王国軍中尉ルチア・ルヴェル11 初夢(アダルト・ホラー要素あり)



 (注:アダルト・ホラー要素ありです。許容出来る方のみご覧ください)





 「ふふふふふふ・・・・・」

マッセナ大佐はニヤニヤしながらそれを丁寧に拭いていた。

拭いているのは穴あきパドル。

しっかりとパドルに磨きをかけたかと思うと、大佐は枕の下にそれを敷く。

「ふふふ・・・いい初夢を見られるといいのだがねぇ」

大佐は枕を見つめながらそう言った。

 そう、今は2008年一月一日の夜。

これから大佐は寝ようというわけだが、その準備としてパドルを枕の下に敷いたのだ。

それはいい夢を見たいという願いからである。

この国でも初夢の風習があり、一月一日に縁起のいい夢を見ると一年の運勢がよいと信じられている。

だからよい夢を見られるようにとパドルを枕の下に敷いたのだ。

今年もたっぷりと中尉のお尻を叩けるようにと。

 「ふふふ・・・それでは眠るとしようかねぇ・・・・・」

大佐はそう呟いたかと思うと、ベッドに入ってそのまま眠りについた。





 その夢の中で大佐はいつものように自分の執務室で仕事をしていた。

書類にサインをしていると、不意にドアがノックされる音が聞こえてくる。

大佐が声をかけると、扉が開く。

扉が開くや、大佐は思わず目を見張った。

ルチア中尉が入って来たのだ。

それだけなら別に驚くほどのことではない。

しかし、何と中尉は着物姿だったのだ。

 中尉は髪を日本の時代劇風に結いあげ、鼈甲をはじめとする高級素材製のかんざしを幾つも差している。

目にも艶やかな着物を纏い、キセルを手にして歩くその姿はさながら時代劇の花魁のようだった。

 「ど・・どうしたのかね!そ・・そんな恰好で!?」

さすがの大佐もあまりの事態にビックリしてしまう。

「大佐・・・・」

ルチア中尉は床に正座したかと思うと、三つ指をついて深々と頭を下げる。

「今まで・・意地を張っていて・・申し訳・・ありません・・。実は・・前々から・・ずっと・・好きだったんです・・」

「い・・今・・何と・・言ったのかね?」

大佐は思わず聞き返す。

ルチアはカアッと顔を赤らめると恥ずかしそうに顔をそむけながら言った。

「本当は・・ずっと・・ずっと・・好きでした・・。でも・・恥ずかしくて・・・言えなくて・・それで・・つれない態度を・・でも・・気を引きたくて・・・それで・・わざとミスをしたり・・して・・いたんです・・・」

大佐は余りの出来事に呆然と佇んでいる。

だが、我に返ると中尉に歩み寄る。

歩み寄ったかと思うと、中尉をギュッと抱き締めた。

 「ルチア中尉・・・私は・・・心の底から・・・嬉しいよ・・・。君の気持が・・・」

「大佐・・・・」

ルチアはうっとりした表情で上司を見つめている。

「大佐・・・お願いです・・・。私を・・大佐の膝の上で・・たっぷりと・・可愛がって下さい・・・・」

「ふふふ。望むところだよ。中尉、たっぷりと泣かせてあげよう」





 「さぁ・・・中尉、来給え」

大佐はいつものように執務用の椅子に腰かけると、中尉にそう呼びかける。

ルチアは恥ずかしそうな素振りを見せたものの、しゃなりしゃなりと歩きながら大佐の傍らへにじり寄る。

やがて、大佐の脇に立つとジッと上司の膝を見つめたのち、ゆっくりといつものように膝にうつ伏せになった。

 (あぁ・・・中尉が・・・自分からお尻を差し出してくれているのだ・・・)

そう思うと大佐の胸は怪しく乱れる。

大佐は緊張と興奮に呼吸が乱れそうになり、ブルブルと手を震わせながら美麗な着物に手を伸ばす。

ゆっくりと裾を捲り上げてゆくと、大理石を思わせる美しい肌と均整の取れた両脚が姿を現す。

(ああ・・・・。何と素晴らしい・・・)

着物という普段とは全く異なる姿のせいか、お尻を出すだけの行為にもえもいわれぬときめきを大佐は感じていた。

やがて、裾に隠されていたお尻があらわになる。

 いつもお仕置きの際に見ているにも関わらず、見るたびに中尉のお尻の美しさに大佐は息を飲まずにはいられなくなる。

まるで熟れたての水蜜桃のように瑞々しく、形の整ったお尻に、大佐はムラムラと嗜虐的な感情を覚える。

この美しいお尻を心ゆくまで打ちのめしたい、真っ赤に染めて熟しすぎたリンゴのようにしたい、そして中尉をたっぷりと泣かせたいと。

 「た・・大佐・・も・・もう・・」

「我慢できないかね?」

大佐の問いにルチアは顔を赤らめると黙って頷く。

「ふふふ・・。それではたっぷりと可愛がってあげよう。覚悟はいいかね?」

ルチアは大佐のズボンの裾を両手でしっかりと掴むと再び頷く。

大佐はニヤリと笑みを浮かべると、ゆっくりと右手を振り上げ、中尉のお尻目がけて振り下ろした。





 パアンッ!

「あ・・っっ」

甲高い音と共にルチアは声を漏らす。

だが、普段と違い、その声には苦痛だけでなく、別のものが混じっていた。

パアシィンッ!パアアアンッ!ピシャアンッ!パアンッ!

「あぁ・・・ん・・あっ・・あん・・・」

お尻を叩かれながら、中尉は嬌声を上げる。

ピシャアンッ!パアチィンッ!パアアンッ!ピシャアンッ!

「あぁ・・ひゃ・・あんっ・・ひゃあんっ・・・」

ルチアは身をくねらせ、甘い声を上げる。

お尻はうっすらとピンクに染まっており、何とも猥らな雰囲気を醸し出す。

 叩きながら、だんだんと大佐の息遣いが荒くなってくる。

同時にお尻を叩く勢いがさらに強くなった。

バアシィ~ンッ!バチィ~ンッ!バァア~ンッ!バアッシィ~ンッ!

「きゃあっ・・ああんっ・・ああう・・あんっ・・」

ルチアは苦痛と快感の入り混じった声を上げ、蕩けたような表情を浮かべる。

バアシィ~ンッ!ピシャア~ンッ!パアッチィ~ンッ!ピッシャア~ンッ!

「あ・・っ・・もう・・だめ・・ああっ・・きゃあああっっっ!!!」

突然、中尉の腿の間からクジラの潮吹きを彷彿とさせるものが勢いよく噴き出した。

 「やだ・・やっちゃった・・そんな・・恥ずかしい・・・・」

ルチアは大佐の膝にうつ伏せになったまま、恥ずかしさに顔を赤らめる。

「ふふふ・・そんなによかったかね?」

大佐はお尻を叩く手を止めると、グショグショに濡れてしまった床を見下ろしながら尋ねる。

「そんな・・そんな恥ずかしいこと聞かないで下さい!?」

ルチアはそう言うとへそを曲げたように顔をそむける。

「ふふふ・・。どうやら気持ち良かったようだねぇ。でもお漏らしなんていけない子だ。そんな子はもっともっとお尻を真っ赤にしてあげよう・・うふふふふ・・」

「そ・・そんなこと・・されたら・・嬉しすぎて・・おかしくなってしまいます・・」

ルチアは顔を赤らめて言う。

「ふふふ・・。安心したまえ。どんなことがあっても君が好きだから・・」

「ああ・・・嬉しいです・・大佐・・」

大佐は中尉を抱き上げると、そのまま唇を重ね合わせる。

そして、さらに強く抱こうとしたときだった。





 「ううん・・・」

大佐は目を覚ますとすっかり日が昇っていることに気づく。

「おや・・。夢だったのか。せっかくいいところだったのに・・」

大佐は身体を起こすと残念そうな表情を浮かべる。

(それにしても・・・夢とはいえ可愛かったなぁ・・。ウフフフ・・・)

大佐はルチアの花魁姿を思い出すと、だらしない笑みを浮かべる。

(しかしこんなにいい夢を見られるとはな。これは今年もたっぷりと中尉のお尻を叩けそうだな)

大佐は一人ほくそ笑むといつまでもにやにやしていた。





 真っ暗な闇の中、ルチアは全速力で走っていた。

走りながらルチアは時々後ろを振り返る。

背後からは中尉とは別の足音が聞こえてくる。

やがて、懐中電灯やランプと思しき光が見えてきた。

 光の正体は大佐。

大佐は何とも異様な姿をしていた。

頭には鉢巻を捲いて左右に懐中電灯を差し込んでおり、胸には自転車用のランプをぶら下げているのだ。

その腰にはケインや乗馬鞭を差しており、手には木製の大型パドルを手にしている。

まるでかつて岡山の寒村を恐怖に陥れた殺人鬼をパロったような異様な姿で、大佐は中尉を追いかけてくる。

 パンッ!パンパンパアンッ!

ルチアは異様な上官目がけて引き金を引く。

銃弾は正確に額や心臓を射抜き、大佐はドサリと地面に倒れる。

大佐が倒れるのを見て、ルチアはホッとするが、しばらくすると大佐の身体が痙攣し始めた。

 (ま・・まさか・・・・)

ルチアはゴクリと息をのんで大佐の死体を見守る。

すると恐ろしいことに死体がムクリと起き上がってきたではないか。

「ウフフフ・・・・」

不気味な笑い声を浮かべたかと思うと、何と皮や肉がズルズルと剥がれおちる。

同時に死臭が鼻を突き、胃の奥から苦いものがこみ上げてくる。

ゾンビとなった大佐はケインを引き抜くと中尉に襲いかかろうとする。

ルチアは銃を撃ちまくると踵を返して必死に逃げだす。

闇の中を走っていると、やがて洋館が見えてきた。

洋館の中へ飛び込むと、中尉は扉をしっかりと閉めて鍵をかける。

ゾンビ大佐がドアにしがみつくや、ケインやパドルを振り回して扉を破ろうとする。

だが、厚く大きくて重量のある扉は微動だにしない。

 ゾンビ大佐が入ってこれないのを確認するや、ようやくルチアはホッとする。

扉からやや離れると、ルチアはあたりを見回した。

(あら・・・・?)

ルチアは天井から何かがぶら下がっていることに気づく。

何か鐘のような大きなものが提げられているようだ。

(何かしら・・?)

