ザ・クリーナー(後始末屋)3 買い物
(注:女悪魔シリーズの番外編です。そちらを読んでいないとわからない描写などがあります)
「そんな顔してあまりあちこち見まわすな。他人が驚くぞ」
不機嫌極まりない表情で、馬上からあたりを見回しながら大通りを行くため、気の弱い通行人がキアラに睨みつけられているのかとびっくりしてしまうのをネロがたしなめる。
「うっせえなぁ・・てめぇにゃあ関係ねえだろうが!」
師の方を振り向くと、今にも噛みつかんばかりの勢いでキアラが食ってかかった。
今日の彼女は朝から機嫌が悪かった。
寝ていたところをいきなり叩き起こされ、着替えさせられたかと思うと、買い物に行くからついて来いと言われたのだ。
起き抜けで機嫌が悪かったのと、元々ネロのことを偉そうないけすかない奴と思っているため、当然のことながらキアラは反抗してネロに打ちかかった。
だが、あっけなく取り押さえられ、渋々買い出しに付き合わされたというわけである。
それで、コウモリの翼が生えた悪魔族の馬が引く馬車にまたがって空を飛んで大きな街へ買い出しに出てきたというわけである。
二人は通りに面した大きな厩舎へたどり着くと、馬車を業者に預ける。
厩舎は人間界でいえば有料の駐車場のようなもので、金を払うと一定の時間馬や荷物を預かってくれるのだ。
「で・・・何しろってんだ?」
キアラが尋ねると、ネロは巻物のように巻いた紙を見せる。
紙には買うべきもののリストが載っていた。
「これを買ってこいってのか?」
「そうだ」
「冗談じゃねえ!何で俺がそんな使い走りみてぇなことしなきゃなんねえんだよ!」
弟子という立場にも関わらず、キアラは噛みつく。
「これは驚いた・・・。その年で買い物も出来ないのか?」
「んだと・・誰がそんなこと言ったぁ!?」
「やれやれ・・世話が焼けるとは思っていたが・・・買い物の仕方から教えなければか・・」
不意にキアラはリストをひったくった。
「やりゃあいいんだろう!それで文句はねえか!?」
「わかればいい・・・。一つ言っておく・・。無駄遣いと・・寄り道はするな」
「言われるまでもねえよ!俺はガキじゃねえ!」
キアラは師が差しだした財布をひったくるようにして取ると、今にも頭から湯気を出しそうになりながら厩舎を後にする。
「やれやれ・・相変わらず世話が焼ける・・・」
後姿を見送りながらそう呟くと、ネロも厩舎を後にした。
ネロは真剣な表情で商品の棚をジッと見つめていた。
棚に並んでいるのはヘルメットと一体化したマスク。
近くにある別の棚やショーウィンドゥには様々な防具や武器が陳列されている。
武具屋だ。
ネロはマスクを眺めては手に取り、軽く表面を手で叩いたりさすったりするかと思えば、両手で持ったまま重さを確かめるかのように小さく揺らす。
ネロは店員に声をかけると、幾つかのマスクを選んで試着や試し切り(撃ち)用のエリアへ案内してもらう。
そして、一つずつマスクをつけ出した。
全部のマスクをつけ終わると、今度は眼帯を外す。
眼帯の下から、光を失った左目と、相当古い目の周りの火傷跡が現れた。
素顔をあらわにするや、慎重な手つきでネロは真ん中のマスクを手にする。
マスクは縦に長いデザインのもの。
左右耳の近くから横に角が突き出しており、カッと口を開いたような感じで下に長くなっており、そのため咽喉の部分も守れるようになっている。
他のマスク同様、白を基調にした色合いで、髑髏のようなデザインだった。
かぶってみると、無理なくフィットし、長時間使用しても不快感などは少なそうだ。
店員を呼ぶと、呪符やその他の武器と共にマスクを買う手続きを済ませて店を後にする。
次に向かったのは服屋だった。
「あぁ、これは。お待ちしてましたよ」
口髭を生やした、やや小太りの店主らしい男が、ネロの姿を見るや声をかける。
「注文の品を受け取りにきた」
