしまったようだった。
「さぁ、早く行って下さい。僕もこれからすぐに向かいます」
「は・・はいっ」
二人は別れるや、金田一は矢が飛んできた方へ、ラウールは修道院の方へ急いで走りだした。


 ―続く―




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