中尉は拳銃を構えたまま、緊張した面持ちでゆっくりと近づいてゆく。

やがて、それがゆっくりと正体を現した。

 「・・・!!!!!」

現れたそれを見るや、ルチアは声も出なくなる。

ぶら下がっていたのは人間の生首だったのだ。

切りたてなのだろう、傷痕は生々しく、床にポタポタと赤いものが滴り落ちている。

しかも、よく見ると大佐の生首ではないか。

 「あぁ・・ひ・・ひどい・・!!」

誰がやったか知らないが、首を刎ねた上にぶら下げるなんてあまりにもひど過ぎる。

大佐には普段からお尻をぶたれているものの、それでもさすがに見ていて忍びなかった。

せめて床に降ろしてやろうと中尉は大佐の宙づり生首に手をかけようとする。

 そのとき、突然大佐の生首がニヤリと笑みを浮かべた。

「ウフフ・・・ルチア中尉・・待っていたよ・・・」

生首が語りかけてきた衝撃に、中尉は愕然とする。

思わず拳銃をぶっ放すや、急いで別の部屋へと逃げだした。





 「誰・・・誰なの?」

別の部屋に逃げ込むや、ルチアは先客がいることに気づく。

「先輩~。待ってましたよ~」

そういって現れたのはルゥ少尉だった。

「何だ・・ルゥ少尉な・・・」

そこまで言いかけてルチアはおかしなことに気づく。

ルゥが奇妙な格好をしているのだ。

彼女は何故か自身の顔に似せたゴム製の仮面をかぶっているのである。

 「どうしたの?そんなものかぶって?」

「実はこうなっちゃったんですよ~。見て下さい」

そういうとルゥ少尉は両手でマスクの端を手にし、ゆっくりと捲りあげた。

 「あっっ!!!」

ルチアは仮面の下から現れたものを見るや、声を上げる。

仮面の下から現れたルゥ少尉の顔には普段の面影は全く無かった。

その顔は真っ黒に焼けただれ、果物を斧か何かで叩き割った跡のような無残な様相を呈していたのだ。

余りの凄まじさにルチアは声も出ず、呆然と立ち尽くしているのみだった。

 「ねぇ・・先輩・・先輩の顔・・とっても綺麗ですよねぇ・・。先輩の顔の皮・・下さいよぉ・・ねぇ・・お願いですよぉ・・」

おぞましい顔でニタニタ笑いながらルゥはルチアに接近する。

ルチアは恐怖にジリジリと後ずさる。

だが、ついには背後の壁にぶつかり、それ以上下がれなくなってしまった。

それを見ると、ルゥは軍用ナイフを取り出す。

「ねぇ・・先輩・・顔・・顔・・顔下さいよぉぉぉぉ!!!!!!」

狂ったように叫ぶや、ルゥが躍りかかる。

ルチアは抵抗しようとするが押し倒され、そのまま意識を失った。





 布団が勢いよく跳ねあがったかと思うと、ルチアはスプリングで飛ばされたかのような勢いで上体を起こした。

肩を上下させ、荒い呼吸をしながらルチアはあたりを見回す。

すると、自分が寝室にいることに気がついた。

(夢・・・・)

それに気づくと、ようやくルチアは落ち着きを見せる。

(それにしても縁起でもないわね・・。初夢がよりにもよって・・・)

ルチアは思わずため息をつく。

(全く・・・ライトの男にゴムの仮面って・・絶対あれのせいね!!)

ルチアはまわりを見回すと、部屋の片隅に置いてあるダンボールを睨みつける。

ダンボールは上が開いているため、中に入っているものが見えた。

中には本が大量に詰まっている。

小説本らしく、「八つ墓村」、「犬神家の一族」、「病院坂の首くくりの家」といった横溝正史の作品のヴィクトール語版がこれでもかと言わんばかりに入っていた。

 (全く・・大佐も何を考えているのかしら・・こんなもの送りつけて・・)

ルチアは再びため息をつく。

これらの本は全て大佐からクリスマスプレゼントとして贈られたものだった。

中尉としてはこんなもの願い下げだったのだが、大佐が強引に送って来たのである。

プレゼントとしてもらった以上、大佐につき返すわけにもいかず、かといって古本屋にでも売ってしまおうかとも思っていたのだが、中尉のそういう考えを読んでいたのだろう、大佐は事あるごとに「クリスマスプレゼントはどうだったかね?」などとさりげなく尋ねて来るのだ。

そのとき、読んでいないことがバレてしまい、それで「せっかくのプレゼントをほったらかしにしておくなんていけない子」などと言われてきつくお仕置きをされてしまったのである。

それで、そんな羽目にならないよう、否応なしに横溝作品を読んでいるのである。

そのおかげでおかしな夢を見てしまったというわけだ。

(もう・・・冗談じゃないわ・・本当に・・)

ルチアは窓から段ボールごと放り出したくなるのを堪えつつ、溜息をついた。





 ―完―
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theme : 自作小説
genre : 小説・文学

王国軍中尉ルチア・ルヴェル10 帰ってきた師匠



 (注:金田一耕助が登場し、且つ改変を加えております。許容出来る方のみご覧ください)


 首都郊外にある屋敷へと続く道。
その道を一人行く男の姿があった。
男は年は30代後半~40代前半、肌や目、髪などの色からアジア系と推察できた。
190に近い長身で、瘦せぎすながら無駄なく鍛え上げられ引き締まった体躯の持ち主。
鷹のような鋭い目つきをした精悍な面立ちで、無精ひげが男の野性味をさらに強いものにしている。
 その男は何とも奇妙な風貌をしていた。
黒のテンガロンハットに土色のコート、シャツ、ズボン、帽子と同色のブーツという、マカロニ・ウェスタン(イタリア製西部劇)さながらの出で立ちをしているのだ。
もっとも、腰の革ベルトに差しているのはリボルバーではなく、サーベルであったが。
 唯でさえ凄まじい格好だが、さらに凄いことに帽子からブーツに至るあらゆる衣服に龍の図柄が描かれている。
サーベルの柄頭にも龍の頭があしらわれ、鞘も龍のデザインであった。
 全身に龍の図柄を纏った男は、正面に見える屋敷をジッと見つめると、コートの下から煙草を出す。
火をつけて煙を数回吐きだしたかと思うと、くわえ煙草のまま屋敷に向かって歩き出した。


 屋敷の中にあるプールほどもある大きな温室に囲まれた池、そのほとりにマウロが立っていた。
マウロは大量の生肉をぶら下げている。
片腕を大きく振り上げたかと思うや、マウロは池にぶちまけるかのようにして肉の束を投げ込んだ。
直後、水面が大きく沸き立ったかと思うと数匹のワニが現れた。
ワニは勢いよく肉に食らいつき、貪り始める。
 「ったく・・どこほっつき歩いてやがんだ・・」
ワニに餌を投げ与えながらマウロは不機嫌な様子で呟く。
マウロが言っているのはこの屋敷の主のこと。
仕事でアフリカだか南米に出かけたっきりまだ帰国していなかった。
「少しは帰ってきやがれ!こいつらの世話に駆り出される身にもなってみろってんだ!」
マウロは食事中のワニたちを見やりながら憎々しげに言う。
この屋敷の主は爬虫類専門のハンターやブリーダーをしており、そのため敷地内にはワニをはじめとする様々な爬虫類が飼育されている。
無論、専門の人間が雇われて世話や管理をしているのだが、時々手が足りなくなり、マウロがヘルプに呼ばれることがあるのだ。
適度な量の肉を与え続け、ワニたちが満足したのを見届けるとようやくマウロは温室を出た。
 温室を出ると誰かが立ちはだかっていた。
例のマカロニ・ウェスタン紛いな男だ。
その男の姿を見るなり、マウロは目を見張る。
「よぉ」
男は一言、素気ない口調で話しかける。
しばらくの間、マウロは信じられないといった様子で男をジッと見つめる。
それが幻ではないとわかるや、マウロはキッと男を睨みつける。
次の瞬間、猫さながらの敏捷な動きでマウロは男にとびかかり、顔面目がけてパンチを叩きこもうとする。
だが、男はそれを難なく受け止めた。
 「っておいおい、これが帰ってきた師匠の出迎えか?」
「ああん!?今までどこほっついてやがったんだ!このアホ師匠!」
マウロは不満をぶちまけるかのような声で言う。
そう、この男はマウロの剣の師であった。
男の名は龍纏斎(りゅうてんさい)、爬虫類ハンター&ブリーダーにして剣術家の日本人だ。
剣術家なので弟子も何人かおり、その一人がマウロだった。
その関係で爬虫類の世話にヘルプとして呼ばれるわけである。
 「帰ってきたんだからいいじゃねえか」
龍纏斎は平気のへざな態度でタバコをふかし続ける。
「黙れ!てめぇが屋敷開けてばっかだからこっちまで蛇だのトカゲの世話に駆り出されんだよ!このアホ師匠!」
「おぃおぃ。あまり興奮すると血管切れるぜ」
「うるせぇ!」
「全く全然変わってねぇな。安心したぜ」
「お前に安心されるいわれはねぇーっ!アホ師匠――――ッッッ!!」
マウロは叫ぶや再び躍りかかるが、呆気なく師に投げ飛ばされてしまった。
「教えただろう?安易に挑発に乗るなってなぁ。まだまだ修行が足りねえぜ」
弟子を投げ飛ばすと、龍纏斎はそれだけ言ってその場を立ち去った。


 「ふぅ・・・・やっぱり自分ちってのは悪くねぇ・・・」
龍纏斎は屋敷の一角にあるサウナでくつろいでいた。
サウナ内ということで、当然ながら全裸である。
龍纏斎の身体には獣の爪跡や歯型、刀傷や弾痕などがあちこちに刻まれており、彼のくぐりぬけてきた修羅場を彷彿とさせた。
だが、龍纏斎の身体には常人とは一つ違ったところがあった。
彼の身体には龍がいたのだ。
龍は二匹、一匹は背中側で、海のような見事な青い色の龍が首筋から腰のあたりまで上半身をくねらせ、左足全体に下半身を巻きつかせている。
また、正面の方では見事な輝きの紅蓮の龍が、同じように胸から腹にかけての部分で上半身をくねらせ、右足全体に下半身を巻きつかせていた。
ジャパニーズ・ヤクザも顔負けも見事な刺青の双龍、それが彼の身体に彫り込まれていたのだ。
これこそが、彼のトレードマークだった。
服全体に龍をあしらい、身体にも刺青の龍を彫り込むことで龍を全身に纏う。
その様相故に龍纏斎、つまりは龍を纏う者、という名を名乗っているのである。
 刺青を彫り込んだ胸や腹をタオルで拭きながら、龍纏斎は持ち込んでおいた水筒を傾ける。
スポーツドリンクをたっぷり詰めた水筒をお供にサウナでたっぷりと汗を流す。
これが何ともこたえられないのだ。
温泉を楽しむオヤジさながらの姿でサウナを龍纏斎が楽しんでいたときだった。
 突然、ドアの呼び鈴が鳴った。
「あん・・?一体何だ・・・」
腰を上げて龍纏斎がドアを向い、窓を覗いてみると執事の姿が見える。
「どうした?」
ドアを少し開けて龍纏斎が尋ねると執事は答えた。
「お客様がいらっしゃいました。あのお方です。」
「わかった。すぐ行く。客間に通したろうな?」
「はい」
「ならいい」
そのとき、突然何か大きな音がした。
 「何だ!」
思わず龍纏斎は声を出す。
「あの馬鹿弟子!また癇癪でも起こしやがったか!」
龍纏斎はすぐに服を着てサーベルを引っ掴むや、母屋の方へ急いで向かった。
 母屋に駆けつけるや、応接間の隣の部屋から怒号やら何かが打ち合う音やらが聞こえてくる。
龍纏斎が応接間へやってくると、家具は滅茶苦茶に壊された上にひっくり返っており、凄まじい有様だった。
「派手に・・やりやがったな・・・」
弟子の所業に龍纏斎は思わず顔をしかめる。
部屋の一角を見やると壁に人が通れるほどの大穴が開いており、そこから隣の部屋の様子が見えた。