ネロはそういうと、引換券を渡す。
「こちらです。どうぞ」
店主はネロをやや奥まったところに案内すると、注文の服を見せる。
服は二種類で、一つは黒に近い藍色の服と漆黒のマントという、中世の騎士を思わせるもの。
もう一つは闇夜のような漆黒のスーツ上下にネクタイと帽子というものだった。
両方とも試着してみたが、どちらにも満足したような表情を浮かべる。
「世話になったな・・・」
「いえいえ。どうぞまたのご利用を」
金を払って二着とも受け取ると、おもむろにネロは店を後にした。
買い物を済ませたネロは、厩舎へ向ってトボトボと通りを歩いてゆく。
だが、やがて騒がしい音や声が聞こえてきた。
音の源は酒場。
耳を澄ますと罵声や瓶の割れる音が聞こえてくる。
大方酔っぱらい同士の喧嘩騒ぎだろう。
自分には関係ないこととネロが立ち去ろうとしたそのときだった。
突然、観音開き式の出入り口が乱暴に開いたかと思うと、ゴロゴロと何かが勢いよくネロの目の前に転がり出した。
その正体は取っ組みあっている二人の人物。
「これでもくらいやがれっっ!!」
止まったとき上に乗っかっていた方がそう叫ぶや、喧嘩相手に思いっきりパンチを叩き込む。
もろに殴りつけられ、相手の男は衝撃で気絶した。
「へっ。根性のねえ野郎だぜ」
そういうと、喧嘩に勝った方が立ち上がる。
立ち上がったのはキアラ。
顔が微かに赤みを帯びていることから、一杯やったのは間違いなかった。
「ケッ!白けちまったな。飲みな・・・・」
そこまで言いかけ、キアラはネロの姿に気づいた。
ネロは地面に伸びている男を見やったかと思うと、キアラの方へ視線を向け、ジッと静かに弟子を見つめる。
キアラはゴクリと息を呑んだかと思うと、クルリと踵を返し、脱兎の如き勢いで駆けだした。
ネロは逃げる弟子の背中をジッと見つめているかと思うと、ゆっくりと右手を突き出す。
そして呪文を唱えて意識を逃げるキアラの背中に集中させる。
右手が光ったかと思うや、両端に重りがついた縄が猛烈な勢いで回転しながらキアラの足元目がけて飛んで行った。
ぶえっ!という情けない声と共に足を絡めとられ、キアラは地面に転倒する。
弟子が地面に倒れたのを見るや、ネロはゆっくりとキアラの方へ歩き出した。
「ち・・畜生っ!!」
キアラは魔法でナイフを出すと足に絡みついている重りつきの縄を切ろうとするが、縄は金属製でナイフを幾ら動かしても切れない。
必死にあがいている間にもネロはジリジリと近づいてくる。
キアラは顔を上げてネロの方を見つめたかと思うと、翼をドラゴンの首に変える。
そして、おもむろに光弾をぶっ放した。
光弾はネロの足元から2メートルの地点に着弾するや、小さな火柱を上げ、土や砂を跳ね飛ばす。
(しくじった!)
目測を誤ったことでキアラは焦り、もう一度撃つ。
だが、焦りが動揺を生み、着弾したのはネロから1メートルの地面だった。
焦るキアラを尻目に、ネロは立ち止まると冷静な表情のままジッと弟子を見つめる。
弟子同様に片翼をドラゴンの首に変えると、ドラゴンの両眼から赤いレーザーを出す。
二つの光点は地面をスルスルと進んでいったかと思うと、あっという間にキアラの身体に達した。
足首から胴に向かって上昇し、やがて胴の半ばほどで停止する。
己の胴にともった光点を見つめ、ゴクリと息をのむとキアラはネロの顔をジッと見やる。
何の感情もこもっていない能面のような表情。
対して、キアラの額にはジンワリと汗が浮かんでいる。
そのまま、両者は石像と化したかのように動かない。
だが、乱れた息のキアラが両手を使って後ずさろうとした瞬間、ドラゴンの首から電撃を帯びた光弾が放たれた。
命中するや、雷のような電撃がキアラの全身に走る。
「ぐっっ・・・・ちく・・しょう・・・」
キアラは一瞬、苦悶に満ちた表情を浮かべたが、そのままヘナヘナと崩れ落ちたかと思うと気を失った。
キアラが気を失うのを見届けると、ネロは翼を戻して弟子の元へ行く。
そして弟子を担ぎあげたかと思うと、その場を後にした。
うっすらと開いたキアラの目に飛び込んできたのは、幌製の天井だった。
「あん・・どこだよ・・?」
キョロキョロとあたりを見回し、自分が幌馬車の荷台にいることに気づく。
(何で・・こんな・・・)
思わず疑念を抱いたそのとき、街での出来事を思い出した。
「目が覚めたか」
突然声が聞こえ、ハッとしてキアラは荷台の前方、御者席のある方を振り向く。
すると幌をまくって、御者席からネロが入ってきた。
「な・・何の用だ!」
警戒しながらキアラは問いかける。
「話がある・・・」
「俺にゃあ話なんざねえよ!」
キアラは出て行こうとするが、すかさずネロに手を掴まれてしまう。
振りほどこうとするも、まるで石像に手を掴まれているかのようで、微動だにしない。
ついには強引に引っ張られたかと思うと、荷台の床に座り込んでいるネロの膝にうつ伏せにされてしまった。
「おぃ!待ちやがれ!何する気だよ!?」
自分が置かれた状況に思わずキアラは叫ぶ。
「決まっているだろう、お仕置きだ」
そういうとネロは弟子の上着を捲りあげ、ズボンを降ろしてあっという間にお尻をむき出しにしてしまった。
「待てコラぁ!何でんなことされなきゃなんねえんだよっ!!」
ジタバタ暴れながらキアラは必死に叫ぶ。
「寄り道はするな。そう言っておいたはずだが?」
「うっせえな!一杯引っかけるぐれぇいいだろうが!!」
キアラは噛みつきそうな勢いでそう言う。
「飲んだくれてクダを巻いた挙句店員を殴り、店の用心棒と喧嘩騒ぎをしてもか?」
ネロの言葉にキアラは一瞬、言葉に詰まる。
キアラを取りあえず幌馬車へ運んでからネロは店へ戻った。
そこで聞いたところによると、キアラは注文するなり猛烈な勢いで飲みまくり、大丈夫かと見かねたバーテンが思わず言葉をかけるや、酔っぱらったせいで逆ギレしてバーテンを殴り倒したのだ。
それを見て店の用心棒が飛び出し、あとは言わずもがなというわけである。
「うっせえよ・・・」
ムカムカしていたキアラは振り返るや、睨み殺さんばかりにネロを睨みながら言う。
「テメェが悪いんだろうが!俺をパシリ扱いしやがって!何様のつもりだぁ!?テメエがそんなことしなきゃあ俺だってこんなこたぁしねえよ!」
全然反省していない様子で、キアラはそんなことを言った。
「本気か?」
「ケッ!だったらどうだってんだぁ!?」
「よくわかった・・・」
ネロはそう言うとキアラをしっかりと押さえつける。
ゆっくりと右手を振り上げたかと思うと、弟子のお尻目がけて思いっきり振り下ろした。
バアッシィ~ンッッ!!
「ぎ・・!!」
最初から容赦のない一撃にキアラは思わず苦痛の声を漏らす。
バッシィ~ンッ!ビッダァ~ンッ!バッチィ~ンッ!ビッシャ~ンッ!
「てめ・・ちくしょ・・何しやがるっ!」
キアラはお尻を叩かれながらも罵る。
「仕置きだといったはずだが。聞こえなかったのか?」
バッシィ~ンッ!ピッシャ~ンッ!パッア~ンッ!パッチィ~ンッ!
「ふざけんなぁ!何でんなことされなきゃなんねえんだっ!」
キアラは暴言を吐くが、ネロは構わず弟子のお尻を叩き続ける。
バッシィ~ンッ!ピッシャア~ンッ!パッアァ~ンッ!ビッダァ~ンッ!
「やめ・・畜生っ!やめやがれっ!」
パッシィ~ンッ!ピッシャ~ンッ!パッチィ~ンッ!パッアァ~ンッ!
「寄り道はするな。そう言っておいたはずだが?」
弟子のお尻を叩きながら、ネロはお説教を始める。
「うるせえっ!何でテメェの言うことなんざ聞かにゃあなんねんだよっ!」
キアラは非を認めるどころかますます反抗的な態度を見せる。
「お前が俺を気に入らないのは知っている・・・・。だからといって・・反抗は許さん」
バアッシィ~ンッ!ビッダァ~ンッ!バアッチィ~ンッ!ビッシャ~ンッ!