 「おおお落ち着いて下さい!さ、さぁ、剣をしまって・・・」
「うるせえっ!誰が女だーっ!このクソジジイィィィ!」
激高したマウロの声を共にサーベルの煌めきが壁の穴から見える。
だが、次の瞬間、マウロのうめき声がした。
 龍纏斎が大穴から隣の部屋を覗いてみると、マウロが部屋の壁に寄りかかっている。
その胸には鞄か何かで突き飛ばしたような跡がついていた。
「す、すすすいませんっ!か、加減を間違えてしまいました!」
その男は革鞄を抱え持ったまま、慌てて謝る。
雪のように真っ白なもじゃもじゃ頭に人懐っこそうな面立ち、小柄で貧相な身体つきとしたよれよれの着物に袴、マント姿の日本人。
金田一耕助である。
 「うるせえっ!よくもやりやがったなっ!」
マウロは激昂するや、サーベルで突きかかる。
金田一はハッとした表情を浮かべるや、愛用の革鞄を突き出し、目にも止まらぬ勢いで動かし始めた。
マウロのサーベルの勢いはことごとく鞄に受け流されてしまう。
しゃにむになってマウロはさらに突きかかるが、怒りが無意識のうちにマウロの攻撃を粗くする。
僅かな乱れを見つけた瞬間、金田一は押し出すようにして鞄を放り出す。
マウロが身体を捌いて避けると同時に金田一はスッとマウロの懐に入り込むや、両手をグッと突き出す。
突き出したかと思うやその両手が十数にも増え、マウロの全身を指で突いた。
 「ぐっ・・・ぐあああっっ!!!」
雷が走り抜けたかのような凄まじい痛みがマウロの全身を駆け抜けた。
「な、何しやがった!」
苦痛に悶えながらマウロは尋ねる。
「あ・・あなたの全身のツボを突きました・・。と、年寄りの僕でも・・ツ、ツボを突けば十分なダメージをあ、与えられますからねぇ」
「く・・くそ・・ジジイ・・」
マウロはさらに怒りを燃え上がらせ、金田一を睨みつける。
 「もうその辺にしとけ」
そろそろ頃合いだと判断したのだろう、龍纏斎が割って入った。
「うるせぇ・・。アホ師匠は黙っていやがれ!」
「そうもいかねえだろ・・・。俺の客人に失礼な真似しおって」
「客人だぁ?そのジジイがかぁ?」
「馬鹿野郎!すいません、うちの馬鹿弟子が何やら失礼なことしたようで」
龍纏斎は金田一の方を振り向くと平謝りに謝る。
「い、いえ。構いませんよ。僕の方こそどうやら失礼なことをしてしまったようですし。どうやらこちらの方を女性と間違えてしまったらしくて・・・僕こそすいません・・」
金田一はペコリと頭を下げて謝る。
 (やっぱりそうか・・・)
龍纏斎は金田一の話を聞いてそう心中で呟いた。
大方そういうところではないかと思ったのだ。
「ところで金田一さん。悪いんですがもう少し別の部屋で待ってて下さい。俺はこの馬鹿弟子と話があるんで」
そう断るとマウロの腕を引っ掴む。
「おい!どこ行きやがる!離せっ!アホ師匠っっ!」
マウロは抵抗しようとするが、龍纏斎は問答無用でマウロを連れ出してしまった。


 龍纏斎はマウロを連れて書斎に入るや、ドアを閉めて弟子と向き合う。
「さぁて・・・覚悟はいいだろうな?」
「覚悟だぁ?」
「客人に刃物振り回そうとしただろうが。何考えてやがる、馬鹿弟子が!」
「うるせぇよ!あのクソジジイが俺のこと女呼ばわりするから悪いんだよ!」
マウロは思わず叫ぶ。
ただでさえ金田一に女と間違われて虫の居所が悪いのだ。
さらに師匠に問い詰められたことで怒りに油を注いだ状態になっていた。
 「全然反省してねえな・・。なら仕方ねぇ・・・」
チッと舌打ちをすると龍纏斎はグッと右手を伸ばす。
マウロの手首を掴むや、腕を引っ張りながら龍纏斎は椅子に腰を下ろした。
 マウロが気づいたときには、師匠の膝の上にうつ伏せに載せられていた。
「おい!何する気だ!」
マウロは噛みつきそうな勢いで叫ぶ。
「お仕置きだ。ケツ引っぱたいてやるから覚悟しな」
そういうと龍纏斎はおもむろに軍服の長い裾を捲り上げ始めた。
「ふざけんな!何でケツ引っぱたかれなきゃならねえんだ!俺はガキじゃねえ!」
冗談じゃないとばかりに、マウロは噛みつくように叫ぶ。
「女と間違われたくれぇで斬りかかるのがガキじゃねえと言う気か?しかも年寄りに」
「うるせぇ!あのジジイが悪いんだよ!俺は悪くねぇ!」
「どうでも言い張る気か・・」
龍纏斎は舌打ちする。
師匠だから弟子の強情で意地っ張りな性格はよく知っている。
それでも少しでも殊勝な気持が見られたら勘弁してやろうとは思っていたのだ。
だが、反省するどころか暴言を吐く始末。
これでは許してやるわけにはいかなかった。
 「くそっ!離せ!離しやがれ!」
マウロは必死に抵抗するが、龍纏斎はマウロを押さえ込むとズボンを降ろしてお尻をむき出しにする。
「相変わらず綺麗なケツだな・・・。これで男なんだからな・・」
「うるせえよっ!テメェまで女扱いしやがるのか!このクソオヤジ!」
マウロは振り向くや師匠をキッと睨みつける。
龍纏斎はそれには構わず、弟子の頭をしっかりと片手で押さえると、ゆっくりと手を振り上げ、弟子のお尻目がけて右手を振り下ろした。


 パアシィンッ!
「・・・っ!」
甲高い音と共に痛みが肌の表面で弾け、お尻全体にあっという間に広まってゆく。
マウロは口を引き結んで声を出すまいとする。
バアシィンッ!パアアンッ!パチィンッ!ピシャアンッ!
「全然変わってねえな・・お前は・・・」
やや面倒くさそうな口調で龍纏斎は説教を始める。
ピシャアンッ!パアアンッ!ピシャアンッ!パアチィンッ!
「ふん・・うるせえよ・・・」
マウロは不機嫌な表情を浮かべて言う。
パアチィンッ!パシィンッ!パアシィンッ!ピシャアンッ!
「女と間違われたくらいで斬りかかるわ・・・」
パアシィンッ!ピシャアンッ!パアアンッ!パアシィンッ!
「離せっ!離せってんだ!このクソオヤジッッッ!マカロニオタッ!やめやがれっ!」
ピシャアンッ!パアシィンッ!パシィンッ!パアアアンッ!ピシャアンッ!
「しかも謝るどころか逆ギレするわ・・・」
ピシャアンッ!パアシィンッ!パシィ~ンッ!パアシィンッ!
「ったく自分が何してるのかわかってんのか!この馬鹿弟子があっ!」
「うるせえよっ!俺は悪くねえっ!あのクソジジイが悪いんだよ!何だって俺がケツ叩かれなきゃならねえんだよ!降ろしやがれ!このクソ師匠!てめぇなんか×××してやるっ!」
マウロは余程癇に障っているのだろう、本職の悪党でさえ赤面しそうなほどの罵詈雑言を機関銃のような勢いで連発する。
 「本気で・・・そう言ってんのか?」
「だったらどうだってんだ!」
喧嘩腰でマウロは叫ぶ。
「仕方ねえ・・・そんならちゃんと反省出来るようにしてやる・・・」
龍纏斎はそう言ったかと思うとマウロの腰のあたりに指を突き立てた。
ビリっとする鋭い痛みがマウロのお尻全体に走る。
「な・・何・・しやがった・・・?」
「尻の痛覚に関わるツボを突いた。今のお前の尻はちょっと触られただけでも激痛が走る。こんな風にな・・・」
龍纏斎はそう言うとちょっとだけ指先で触れた。
 「ぐ・・あくぅぅぅぅ!!!!」
マウロは背をのけ反らせて身体を硬直させる。
その表情は強烈な苦痛で歪んでいた。
「どうする?いい加減に詫びを入れりゃ許してやるぞ?」
「う・・うるせえ・・。絶対にてめぇに頭なんか下げねえからな・・馬鹿師匠!」
「そうか・・。なら仕方ねえ・・」
龍纏斎はそう言うと再び手を振り下ろした。


 バアッシィ~ンッ!バンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンッ!!
「!!!!!!!!」
マウロは声にならない叫び声を上げる。
痛いなどという生易しいレベルでは無かった。
ビダァ~ンッ!バンバンバンバンバンバンバァンバァンバンバンバンバン!!!
マウロは必死に師のズボンの裾にしがみつくと、口を一文字に引き結ぶ。
平手打ちの雨が降るたびに全身が熱病に罹ったように震え、ジンワリと脂汗が浮き上がった。
あっという間にマウロの身体から力が抜け、ぐったりしてゆくのが龍纏斎の目には見て取れた。
 「がっ・・かっ・・ひっ・・はぅ・・うぅえ・・・・」
マウロは金魚のように口をパクパクさせている。
頬には涙の跡がくっきりと刻み込まれ、唇の端には噛んだ跡が見える。
掌にも爪が食い込んだ跡がしっかりとついていた。
お尻は今や熟しきった桃のように赤く、熱した石炭のように熱い。
お尻が発する熱に浮かされているのか、マウロの目はどこか遠くを見ているようだった。
 「反省したか?」
龍纏斎はポンポンと軽く腰を叩きながら尋ねる。
軽く触っただけでもお尻に激痛が走るので、お尻に触れるわけにはいかなかったからだ。
悔しそうな表情を浮かべつつも、マウロは黙って頷く。
これ以上強情を張ったら本当にお尻がどうかしてしまいかねない。
そう思ったからだ。
 「なら言うことがあるだろ?」
(何が言いてえんだよ?)
そう問いたげにマウロは師を見やった。
弟子の困惑に気づいたのか、龍纏斎は助け船を出してやる。
「こういうときは『ごめんなさい』だろうが?どうした?」
途端にマウロの表情が変わった。
「ふざけんな!そんなこと言えるわけねえだろ!」
それを表情でこれでもかと言わんばかりに主張していた。
「嫌か?それなら・・・この姿金田一さんに見てもらうか?」
まだ意地を張りそうだと見た龍纏斎は切り札を放った。
 (な・・・何だと・・!)
マウロは愕然とした表情に変わる。
今だって恥ずかしくてたまらないのだ。
それを他人に見られる。
想像するだけで身震いがする。
(冗談じゃねえ!こんな姿見られるくらいなら死んだ方がマシだ!!)
心の底からマウロは叫ぶように思う。
「さぁ、どうする?だんまりを決め込むんなら・・・」
途中まで言いかけると龍纏斎は腰を上げようとする。
(本気かよ!?)
脅しではないことを知るや、マウロはさらに慌てた。
(畜生・・・仕方ねぇ・・背に・・腹は・・・)
マウロは悔しそうな表情を浮かべるものの、恥も外聞もかなぐり捨てて叫んだ。
 「わかった!言うっ!言うっ!お・・俺が・・悪かった!ご・・ごめ・・ごめん・・なさい・・ごめん・・なさい・・・あ・・謝る・・から・・離せ~~~!!!ごめん・・なさい・・・」
謝っているのだか命令してるのだか微妙な言い方をしつつも、ようやくマウロは謝った。
「やっと言えたか・・。ったく手焼かせやがって・・・」
やれやれといった感じで呟くと、ようやく龍纏斎は手を止めた。


 「は、話は終わりましたか?」
別の部屋で待っていた金田一は龍纏斎がやってくるとそう尋ねた。
「あぁ。かなり手間かかりましたがね」
「無理も無いでしょうねぇ。あの子、見たところではかなり意地っ張りで強情そうな子ですからねぇ」
「さすが金田一さん、よく見抜いてますな」
「いえ、それほどでも。ところで・・・龍纏斎さん、実はあなたの知識を僕に貸していただけますか?」
「いいですよ。他ならぬ金田一さんの頼みですからね」
「それを聞いて安心しましたよ。それでですね・・・・」
その後、長い間話し込んで日も暮れた頃になって金田一は帰って行った。
その二週間後、ヴィクトールの新聞には日本からやってきた老探偵が日系人実業家の一族内で起こった事件を解決したという記事が報道された。
なお、その老探偵は首都在住のある日本人爬虫類ハンターから得た知識を元に犯人が爬虫類を使って犯行を行ったことを見抜いたとインタビューに答えたという。