「うっせえっ!やめろっ!虐待魔っ!鬼畜っ!サドッ!梅毒かぶれの○○レチ○○野郎!てめぇの母ちゃんデベソッ!」
「子供か・・お前は・・。よく舌が回るものだな・・・」
キアラのマシンガンのような暴言に思わずネロは苦笑する。
「うるせえ~~!離しやがれ~~!!」
キアラは必死に叫ぶが、ネロはそのままお仕置きを続けた。
「ハァ・・・ハア・・・く・・・・」
キアラはぐったりした様子で、荒い息を吐き、肩を上下させる。
お尻は今や濃厚なワインレッドに染め上がっていた。
「痛いか?」
ネロが冷静な表情で尋ねると、キアラは振り返ってキッと睨みつける。
「たりめえだろうがっ!殺す気かっ!」
「尻を叩かれた程度では死なん。それより・・・・反省したか?」
「うっせえ!反省することなんざねえよ!」
キアラは強情な態度を崩さない。
「あくまでも自分は悪くないというのか?」
「へんっ!テメェが師匠面して俺をパシリに使いやがるからだよ!俺は悪くねえ!」
「そうか・・。なら・・仕方あるまい・・・」
ネロはやれやれとため息をつくと、片手を荷台の隅に向かって伸ばす。
何やら呪文を唱えたかと思うと、うっすらと手が光り出し、荷台の隅に置かれていた袋の口が緩むや、何かが磁石が引きつけられるようにして飛び出してきた。
現れたのはやや大きめのモグサの塊。
二つのモグサを魔力で引き寄せたかと思うと、おもむろにネロは赤く染まった弟子の双丘に並べるようにして置く。
「おい!何してんだ!」
何か嫌な予感を覚えたキアラは思わず振り返って叫ぶ。
ネロは構わずに魔力で指先に小さな火を灯すと、モグサに火をつけた。
お灸のてっぺんが火で赤くなったかと思うと、煙と香りがゆっくりと立ち上る。
(何だよ!何が始まるってぇんだよ!?)
キアラはお灸の香りに思わず身を固くする。
直後、モグサがほんのり温かくなったかと思うや、まるで焼き鏝を押し当てられたかのような熱さが襲ってきた。
「ひ・・ひぃぃぃぃ!!!!」
思わずキアラは両脚をバタつかせ、ネロの膝から這い出そうとする。
だが、ネロは片手でしっかりと押さえつけてしまい、逃げるに逃げられなくなってしまう。
「は・・離せ~~~~!!!」
キアラは叫ぶが、ネロは押し黙ったまま押さえている。
本能的にキアラはお尻を左右に揺すって落とそうとするが、さらにネロに力強く押さえつけられてしまい、それも不可能になる。
「ひ・・熱・・熱ぃ・・熱い~~~~~っっっ!!!」
キアラはプライドも意地もなく叫ぶや、バタバタと手足をもがき動かす。
「や・・やめ・・やめてくれよ~~~~!!ケ、ケツが焼けるぅぅぅ~~~~!!」
お尻の熱さに耐えきれず、キアラは許しを乞い始める。
だが、ネロは黙ったまま万力のような力で押さえ続けた。
「ひ・・や・・やだぁぁぁ!ケ、ケツ・・熱いぃぃぃ!!!」
耐えがたい苦痛にキアラは涙をボロボロとこぼし始める。
「や・・・やめて・・くれよぉぉ・・。お・・俺が・・悪かった・・ってばぁ・・・」
「本心か?」
「ほ・・本心だってぇぇ・・・。お・・俺が悪かっ・・ったぁ・・・。よ・・寄り道も・・しねぇ・・よぉ・・・パ・・パシリも・・ちゃんと・・するぅぅ・・・」
「わかった・・なら・・終わりだ・・・」
ネロはそういうと、ようやくお灸をキアラのお尻からのけた。
(大丈夫なようだな・・・)
ベッドの上にうつ伏せにぐったりしているキアラを見やりながら、ネロはそう呟いた。
お仕置きから解放されて緊張が緩んだのか、そのままキアラは気を失ってしまった。
それで、帰ってくるなり、ネロは弟子の部屋に運び込み、ベッドに寝かせたのである。
(寝顔だけは・・・大人しいのだがな・・)
普段の火のような気性からは想像できない穏やかな寝顔に思わずネロは苦笑を浮かべる。
赤ん坊をあやすように数回、頭を撫でたかと思うと、ネロはお尻に冷やしたタオルを載せてやった。
―完―
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