 ―完―

theme : 自作小説
genre : 小説・文学

王国軍中尉ルチア・ルヴェル9 父親の躾



 その日、非番のルゥ少尉は買い物を終えて自身の宿舎へ帰る途中だった。
将校用の宿舎が建ち並ぶ区域を歩いているとき、ふと怪しい素振りの人物に出会った。
その人物は地図を描いた紙らしいものを持ってキョロキョロしている。
どうやらどこかの家を探しているようだった。
 不意にその人物がルゥの方を振り向いた。
キョロキョロしていたのは、18歳前後らしい風貌の青年。
アメジストを思わせる紫髪の持ち主で、こぼれおちそうなくらい大きい同色の瞳が印象的な、少年のような可愛らしい面立ちをしている。
すらりとした身体つきとやや低めの身長が相まって、その愛らしい印象を強めていた。
 その人物の姿を見るや、ルゥは一瞬我が目を疑った。
(嘘・・・あの・・・コウタ・ジングウが・・・何で・・こんなところに?)
ルゥが驚くのも無理はない。
彼女の目の前で挙動不審な動きを見せているのはヴィクトール人なら知らないものはない人物だったからだ。
コウタ・ジングウ。
元々はさるイタリアンレストランのオーナーシェフだったが、さる料理番組で発掘され、それに出演したことがきっかけで今ではヴィクトールでは知らないもののない有名イタリアンシェフとなっており、その少年のような風貌はすっかりおなじみのものとなっていた。
その有名シェフは未だにキョロキョロしている。
どうやら目指す場所を見つけられないようだった。
 「あの・・・・もしもし・・」
ルゥは見ていられなくなったのか、有名シェフに思わず声をかける。
「あ・・はぃ・・・」
「家を探してるんですか?」
「あ・・はぃ・・この番地なんですけど・・・・」
高い声でコウタはルチアに尋ねる。
「それでしたら向こうへ10軒ほど行ったところですね」
「よかった~。お姉さん、ありがとう」
コウタは無邪気な笑顔を見せて笑う。
その表情にルゥは思わずドキリとしてしまう。
 コウタがそのままトコトコと教えられたとおりに道を行くのを尻目にルゥは顔を押さえて地面に蹲る。
コウタの可愛さに思わずやられかけたのだ。
(落ち着きなさい・・落ち着くのよ・・)
鼻のあたりを押さえてルゥは必死に言い聞かせる。
ようやく気持ちが落ち着くと、やっとのことでルゥ少尉は立ち上がった。


 「クソ・・・あの女・・・また人のことこき使いやがって・・・」
その日の夕方、勤務時間を終えたマウロは上司の悪口を呟きながら帰宅する。
家に帰ってくるとマウロはドアの鍵を取り出そうとした。
(ん・・・?)
鍵を探りながらマウロはドアの鍵がかかっていないことに気づいた。
(おかしい!?出る前に戸じまりはしておいたぞ!?)
たちまち、マウロの表情が変わる。
マウロは腰から愛用のサーベルを引き抜くと、剣を手にしてゆっくりと中へ踏み込んだ。
五感を総動員してマウロは周囲を探る。
するとキッチンの方から音が聞こえてくるではないか。
音の性質からするとガスレンジの音。
どうやら家に入り込んだ何者かがキッチンを使っているらしい。
しかも玄関にまでおいしそうな匂いが漂ってくる。
何者かが入り込んだ末に料理をしているようだ。
厚かましい侵入者に思わずマウロはカッとして廊下を駆ける。
そしてドンっという音とともにドアを開けるや、キッチンへ躍り込んだ。
 「何してやがる!泥棒や・・・」
マウロはキッチンにいるはずの侵入者に怒鳴りつけようとしたが、途中で言葉が消える。
キッチンではコウタ・ジングウがパスタを茹で、別の鍋でパスタソースを造っている。
 「あ、マウちゃん帰ってたんだね」
コウタはマウロの姿を見るやニコリと無邪気に笑みを浮かべる。
「マウちゃんじゃねえよ!何でこんなトコにいんだよ!オヤジ!?」
マウロは思わず叫ぶ。
そう、コウタはマウロの父親だった。
少年っぽい可愛い系の若々しい風貌のせいで18~20歳くらいに周りから見られているが、これでも実は40歳、立派なオジサンなのである。
「決まってるじゃない。マウちゃんに会いたかったんだもん」
「会いたかったんだもんじゃねえよ・・・」
マウロは思わずため息をつく。
「細かいことはいいじゃない。それよりせっかくマウちゃんのためにゴハン作っておいたんだよ」
「あぁ・・まだ晩飯には早いだ・・・・」
そこまで言いかけてマウロはしまったという表情になる。
「た・・食べてくれないの?パパのこと嫌いになっちゃった・・?」
コウタは大きな目にジンワリと涙を浮かべている。
マウロに断られたのがショックだったのだ。
「わかった!食う!食うから泣くなよ!」
慌ててマウロはそう言う。
「えへへ。そう言ってくれると思った。マウちゃんだーい好き!」
コウタはいきなり息子に飛びついた。
「だぁぁ~っ!ひっつくんじゃねえ~~!アホオヤジ~~!」
さすがにマウロは引き離そうとする。
「いーじゃなーい。親子のスキンシップなんだからー」
「って18の息子と40の父親でスキンシップもねえだろ~~~!!」


 ゴクリと息を飲みながらコウタは息子の食事を見守っていた。
マウロが食べているのはパスタ。
クリーム系のこってりしたソースを使ったカルボナーラだが、普通のカルボナーラに比べるとソースの色が黄色い。
カボチャも材料として使ったカボチャのカルボナーラだった。
「ど・・どう・・マウちゃん・・おいしい・・?」
恐る恐るといった口ぶりでコウタは尋ねる。
「マズきゃ食ってねえよ・・。まぁいけるんじゃねえのか?」
「よかったぁ~。マウちゃんのために一生懸命造ったんだよ。マズイなんて言われたくないから」
「そいつはわかってるよ・・・」
マウロはげんなりした表情で言う。
今マウロが食べているのは彼の実家であるイタリアンレストラン、つまり父親の店の看板料理。
この料理が看板料理になったのはマウロが原因だった。
そもそもこの料理はハロウィンのときに家族用に造ったのがきっかけだった。
それをまだ幼稚園くらいのマウロがいたく気に入ってしまい、しょっちゅうコウタに食べたいとねだったのだ。
それでコウタが幼い頃の息子のリクに答えるために奮闘しているうちに店のメニューにも出すようになり、ついには店の看板メニュ―になったわけである。
ただ、それだけに父親の過剰といっていいような愛情を嫌でも感じてしまい、マウロとしては恥ずかしいというか照れくさいメニューでもあった。
 「ねぇマウちゃん・・・」
「何だよ・・?」
「お風呂も作っておいたよ。疲れてるんじゃないの?ゴハン食べたら入ったら?」
「二人で一緒に入ろうとか抜かす気だろ?」
「何でわかったの!?」
マウロの答えにコウタはビックリした表情を浮かべる。
「わからねえわけねえだろ・・・」
再びマウロはげんなりする。
小学生高学年から中学生ぐらいの頃、マウロが風呂に入っていると父親が一緒に入ろうとするのがしばしばだった。
幼稚園の頃ならいざ知らず、そんな年になって親と入るなど毛頭御免だった。
そのため父親を必死で風呂から追い出したものだ。
だが、すげなくされればされるほどコウタの方はマウロと入ろうとしてきた。
こういう経験があるため、マウロは実家に帰りたがらなかったのである。
 「うぅ・・マウちゃんの意地悪・・・」
コウタは拗ねた表情を浮かべて息子を見やる。
マウロはげんなりした表情のまま視線をそらすが、そのとき携帯が鳴った。
「あぁ・・もしもし・・あん?ミシェルか・・ん?あんだと?もう一遍言え!ふんふん・・。
わかった・・。オヤジなら今俺んとこだ。わかってる・・よく言っとく・・・」
携帯を仕舞うと再びマウロはため息をついた。
「どうしたの?マウちゃん?」
父親は心配そうな表情を浮かべて話しかける。
だが、それに対してマウロは怒りに満ちた表情で睨みつけた。
さすがにコウタは恐ろしさに飛びのいてしまう。
 「な・・何・・そんな怖い顔して・・?」
「何じゃねえよ・・オヤジ・・。今ミシェルから電話が入ったんだがな・・・。テレビの収録の途中でオヤジがいなくなったって話してんだよ・・・」
マウロの言葉にコウタはギクリとする。
「や・・やだなぁ・・マウちゃん何言ってるの・・・」
コウタはとってつけたような笑みを浮かべて誤魔化そうとするが、声は乾いており全身は恐怖に震えている。
「オヤジ・・・正直に言えよ・・。仕事ほっぽって俺に会いに来たろ?」
マウロはその切れ長の鋭い目でジッと睨みつける。
若いながらもテロリストや凶悪犯相手に修羅場を潜ってきたマウロだ。
一般人のコウタでは一睨みされただけで震え上がってしまった。
「ご・・ごめん・・じ・・実は・・・テレビ収録の途中で・・出て・・きちゃったの・・」
「ったく・・何考えてんだよ!アホオヤジ!?」
「だ・・だって全然マウちゃんに会えないし・・夏休みとかになっても全然帰って来てくれないんだもん・・。だから・・寂しくて・・マウちゃんに会いにきちゃった・・・」
(ったく・・・いい加減に子離れしてくれよ・・。っていうかこれじゃ幼稚園児じゃねえか!)
マウロは父親の行為に頭を抱えたくなる。
自分の父親が見た目だけでなく精神面も子供っぽいのは承知しているつもりだった。
だが、まさかここまでとは思わなかった。
マウロは呆れるものの、いつまでもそうしているわけにはいかなかった。
父親のせいで大勢の人間に迷惑がかかっているのだ。
そりゃ自分とて他人にしょっちゅう迷惑をかけている。
人のことは言えない。
とはいえ、このまま目の前にいる子供な大人を何のお咎めなしというわけにもいかなかった。
 「ったく・・オヤジ・・・とんだことしてくれたな・・・」
「だ・・だって・・」
「だってじゃねえよ!どれだけ迷惑かけたと思ってんだ!アホオヤジ!いやガキオヤジ!覚悟は出来てんだろうなぁ・・・」
「か・・覚悟・・?」
何のことか聞き返そうとした瞬間、マウロの手がグッと伸びてきた。
気づいたときにはコウタは息子の膝の上に引き倒されていた。
マウロは父親を膝に引き倒したかと思うとズボンを降ろしにかかる。
「ひゃあっ!マウちゃんっ!何やってるのぉぉ!?」
「あん?ケツ引っぱたくんだよ」
マウロはわかりきったことを聞くなと言わんばかりの表情で答える。
「やぁ・・何でぇ・・・」
「何でぇじゃねえだろ!アホオヤジ!」
マウロはやれやれといった口調で父親のお尻を出した。
コウタのお尻は色艶といい形のよさや弾力の具合といい、10代の少年そっくりで、とても40歳の男性のお尻とは思えなかった。
マウロは左手でコウタの背中をしっかりと押さえつけると念入りに右手に息を吐きかける。
「オヤジ・・覚悟はいいか?」
「やぁ・・いやぁ・・マウちゃぁん・・・」
コウタは振り向くと目に涙を浮かべて訴えかける。
だが、既に怒っているマウロには効果はなかった。
マウロはゆっくりと手を振り上げると、コウタのお尻目がけて思いっきり振り下ろした。


 バアシィンッ!
「きゃあんっ!」
甲高い声で叫んだかと思うと、コウタは思いっきり背中をのけ反らせる。
バアチィ―ンッ!ビダァーンッ!バァシィーンッ!バァァーンッ!
「きゃあっ!やあっ!マウちゃん痛ぁいっ!」
コウタは容赦のない平手打ちに苦痛を訴える。
「あん?痛くなきゃ仕置きになんねえだろうが!?」
マウロは厳しい声で父親を叱りつける。
気の短いマウロにはダラダラと引っぱたくのは性には合わない。
だからさっさと終わらせようと最初からキツめに叩くつもりだった。
 バアッチィ~ンッ!ビッダァ~ンッ!バアッシィ~ンッ!バッアァ~ンッ!
「ったく・・てめぇ何考えてやがんだ!」
父親のお尻を叩きながらマウロはお説教を始める。
ビッダァ~ンッ!バアッシィ~ンッ!ビッダアァ~ンッ!バッアァァ~ンッ!
「やああっ!ひいんっ!やあっ!やぁぁ!」
コウタは手足を激しくバタつかせる。
ビッダァ~ンッ!バアッチィ~ンッ!ビダァ~ンッ!バァジィ~ンッ!
「仕事ほっぽって抜け出しやがって!どれだけ他人に迷惑かかってんのかわかってのかぁ!?」
ビッダァ~ンッ!バアッジィ~ンッ!ビバジィ~ンッ!バアジィ~ンッ!
「ひいんっ!だ・・だってマウちゃんに会いたかったんだもん~~!」
バアッジィィンンン!ビッダァアアンンン!ビバァッダァァンンンン!
「会いたかったんだもんじゃねえ!ちっとは他人の迷惑も考えろ!」
「そんな言い方ないじゃない!マウちゃんが悪いんじゃないの!?」
突然、コウタが叫んだ。
「あん?どういうつもりだ?」
コウタは再び後ろを向くとキッとマウロを睨みつける。
「だって・・だって・・マウちゃんが全然帰って来てくれないからこんなことしたんだもん!マウちゃんがたまには家帰って来てくれればこんなことしなかったもん!マウちゃんこそパパに謝ってよ!」
ワガママをこねた末に叱られた子供が逆ギレしたような口調でコウタは叫ぶ。
その言葉にさすがのマウロも唖然とした。
(ここまで・・ガキだったのかよ・・俺のオヤジ・・・)
マウロは肩を落として思いっきり溜息をつきたくなる。
だが、溜息をついているわけにもいかない。
 「おい・・・本気でそんなこと言ってんのか?」
父親に対するものとは思えない声でマウロは尋ねる。
息子の声に思わずコウタは怯えかけるが、ここまで来てしまった以上、今さら引っ込みはつかない。
「思ってるもん!マウちゃんの馬鹿馬鹿馬鹿っ!」
「そうかよ・・そんなら・・・・もう勘弁してやんねぇよこっちだってな」
マウロは冷酷な声で言うと父親を抱えて立ち上がり、椅子に腰かける。
そして足を組んだかと思うとコウタをその上に載せる。
おかげでコウタはお尻を突き上げた態勢を取るはめになった。
 「ま・・マウちゃん・・?」
嫌な予感にコウタはビクビクしながら息子に呼びかける。
ビッダァバアッジィィィぃィィィンンンンン!
「きゃああああんんんん!!」
今までとは比較にならない苦痛が襲いかかり、コウタは絶叫を上げる。
「その根性叩き直してやる!覚悟しやがれアホオヤジ!」
「やぁぁぁぁ~~~~!マウちゃん許してぇぇ~~~!本気じゃなかったんだってばぁ~~~~!」
コウタは必死に弁解するがもはや後の祭り。
骨にまで響きそうな音と絶叫に近い悲鳴が室内に響き渡った。


 「ふぇぇ・・ひっく・・うぇぇぇんん・・・ひっひっ・・ふぅええん・・・」
コウタはボロボロと涙をこぼして泣きじゃくる。
お尻は見事なまでのワインレッドに染め上がっており、三倍近くに腫れ上がっている。
「やだぁ・・もう・・やだぁ・・許してぇ・・マウちゃん・・ふぇぇん・・・お尻・・痛ぁぁい・・・・・」
幼児のように泣きながらコウタは息子に許しを請うていた。
「反省したのかよ?」
「した・・したからぁ・・・だから・・もう・・お尻ペンペン・・しないでぇぇ・・・」
コウタは涙と鼻水で顔をグシャグシャにして懇願する。
「どうだか・・口だけじゃねえのか?」
だが、マウロはいまいち信用できないのか、疑り深い口調で言う。
「本当にしたからぁぁ・・・・・」
「じゃあ何が悪かったか言ってみな?だがなぁ・・・もし・・一つでも間違っていやがったら・・・あと百は引っぱたくからな・・・」
「ひゃ・・・百ぅぅぅ!!!」
息子の言葉にコウタは飛び上がりそうになる。
今ですらお尻はもう限界だった。
これ以上叩かれようものなら死んでしまうかもしれない。
「おい・・・どうした?本当に反省してんなら言えんだろ?それとも・・嘘か?」
マウロは最後通告でも突き付けるかのような口調で言う。
「してるぅ!してるってばぁぁ!」
「なら言えんだろ?」
「え・・ええと・・仕事サボって・・マウちゃんのとこ・・きたぁ・・」
「そうだ。で、何でそんで叩かれたんだ?」
「み・・皆に・・迷惑・・かけたぁ・・・」
「そうだ。いいかオヤジ。てめえ一人じゃねえんだ。オヤジの勝手でどれだけの人間に迷惑かかるか・・・よっく考えてから行動しやがれっっ!!!」
バアッチィ~~~~~ン!!!
ダメ押しと言わんばかりにマウロは思いっきり父親のお尻を叩いた。
「わああ~~んんっっ!マウちゃんごめんなさい~~~っっ!!」
「やっと・・出来たか・・ったく・・世話の焼けるオヤジだな・・・」
マウロはようやく父親が本当に反省したのを確かめると、再びため息をついた。


 「やあん!マウちゃん痛いぃぃ!」
「うるせえ!ギャーギャーわめくんじゃねえよ!塗れねえだろうが!」
マウロはジタバタ暴れるコウタに声を上げながら軟膏を塗る。
「うぅぅ~~。ひどいよマウちゃん・・」
コウタは恨めしそうな表情で息子を睨みつける。
「ひどいよじゃねえよ・・ったく俺だって何が悲しくてテメェのオヤジのケツ引っぱたいたり薬塗ってやらなきゃなんねえんだよ!」
「マウちゃんがしたくせに・・・」
「うるせーなぁ・・少しは静かにしろ。大人しくしてりゃ何かつくってやるから・・」
「本当!?マウちゃん!?」
「本当だ・・だから大人しくしてろ・・・」
マウロはげんなりした表情で言う。
コウタは親馬鹿なせいか、息子であるマウロの手料理が大好物だった。
おかげでどんなに痛い目にあってもマウロが何か作ってやるとすぐに機嫌が治るのである。
「えへへ、マウちゃんだーい好き!」
機嫌を治したコウタはいきなり息子に抱きつくや、その頬にキスをした。
「だぁぁ~~!だから抱きつくんじゃねえ!って何キスしてやがんだぁ!」
「いいじゃない~!親子のスキンシップ~~!」
「ってテメエは過剰すぎんだよ!オヤジのアホー!」


 ―完―

theme : 自作小説
genre : 小説・文学

王国軍中尉ルチア・ルヴェル外伝4 古城の決闘



  ドイツ内陸のどこかにある小高い山にその城は建っていた。
城といっても住むものがいなくなってからかなりの年月が経っているらしく、壁は所々崩れており、雑草やツタ、木の根が生い茂っている。
そんな荒れ果てた城の中庭に男がいた。
 男は30代後半~40代前半といったところで、髪や眉、瞳や肌の色からアジア系だと推察できた。
痩せぎすながらバネのようにしなやかで鍛え上げられた身体つきをしており、鷹のように鋭い目や彫りの深い目鼻立ち、無精ひげが野性味を感じさせる。
頭には黒のくたびれたテンガロンハットをかぶり、土色のロングコートに黒のシャツとズボン、茶色のしっかりとしたブーツといった、マカロニ・ウェスタン(イタリア製西部劇映画)のガンマンさながらの出で立ちだった。
腰の革ベルトに拳銃を提げていれば本当にガンマンだったが、あいにく男は銃ではなくサーベルを提げていた。
サーベルは日本刀に近い浅反りのつくりで、柄には龍の頭がつけられ、鞘自体が龍のデザインといったつくりになっている。
しかも念のいったことにテンガロンハットをはじめとするあらゆる衣服に龍の図柄が入れられている。
さながら龍を身体に纏っているようだった。
 龍尽くめの出で立ちをしたこの男は城壁だった崩れた石を使ってカマドを造り上げており、それにキャンプ用の携帯鍋をかけてグツグツと煮ている。
鍋の中には街であらかじめ買っておいたと思しき肉や野菜、卵などが入っていた。
 「アッチ、アチチチチ・・・フハフハフハハ・・・」
携帯用の食器に鍋の具を盛ると、息を吹きかけて冷ましながら料理を食べている。
男は箸で肉をつまみ上げ、旨そうに頬張る。
いかにも至福の一時といった表情を男は浮かべていた。


 不意に男の口の動きが止まった。
男は座ったまま顔を上げ、城門の方向を見やる。
いつの間にか数メートルの距離を挟んで別の男が立っていた。
男は龍尽くめの男と同じアジア系で、こちらは岩のように厳つい顔立ちと身体つきをしている。
こちらの男の方は長いコートをマント風にはおっている。
コートの裾からは日本刀の黒い鞘が見えていた。
 「待たせたかな?」
日本刀の男はサーベルの男に尋ねた。
「いや、もうちっと遅くてよかったな」
「それは悪かったですな、龍纏斎(りゅうてんさい)さん」
「いや、構わないぜ、近藤さんよ」
サーベルの男こと龍纏斎はそう近藤に言う。
近藤は黙って頷くとコートを脱ぎ捨てた。
たちまち、その下から近藤の上半身が現れる。
 近藤は半裸だったため、その見事な筋肉があらわになっていた。
柱のようにがっしりとした首、門扉のように厚い胸板、くっきりと六つに割れた腹筋、丸太のように太くたくましい両腕、どれもが力強さを感じさせた。
その全身には古い弾痕や刀傷があちこちに見られ、修羅場を潜り抜けてきたことを示している。
さらにその背中には奇妙なものがあった。
 それは真っ白で大きなドクロの形をしていた。
一見すると刺青に見えたが、よく見るとそれはあざであるのがわかる。
近藤は奇妙なことに背中にこの大きなドクロ型のあざを持って生まれてきた。
彼の祖先である近藤勇が背中にドクロを描いた道着を使っていたという故事があるせいか、このアザには何か不可思議なものを感じたものもいたらしい。
 近藤はコートを脱ぎ捨て刀を鞘から抜き放って構える。
龍纏斎の方も立ち上がると静かにサーベルを抜き放った。
月明かりに照らされてサーベルがその姿を現す。
刃の鍔元10cmあたりの部分には龍が刻み込まれている。
龍纏斎が身体を開き、右手を突き出すと両者は互いににらみ合った。


 月光が照らす中、二人はジッとにらみ合っていた。
にらみ合ったまま、両者ともゆっくりと間合いを詰める。
それは本当にゆっくりとした歩みで、端から見ていたならばイライラするであろうほどの動きだった。
二人は一センチ、また一センチと接近してゆく。
あと1メートルで互いの切先が触れるといったところで不意に二人は止まった。
そして、再び両者はにらみ合いに入る。
 にらみ合ったまま、二人は互いの身体から殺気を解放した。
解放された殺気は獲物を求め、ドーム状に広がってゆく。
もし、本来ならば不可視の殺気に色を付けることが出来るならば、二人がドーム状のものに包まれ、それがドンドン広がっているのが見えただろう。
広がった末に殺気同士がぶつかり合う。
同時に決闘者たちの表情が緊張を孕んだものになった。
 相手の殺気を押しのけようと二人ともさらに殺気を身体から放つ。
殺気が相手の方へ絶え間なく波のように押し寄せてはぶつかり合った。
殺気がぶつかり合うと共に二人の腹が微かに震え、手や額からジワリと汗が噴き出す。
消しきれなかった相手の殺気が自分のところへ飛んでくるのだ。
それを浴びたために身体が反応するのである。
 (さすが龍纏斎だな。俺の殺気を浴びせかけても一歩も引こうとしない)
近藤は龍纏斎の精神力に舌を巻く。
(だが・・・いつまでも持つわけではない・・・)
近藤は龍纏斎の反応をジッと観察し、微かに相手の方の震えや発汗がこちらより大きいことに気がついていた。
僅かだが向こうの方が引け気味であるということだ。
(それならば・・・)
近藤は確信を持つとほんの一瞬だけ、殺気を倍増させ、その全てを龍纏斎目がけて叩きつけた。


 ほんの一瞬だけ龍纏斎は目の前が真っ暗になった。
今までとは比べ物にならない近藤の猛烈な殺気を浴びせかけられたのだ。
無意識に身体は恐怖を覚え、目を瞬かせる間だけだが隙が出来る。
だが、それで充分だった。
 突然、龍纏斎は肩骨が砕けんばかりの衝撃と、浮遊感を感じる。
そうかと思うと背中に苦痛と石の感触を覚えた。
「ごっ・・・がっはぁ・・・」
首を仰け反らせたかと思うと龍纏斎は身体を丸めて咳き込んだ。
龍纏斎は城壁に背中をくっつけるようにして立っていた。
殺気を浴びせられて生じた僅かな隙の間に近藤が得意の突刃を仕掛けたのである。
ミサイルのような凄まじい勢いで突撃されたため、城壁まで龍纏斎は吹っ飛ばされてしまったのだ。
地面を思い切り蹴る音と共に再び近藤が刀を突き出したまま、弾丸の如き勢いで突っ込んでくる。
だが、今度は龍纏斎とて負けてはいない。
(お返しだっ!『錐龍撃(すいりゅうげき)』っっっ!!!)
心の中で技名を叫び短く息を吐いたかと思うや、龍纏斎は身体を右に開き右足をしっかりと踏み出した体勢で渾身の勢いを込めてサーベルを突き出した。
サーベルが光ったかと思うと刃に光の龍が巻きつく。
闘気の龍はグルグルと高速回転し、突っ込んでくる近藤にカウンターを食らわした。
さすがの近藤も真正面からドリルのように高速回転する闘気を纏った刃に高速で突っ込んでは無事ではすまない。
近藤は錐揉み回転しながら吹っ飛ばされてしまった。
 敵が吹っ飛ぶや、今度は龍纏斎が一気に間合いを詰める。
龍纏斎は思いっきり片足を蹴り上げて近藤を確実に宙を浮かせるや、追いかけるようにして飛びあがった。
「龍乱脚(りゅうらんきゃく)ぅぅぅぅぅぅ!!!!!!」
叫ぶと同時に今度は龍纏斎の両足が闘気で光りだす。
龍纏斎の両足が龍型の闘気を纏ったかと思うと、空中の近藤目がけて宙をかっ飛びながら凄まじい蹴りを雨霰の如く叩き込んだ。
 光の龍が何十匹も近藤の胸や腹に喰らいつき、骨や肉を激しく打ち叩く。
蹴りを叩き込みながら龍纏斎は城壁の塔の一つへ向かってすっ飛んでゆく。
ドゴォンッ!という激しい音と共に近藤は塔に叩きつけられた。
長い間風雨にさらされていた城壁はその衝撃で大穴が空き、二人の決闘者は塔内の部屋の中へ飛び込んだ。


 「ぬううんっっ!!!」
塔の壁に叩きつけられた瞬間、近藤は龍纏斎の足を捕らえることに成功していた。
壁が崩れて塔内へ転げ込みながら、近藤は龍纏斎を投げ飛ばす。
龍纏斎は反対側の壁に叩きつけられそうになるが、空中で猫のように体勢を変え、壁を蹴って着地する。
しかし、その着地の瞬間を狙って近藤が真っ向から斬りこんで来た。
猛烈な勢いで振り下ろされる日本刀を龍纏斎のサーベルが受け止める。
決闘者達は刃同士がはみ合ったかと思うや、相手を押しのけようとする。
ギチギチという音と共に刃同士が激しくこすれ合い、火花を散らした。
二人は鼻先がくっつき合いそうになるほど身を寄せ、鍔迫り合いを繰り広げる。
狭い部屋の中を二人はグルグルと回りながら移動した。
互いに押し合いへし合いし、相手を突き飛ばそうとする。
 突然、鈍い音がしたかと思うと二人とも後ろへグラッと倒れかけた。
互いに思いっきり相手を押しのけようとしたため、相手からの衝撃を受けたのだ。
僅かに間合いが離れ、両者とも体勢を立て直しにかかる。
ほとんど同時に体勢を立て直したかのように見えたが、僅かに近藤の方が早かった。
「シイッ・・!ハァァァァァァァ――――――――ッッッッ!!!!!!」
短く吐いた息と共に近藤の突きが繰り出される。
瞬きする間もない僅かな時間にそれが数十にも増えて龍纏斎に襲いかかった。
「くっ・・・!!!」
龍纏斎は超人的な速さで上下左右にサーベルを捌き、近藤の突きの雨を受け流そうとする。
しかし突きのラッシュは途切れるどころかますます早さと鋭さを増し、近藤はジリジリと部屋の角へ龍纏斎を追い込んでゆく。
やがて完全に龍纏斎を角へ追い込んでしまうと、たっぷり石炭を食った蒸気機関車の如き凄まじい勢いで突きの流星群を降らせた。
 (や・・やばい!!)
龍纏斎は焦りを覚える。
突きの嵐は最初とは比べ物にならないほど速くなった。
余りのラッシュに龍纏斎も捌ききれず、一箇所また一箇所と身体を掠める。
刃が掠めるたびに服が破れていき、肌があらわになる。
ついに龍纏斎は近藤同様に半裸に近い姿にさせられてしまった。
 半裸となった龍纏斎の背中には青の、正面の胴の方では紅蓮の龍が身を躍らせている。
そう、龍纏斎は身体の前後に龍の刺青を彫り込んでいた。
そこから彼は龍をその身に纏った者という意味を込めて龍纏斎と名乗っていた。
龍纏斎が裸になると同時に再度、近藤のラッシュ突きが襲いかかる。
とっさに龍纏斎は胴正面に気を張り巡らす。
気が鎖帷子の代りとなり、刃で身体が斬られることを防ぐ。
だが、打撃までは無理だった。
内臓や骨が砕け散るかと思うほどの衝撃が龍纏斎の胴を駆け巡る。
強烈な苦痛に龍纏斎の気管を苦いものが胃からこみ上げかける。
だが、吐く余裕などなかった。
近藤が渾身の勢いを込めて右片手平突きを繰り出してきたのだから。
本能的に龍纏斎は剣で防ごうとしたが、そんなもので受け流せるものではなかった。


 ドゴォォォォッッッッ!!!!!
塔の一角が崩れて大穴が出来たかと思うと、そこから粉塵まみれの龍纏斎が飛び出した。
龍纏斎は飛び出したかと思うと、そのままの勢いで地面に叩きつけられた。
 「ゴッ・・・ガッハッ・・ブウウベェェ・・・・」
激しく咳き込み、フラフラになりながら龍纏斎は立ち上がる。
サーベルを構えようとするが、龍纏斎は根元からボッキリと刃が折れてしまっていることに気付いた。
その間にも塔から降り立った近藤が接近してくる。
「どうする・・・?降参するか?」
近藤は切先を向けて問う。
「冗談を言ってもらっちゃ困るぜ。得物が無くなったぐらいでビビル俺ではない」
「それもそうだ。そんなことを問うのは侮辱にしかならんな」
近藤はそういうと突然、刀を地面に突き刺して空手となった。
 「どういう・・つもりだ。ハンデのつもりか?」
やや気分を害したような口振りで龍纏斎は問うた。
「勘違いするな。刃がボロボロに欠けて使い物にならなくなっただけだ」
その言葉に龍纏斎はある程度納得する。
あれだけ激しく切り結んだのだ。
ささらのようになってしまってとても使えないだろう。
 「ふん・・・いいだろう・・。だが・・剣なしで俺に勝てるか?」
「甘く・・見ないでもらおう・・。素手格闘も・・やってるんでな・・」
二人は素手の体勢で再び対峙する。
近藤は柔術式の構えを取り、龍纏斎は中国拳法風の構えを取る。
近藤は柔術や合気道、龍纏斎は中国拳法を土台に素手でのファイトスタイルを造り上げていた。
そしてそれを剣道やフェンシングと融合させたのである。


 二人はにらみ合ったまま、蟹のように横ばいに移動し始めた。
最初はゆっくりだったが、龍纏斎が一気に走り出すや、追いかけるようにして近藤も走り出した。
だが、速さでは龍纏斎の方が優っていた。
壁まで2,3メートルといったあたりまで達したかと思うや、龍纏斎は地面を蹴って飛び上がる。
飛び上がった龍纏斎は壁に向かったと思うや、思いっきり城壁を蹴る。
次の瞬間、ムササビさながらに滑空して龍纏斎が迫ってきた。
 「イヤァァァァッッッッ!!!!」
裂帛の気合と共に幾度も龍纏斎の両手が空中から近藤目がけて襲いかかる。
近藤の両腕が上下左右に激しく動き、龍纏斎の腕とぶつかっては骨同士がぶつかる鈍い音を響かせる。
滑るようにして後ろへ退きながらも隙を突いて近藤は左足をすり出し左腕を宙に向かってグッと伸ばして龍纏斎の胸倉を引っ掴む。
むうんっ!という気合と共に近藤は地面目がけて真っ向から龍纏斎を叩きつけにかかる。
だが、龍纏斎は投げられながら片手を伸ばして近藤の左腕を掴むや、爪を立てて一気に引っかいた。
 四条の赤い筋が近藤の手首近くまで一気に走ったかと思うと、苦痛に近藤の表情が歪む。
同時に近藤の顔面に龍纏斎の蹴りが思いっきり叩き込まれた。
蹴りの衝撃で二人は離れ、近藤はヨロヨロと後退する。
「ふぅ・・・アタァッッ!!!」
今は亡き名カンフースターさながらの気合と共に龍纏斎は踏み込み、数発立て続けに蹴りを叩き込む。
一撃ごとに近藤は後退し、最後の一撃で思いっきり吹っ飛んだ。
だが、龍纏斎の攻撃はそこで終わらなかった。
陸上選手顔負けのダッシュで一気に接近すると片脚を思い切り蹴り上げて宙へ吹っ飛ばす。
吹っ飛ばしたかと思うと再び龍纏斎の右足が闘気の光に包まれた。
龍乱脚をもう一度叩き込もうという腹積もりだ。
それを示すかのように宙の近藤目がけて飛び蹴りの体勢で襲いかかった。
 「って・・二度も喰らうかっ!!」
吹っ飛ばされつつも近藤は空中で体勢を立て直し、両腕を交差させてしっかり第一撃をブロックする。
攻撃をブロックされた龍纏斎はもう片方の足で近藤を蹴って飛び退こうとしたが、それより先に近藤の手が伸びて足首を捕らえる。
掴みかかると同時に近藤は龍纏斎の足のツボをしっかりと押さえてしまう。
電撃が走ったような苦痛が足全体を駆け抜け、龍纏斎は一瞬、苦痛の表情を浮かべて隙が生じる。
そこへ近藤が組み付きにかかる。
手足を完全に極めてしまうと近藤は落下の勢いを利用して思いっきり龍纏斎を地面に叩きつけた。
 「ゴガアッッ・・・・!!!」
落下と同時に龍纏斎は苦痛の声を上げる。
とはいえ、龍纏斎も負けてはいない。
手足を極められながらも龍纏斎は頭を思いっきり動かして近藤の額に頭突きを喰らわせる。
頭突きの衝撃で近藤は思わず極めを微かに緩める。
その隙をついてウナギのように龍纏斎は近藤の拘束からすり抜けた。
 すり抜けるや龍纏斎は取って返し、近藤にパンチを叩き込む。
だが、近藤も負けずに殴り返す。
二人は馬鹿になったかのように互いに拳を相手の身体に叩き込みだした。
汗や肉が周囲に四散し、骨同士がぶつかり合う音、肉と叩く音、地面を蹴る音などがあたりにこだまする。
ようやく離れたときには、二人とも全身に拳の跡やすりむけが生じていた。


 「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・・」
二人とも両肩や胸筋を上下させ、腹筋をへこませては荒い息をしている。
もはや二人とも体力は限界に達していた。
(あと・・・一撃か・・・)
両者とも自身の体力や受けたダメージを見てそう判断する。
(次こそが・・・最後になる・・・)
二人はそう判断するとそのままジッと立っている。
僅かでも体力を回復させようという腹積もりだ。
 やがて僅かに呼吸が落ち着くと、二人は拳を構えて突進する。
あっという間に顔面がくっつきそうになるくらい相手へ接近したかと思うと、鈍いだが強烈な音が響き渡った。


 「くそ・・・・足が笑ってやがる・・・・」
地面に仰向けにぶっ倒れた龍纏斎は起き上がろうとするも、両足が疲労でガクガク震えて動けない。
「俺もだ・・・・。立たんわ・・・・・」
同じようにぶっ倒れている近藤もそう呟いた。
「ハッハッハッ。結局勝負がつかなんだか」
「そういうことだ・・・。今回も引き分けのようだな・・・」
「仕方がない・・。だが・・次こそは負けんぞ!」
「それは俺の台詞だ・・・。1年後の今日と同じ日・・どうだ?」
「おお!受けて立つぞ!」
二人は地面に寝転がったまま約束をする。
 「ところで・・・龍纏斎・・・。お前さんの弟子はどうしてるんだい?」
「さぁなあ・・・どこかでまた癇癪でも起こしてるんじゃねえのかい?」


 「ぶえっくしょんっ!!」
マウロ少尉は突然、くしゃみをした。
「クソ・・あのアホ師匠か・・・?」
マウロは龍纏斎の顔を思い浮かべながら呟く。
そう、マウロに剣術を教えたのは誰あろう、龍纏斎だった。
一体どのようないきさつかは全く不明だが、マウロは龍纏斎に師事したのである。
だから、西洋人であるマウロの技名が漢字だったり、闘気の形が東洋風の龍だったりするのである。
 「どこにいるのか知らねえが・・・・さっさと帰って来い!アホ師匠がっっ!」
マウロはそういうとキッと睨みつけながら周囲を見回す。
マウロは温室の中にいた。
温室の中ではトカゲや亀が蹲っているかと思えば、中に植えられた木の枝に蛇が巻きついている。
これらの爬虫類は龍纏斎が世界中を回って集めてきたもの。
龍纏斎は爬虫類マニアでヴィクトール首都内にある自宅の庭に温室を造り、そこで集めた爬虫類を飼っていた。
龍纏斎が龍の刺青を入れたり龍の図柄を入れた服を着ているのも、闘気を龍型にして放出するのも爬虫類好きが高じた挙句、爬虫類系のモンスターである龍にすっかり惚れ込んでしまったためであった。
龍纏斎がいない間は世話用に雇った人間が面倒を見ているのだが、あいにく今日は都合が悪く、マウロが駆り出されていた。
爬虫類好きな師匠のおかげでマウロはそれなりに爬虫類の扱い方というものを知っていたからである。
とはいえ、マウロ自身はこんな薄気味悪い生き物はいけ好かなかった。
「ああクソッ!」
ムシャクシャと押さえかねてマウロが近くに植えられていた木の幹を蹴るや、樹上からボタボタと蛇の群れが落ちてくる。
直後、マウロの癇癪が爆発し、温室内を絶叫が響き渡った。


 「何でこんな目に合うんだよ!!師匠の・・作者の・・バカヤロ――――!!!」(マウロ心の叫び)


 ―完―

theme : 自作小説
genre : 小説・文学

王国軍中尉ルチア・ルヴェル8 食堂



 「おい!何ボーっと突っ立ってんだ!材料持って来い!馬鹿野郎っ!手休めてねえできちんとかき回せ!焦げ付いて鍋にこびりつくだろうがっ!!」
厳しい叱責の声と共にマウロはスタッフに指示を繰り出す。
マウロは軍服では無く調理用の白衣を着、パスタをゆでている。
「おい!何やってんだ!そのアランチーニ(シチリア風ライスコロッケ)はまだ揚げるんだよ!出すんじゃねえ!」
マウロは油の中からアランチーニを出そうとしているスタッフを見つけるや、パン用の棒で引っぱたく。
 「ちょっとマウロちゃん!あんまり乱暴しないでよ!」
男と思うような野太い声で誰かがマウロに抗議した。
マウロに抗議したのは身長が2mは優にあり、ゴリラのようにいかつい体格に顔立ちをした女性。
胸元が膨らんでいることで辛うじて女性とわかるが、そうでなければマッチョ男と間違われてもおかしくない容貌をしていた。
そのマッチョな女性は調理用の白衣を着ている。
彼女はエリザベス、軍司令部食堂の料理長というべき存在だった。
「ああ!?こいつらがヘマなのが悪いんだろうが!」
「だからって殴ることないでしょ」
「うるせえな!だったら手伝わねえぞ?」
「そんなこと言ったらもうパスタもピッツァもアランチーニも造ってあげないわよ!」
その言葉にマウロは一瞬たじろぎかける。
エリザベスは容貌は凄いが、料理の腕はバツグンだった。
だから彼女のイタリアンが食べられなくなるのはマウロにとっては大きな痛手だったのである。
マウロはムスッと不機嫌な表情を浮かべると、不機嫌な表情のまま調理に戻った。


 それにしても何故マウロが食堂で料理などしているのか。
それは一時間前に遡る・・・。
 マウロはサーベルを構えたまま、ジッと目の前に立っている人型の藁束を眺めている。
短く息を吐くと同時にマウロは気合と共に突きを繰り出した。
切先が藁束の胸に突き刺さった瞬間、マウロは地面を蹴って飛び上がっていた。
 飛び上がると同時にマウロはコマのように身体を回転させる。
回転の速度はあっという間に速くなり、まるで巨大なコマが藁束に突き刺さったまま高速で回転しているようだった。
同時に剣が刺さっているあたりからプスプスと煙が上がる。
やがて、さらに回転が早くなったかと思うや、メラメラと炎が燃え上がり、あっという間に藁束全体を紅蓮の炎に包み込んでしまう。
藁束を火だるまにするや、マウロは顔面に当たる部分を蹴り、空中で姿勢を変えながら少し離れた地点へ着地した。
 着地と同時にマウロはサーベルを構えて油断無く藁束を見つめる。
藁束はやがて灰となって崩れ落ちた。
それを見るとマウロはようやくサーベルを納めた。
 マウロが行っていたのは奥義の修練。
マウロは複数の奥義を習得している。
先ほどのはその一つで『回火刃(かいかじん)』。
相手に突きを叩き込むと同時に跳躍、高速で錐揉み回転し、それによって火をおこし、相手の身体を焼いてしまうという荒技だ。
 「マウロちゅわ~んんっっ!!」
突然、野太い声が聞えてきた。
「何しに来たんだよ・・・・」
声のした方を振り向くや、マウロは嫌そうな表情を浮かべて言う。
現れたのはエリザベスだった。
 「まぁ!失礼ねぇ!もうパスタつくってあげないわよ!!」
マウロの反応にエリザベスはちょっと憤慨してみせる。
「うるせえよ・・。用件をさっさと言えよ・・・」
「ああ!忘れるところだったわ~。マウロちゅわ~んっ、ヘルプお願いよ~~」
「あん?またかよ!?」
「仕方ないでしょう~。今日の当番の子が三人も病気とか急用で抜けちゃったのよ~!二人は代わりの子見つけられたけどどうしても一人足りないのよ~!」
そのいかつい身体に似合わぬしなを作ってエリザベスはマウロにお願いする。
気持悪さにマウロは思わず胃の中から何かがこみ上げて来そうになる。
だが、マウロがOKするまでやり続けるだろう。
突き飛ばしてやろうかとも思ったが、そうしたらヘソを曲げてマウロ好みのメニューを食堂から全部無くしてしまうかもしれない。
それだけは勘弁願いたかった。
 「わかった・・・手伝ってやる・・・」
「ありがとう~~~!さすがマウロちゅわ~んだわ~~っっ!!」
エリザベスはそう言うとマウロを思いっきり抱きしめる。
「だ――――っっっ!!抱きつくんじゃね―――っっ!気持悪ぃぃ―――――!!」
マウロは必死にエリザベスを引き剥がしにかかるが、エリザベスの力はかなり強く、中々離れなかった。


 (ったく・・俺も甘ぇな・・・)
マウロは調理をしながら自嘲する。
(それにしても・・もうちょい何とかなんねえのかよこいつら?)
マウロは周囲のコックやスタッフの手際を見やりながら舌打ちしたくなった。
 マウロの実家はイタリアンのレストランで、オーナーシェフである親は料理番組に出るほどの人物だった。
その親の名前を聞けば誰もが「ああ、あの人」と頷くような有名人でもある。
そんな環境に育ったため、マウロはイタリアン料理については造詣があり、料理も上手かった。
実際、夜勤でもない限り朝食と夕飯は自炊していた。
 そういった事情から料理や厨房の有様といったものがわかっており、それゆえに食堂のスタッフたちに時として苛立ちを感じるのである。
(ったく・・トロトロしやがって!俺ん家ならもっと手際よくやってやがるぞ!)
高名なシェフのレストランと軍司令部の食堂ではそういう点にも違いが出てくるのは無理からぬことなのだろうが、それでもマウロには舌打ちせずにはいられなかった。
 イライラしていても仕方が無いのでマウロは別の料理にとりかかる。
注文されたのはパスタだ。
マウロは乾燥パスタを湯の中に入れ、木製の道具でかき混ぜる。
(あん・・?)
ふと、マウロは妙な匂いを感じた。
何かが焦げてしまっているような匂いだ。
(まさか!?)
ハッとしたマウロは匂いの元を見つけてすぐに駆けつける。
すると揚げ物用の鍋の中でアランチーニが真っ黒焦げになってしまっていた。
 マウロはワナワナと震えている。
「おい・・・・」
不意にマウロが呟いた。
その様子に周りの者たちはギクリとする。
マウロが怒っているのがわかったからだ。
「こいつを揚げてた馬鹿はどこへ行った?」


 「この野郎―――ッッッ!!!ふざけんじゃね――――ッッッ!!」
突然、マウロの怒り声が響いたかと思うや、何かを激しく叩きつけるような音が聞えてきた。
「何!?一体何よ!?」
エリザベスは騒ぎを聞きつけて入り口の方へ駆けつける。
するとマウロが揚げ物をやっていたスタッフの襟首を掴んで目茶苦茶に殴りつけていた。
既にそのスタッフの顔は蜂にこれでもかと言わんばかりに刺されたかのように腫れ上がっている。
しかし、それでもマウロは容赦なく殴りつけていた。
 「ちょっと!何してるのよ!やめなさい!」
慌ててエリザベスはマウロを取り押さえにかかる。
「うるせぇ!この馬鹿野郎!シメてやる!」
マウロは制止を振り切って殴り続けようとする。
「いい加減にしなさいっ!」
エリザベスはそういうとマウロを丸太のような剛腕で締め上げる。
さすがのマウロも耐え切れずに気絶してしまった。


 目を覚ますや、マウロは自分がスタッフルームの長椅子の上で寝ていることに気がついた。
「目が覚めたようね」
マウロが振り向くと椅子に座ったエリザベスの姿があった。
 「あん・・?」
マウロは一瞬、何故こんなところにいるのかという事実に困惑する。
だが、その直後、自分がエリザベスに締め落とされたことを思い出した。
「このゴリラ女っっ!!」
マウロは立ち上がってエリザベスに掴みかかろうとする。
だが、エリザベスにしっかりと取り押さえられてしまった。
 「おい!離せよ!」
「離せよじゃないわよ。マウロちゅわん、自分が何したかわかってるの?」
「あん?あの野郎が持ち場ほっぽり出すのが悪いんだろうが!!」
マウロはカッとして言う。
マウロが殴りつけたスタッフはサボってタバコを吸うために外へ抜け出ていたのだ。
そんないい加減な態度や行動が許せなかったのである。
料理人の息子として、マウロは親やその元で働くスタッフ達の態度や言動を見てきた。
ヘルプとしてここで時々働いているときもここのスタッフの姿を見ている。
エリザベスの気色悪さは嫌だし、ここのスタッフの(マウロから見た)トロさにはイライラすることもあるが彼女の料理の腕や主なスタッフ達の仕事に対する態度にはマウロも敬意を払っている。
それだけにいい加減な奴が許せないのである。
だからぶちのめした。
 「まぁ・・・マウロちゅわんの気持ちもわからないではないわよ・・・。だからって暴力振るうのはいいことかしらねぇん?」
「うっせーよ!説教でもする気かぁ!?」
マウロは噛み付くように叫ぶ。
本当はマウロとて自分が悪いことは頭ではわかっていた。
だが、それを認めるのは癪だった。
子供っぽいとは思っても突っぱねずにはいられなかった。
「あいつが悪いんだよ!あの野郎がサボるからだ!」
「そう・・・そう言うのねぇん。なら仕方ないわねぇ・・」
エリザベスはやれやれといった感じでため息をつくとマウロの腕を引っ張る。
マウロが気付いたときにはエリザベスのいかつい膝の上に引き倒されてしまっていた。
 (な・・何する気だ?)
一瞬、マウロはエリザベスの意図がわからなくなる。
だが、次の瞬間、エリザベスがマウロの腰をしっかりと押さえつけようとしたのにハッとする。
(おい・・まさか・・・)
マウロは嫌な予感を覚える。
その予感は的中し、エリザベスはマウロのいけ好かない上司がするようにズボンを降ろしにかかった。
 「おい!何してんだよ!?」
「人に暴力振るうような悪い子にお仕置きするのよ」
「ふざけんな!何だってんなことされなきゃならねえんだよ!俺は悪くねぇ!」
お尻を出されてしまった状態でマウロは必死に抵抗しようとする。
だが、エリザベスのマウロの抗議には耳を貸さずにしっかりと腰を押さえつけてしまう。
「さぁ・・・悪い子はウンとお仕置きしてあげるから覚悟しなさぁい」
エリザベスはそう言うと丸太のように太くガッシリした右腕をゆっくりと振り上げた。


 バアッシィィィンンン!!!
「・・・・っっっ!!!」
マウロはお尻を襲った衝撃に息が詰まり、目から火花が飛び出しそうになる。
(い・・・痛ってぇぇ~~~~~~っっっっ!!!!)
そう叫びそうになったが、あまりの痛さに声が出なかった。
それにそんな真似したら恥ずかしいから、声など出せるはずもなかった。
 バアッチィィンンン!!ビッダァァンン!!バアジィィンンン!!バアアアアンンン!!
「おいっ!馬鹿っ!やめろっ!ボケっ!」
マウロは後ろを振り向くや、キッと睨みつけながら言う。
「何言ってるの。お仕置きだって言ったわよぉん?」
「だからって何だよこりゃあ!俺はガキじゃねえよ!!」
「自分が悪いのに素直にそれを認められないような子供には子供のお仕置きで十分よ」
(こ・・このゴリラ女・・・)
マウロはプルプルと怒りに震える。
エリザベスはそれを無視して大きな平手を振り下ろし続ける。
 「やめろっ!馬鹿っ!畜生っ!離せっ!」
マウロは必死に手足をバタつかせて抵抗する。
だが、ゴリラさながらのがっしりとした身体にしっかりと捕らえられてしまい、無駄な抵抗に終わる。
バッジィンッ!ビッダァンッ!バアッジィンッ!バアンッ!
「全く・・・何やってんのよマウロちゅわんは・・・」
バシバシとマウロのお尻を叩きながらエリザベスはお説教を始めた。
「人に暴力振るって・・・」
バアジィンッ!ビダァァァンンン!バアジィィンン!ビダバァァンンン!
「うるせえよ!とっとと離しやがれっ!このブスっ!オタンコナスッ!」
マウロはエリザベスのお説教にあくまでも暴言を返す。
それの返事に替えるように、エリザベスはお尻を叩く勢いを強くした。
 「テメェっ!何すんだよっ!殺気込めて叩いてんだろっ!この野郎っっ!」
「あらぁ?まだ反省してないのねぇん・・・。仕方ないわねぇん・・・」
ため息をついたかと思うと、エリザベスは一旦手を止めた。
(何だ・・・?諦めたのか?)
マウロは手が止まっている間に一息つく。
だが、それはほんの一瞬だった。


 バアチィンッ!バンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンッ!
「くっ・・・」
最初に強烈な一撃が来たかと思うや、間髪入れずにどしゃ降りのように大量の平手がマウロのお尻に降り注いだ。
バンッ!パンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパアンッ!
ピシャアンッ!パンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパンッ!
「くそっ!馬鹿っ!アホっ!やめろっ!やめろっ!やめろぉぉぉっっ!」
マウロは暴言を吐き続けて抵抗する。
だが、その表情は苦しそうだった。
平手打ちの集中砲火にお尻はどんどん濃厚なワインレッドに変化してゆく。
手の甲や額にはジワリと脂汗が浮かび上がり、息遣いも荒くなっていった。
 「やめろ・・やめろ・・やめ・・ろって・・いってんだよ・・・」
マウロはあくまでも反抗的な態度を貫こうとする。
しかし、その表情には苦痛と疲労が見えた。
(くそ・・熱ぃ・・ケツが・・焼けてるみたいだ・・)
お尻が発する熱にマウロは視界がぼやけかける。
まるで火がお尻で燃えているようだった。
 「もう・・やめろ・・やめろよ・・やめろって・・いってんだろうがぁ・・」
マウロはあくまでも命令するようにエリザベスに言う。
だが、その声には力が籠っていない。
「何を言ってるのよぉん。誰が悪いの?」
「何・・だと・・?」
「マウロちゅわんがそもそも悪いんでしょおん?だったらマウロちゅわんが反省するまで終わらないわよぉん?」
「ふざ・・けんな・・何で・・俺が・・・」
マウロは嫌だとばかりに突っぱねる。
「仕方ないわねぇん。それじゃあもう少しお尻に聞くしかないわねぇん」
そう言うと再びエリザベスはマウロのお尻に平手を振り下ろし始めた。
 「クソッ!やめろっ!やめろよっ!馬鹿っ!畜生っ!このゴリラ女ぁぁっっ!!」
マウロはあくまでも暴言を吐き続ける。
だが、平手は容赦なく振り下ろされ、マウロのお尻に苦痛を与え続ける。
(畜生・・・畜生・・・何だって・・こんな・・目に・・会わなきゃなんねんだよ・・)
マウロは自分が情けなくてたまらなかった。
だんだん恥ずかしさで顔に赤みがさしてくる。
「それにしても情けないわねぇん。自分が悪いのに謝れないなんてぇん」
お尻を叩きながらエリザベスがマウロの急所を突いてきた。
「だ・・黙れっっ!」
「黙らないわよ。恥ずかしくないの?自分が悪いのに謝るどころか人のせいにしたりするなんて?それがいい年した人のやることぉん?」
「うるせえ・・うるせえよ!ゴリラ女がぁぁ!!」
「おまけに八つ当たり・・・ますます恥ずかしいわねぇん」
「うるせぇ・・・黙れよ・・・」
(畜生・・・畜生・・・何だってこんなこと言われなきゃならねえんだよ・・)
マウロは悔しくて、情けなくてたまらなかった。
本当は自分が悪いからこそ、こんなことを言われてしまっているのがわかっているからこそ、余計に情けなかった。
 「く・・・くぅ・・・・」
マウロが悔しげに呻くと目尻から光るものが滴り落ちる。
その事実がさらにマウロの屈辱感を駆り立てた。
マウロが屈辱感にさらされている間にもお尻の熱と苦痛はますます蓄積してゆく。
今や、マウロの目は焦点がぼやけているように見えた。
 「マウロちゅわぁん・・・いい加減にしたらどうなのぉん?」
「う・・うるせ・えよ・・」
マウロはあくまでも反抗しようとする。
謝るだなんて絶対に嫌だった。
それくらいならお尻が壊れてしまった方がズッとマシだった。
(本当に・・強情で意地っ張りねぇん・・・)
あまりの強情さにさすがにエリザベスもいささか呆れかける。
しかし、呆れてばかりもいられない。
エリザベスはマウロを苦しめたり屈辱を与える為にお尻を叩いているのではない。
あくまでもマウロを反省させるためだった。
だが、意地を張って謝らない以上、許すわけにはいかない。
(謝らせるいい方法はないかしらねぇん・・・?プライドが高くて意地っ張りにも困ったわね・・・)
エリザベスは手を動かしながらも考える。
そのとき、ある手が思い浮かんだ。


 「おい?何・・してんだ・・?」
不意にマウロは、自分をエリザベスが肩に担ぎ上げたかと思うと動こうとしているのに気がついた。
「外にいくのよ」
「外・・だと?」
マウロは訝しげな表情を浮かべる。
エリザベスの意図がわからなかったからだ。
「悪い子のマウロちゅわんは全然反省出来ないみたいだから・・・。皆が見てる前でお仕置きしてあげるのぉん」
その言葉にマウロは愕然とする。
(ま・・待てよ・・そんな・・・)
今ですら屈辱と悔しさでたまらないのだ。
それが皆にこんな無様な姿を見られるとなったら恥ずかしいなどというレベルではない。
皆の前でさらしもののように叩かれるくらいなら死んだ方がまだマシだった。
 「おい!待て!待てよ!」
マウロはスタッフルームから出て行こうとするエリザベスを必死に呼び止めようとする。
「何?どうかしたの?」
「どうかしたじゃねえ!それだけはやめろ!」
「ダメよ。悪い子にはうんときっつ~くお仕置きしてあげないとダメなんだから」
エリザベスは非情な声で切って捨てる。
(冗談じゃねえ!他人に・・こんな無様な姿見られるだと!?)
想像しただけで恥辱に顔が真っ赤にする。
(嫌だ・・!嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!)
マウロは心の中で叫びを繰り返す。
 「お・・おい!待て!やめろ!待て待て待て待て待て待て待て待てってぇぇぇぇ!!!」
マウロはエリザベスがドアノブを回そうとしているのに音で気付いて叫ぶ。
「やめろっ!それだけはやめろ!やめてくれっ!!」
マウロは必死になって叫んでいた。
もはやプライドや恥にこだわっている場合ではなかった。
このまま意地を張り続ければエリザベスは本当に皆の前でマウロのお尻を叩くだろう。
それだけは絶対に避けたかった。
(畜生・・・悔しいが・・・し・・仕方ねぇ・・!!)
マウロは拳を握ると爪が食い込まんばかりに握り締め、ブルブルと震わせる。
 「わ・・わかった・・。お・・俺が・・・わ・・悪・・かった・・・」
マウロは震える声でようやく言う。
(やれやれ・・・やっと言ったわね・・でも・・・)
エリザベスはため息をつくものの、まだ終わっていないといった様子を見せる。
「そうじゃないでしょおん?こういうときは『ごめんなさい』でしょう?」
「んだとぉ!何で俺が・・って待て!待てぇぇぇ!!」
マウロは抗議しようとするが、再びエリザベスがノブを回そうとするのを感じ取って慌てる。
「わかった・・!わかった・・!言う・・言う!ごめ・・ごめん・・ごめ・・ごめん・・ごめんなさいっっっっ!!!!!」
屈辱と悔しさに打ち震えながらも、プライドを押さえ込み必死になってようやく言った。
「全く・・・。やっと言えたわねぇん・・・」
ホッとしたように息をつくとエリザベスはマウロを肩から降ろした。


 「ぐ・・・・・」
マウロはビリビリッという鋭い痛みに一瞬顔を顰め、本能的にお尻へ手を伸ばしたくなる。
だが、お尻をさすりたいのを必死に堪えて鍋の中身を混ぜた。
(全く・・・困った子ねぇん・・・)
エリザベスはお尻の痛みを堪えながら作業を続けるマウロの姿に苦笑する。
あの後、エリザベスは医務室に行かせようとしたのだが、まだヘルプの仕事が終わっていないとマウロは抗弁し、厨房に戻って調理をしているのである。
お尻の痛み程度で仕事を離れるなど、マウロにとっては持ち前のプライドが絶対に許さないことだったのだ。
ただ、メッシナ相手の場合はメッシナが上司権限で命令として医務室へ行かせるため、行かざるを得なかった。
マウロにしてみればお尻をさすって歩いたり、真っ赤なお尻をさらして氷袋を載せている姿を他人に見られるのも恥ずかしかったのである。
 (まぁ・・そこがマウロちゅわぁんらしいけどぉん。でも上がりになったら手当てくらいしてあげなきゃねぇん。それと・・・チーズがたっぷり入ったアランチーニでもつくってあげようかしらねぇん)
お尻が痛いのを耐えつつ料理をしているマウロを見やりながら、エリザベスはそう呟いた。


 ―完―

theme : 自作小説
genre : 小説・文学

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