青き狼たち9(バイオレンスあり)
(バイオレンスありです。許容できる方のみご覧下さい)
「誰だ・・う・・!!」
覆面姿の人影が現れたかと思った瞬間、警備兵はみぞおちに鈍い衝撃を覚える。
直後、警備兵はヘナヘナと崩れ落ち、気を失った。
「たわいないわね・・・」
呆気なくやられた警備兵の姿に、侵入者は覆面の下で馬鹿にしたように呟く。
侵入者は若い女で、グラビアアイドル顔負けのグラマーな体型と、アスリートばりの身のこなしを併せ持っている。
腰には、取り回しやすい短めの日本刀を差している。
覆面の女は、慎重に奥へと向かってゆく。
やがて、侵入者は敷地の奥にある、小さな石造りの建物の前へやってきた。
建物の屋根には、礼拝堂を示すシンプルなデザインの十字架が立っている。
侵入者は建物の前にたどり着くと、腰から静かに刀を抜き放つ。
右手に刀を手にしたまま、音を立てないよう、慎重に扉を開ける。
僅かに扉を開けると、隙間から女は礼拝堂の中をのぞき込む。
礼拝堂の中では、祭壇の前に、何者かが蹲っている。
蹲っているのは、修道服姿の女性。
両手を組み、壇上の聖母像に、熱心に祈りをささげていた。
侵入者は修道女をジッと見つめる。
やがて、女はゆっくりとドアを開けると、忍び足で堂内へと侵入する。
そして、祈りに没頭している隙をついて、修道女の背後へと立つ。
直後、侵入者は修道女の背中から胸にかけて、刀を突き通した。
「!!??」
刀が通った瞬間、違和感に気づく。
刃が貫いたのは、服だけだったからだ。
直後、服が破裂し、煙幕のような煙が堂内に充満した。
「く・・・!!」
失敗と悟り、女は外へ飛び出そうとする。
だが、入口へ達したそのとき、刃渡り90センチ前後の幅広で肉厚な刀身が突きかかってくる。
咄嗟に右に身体を捌いてかわし、同時に右片手突きをお返しに繰り出す。
しかし、煙の向こうの相手もさるもの、身体を逸らして突きを避けながら、蹴りで反撃する。
女はさらにその蹴りを蹴返し、邪魔者を外へと吹っ飛ばした。
「うお~。やるじゃん!おかげで足が痺れそうだよ~」
侵入者が刀を構えたまま出てくると同時に、そんな声が聞こえてくる。
侵入者は声の主をジッと見つめる。
声の主は15~17歳くらいと思しき少年。
大きな瞳が特徴的な、あどけない雰囲気を纏った、女性の庇護欲をそそりそうな可愛い系の美少年といった面立ちをしている。
その両手には、90センチ前後の幅広・肉厚な刀身に、刀身と同程度の長い柄を付けた、長巻(ながまき)と呼ばれる武器を構えている。
服の上には、シンセン社の社章である『誠』の一文字を入れた、浅黄色の防弾着を身に着けていた。
少年の名は山崎烝甫(やまざきじょうすけ)。
シンセン社のエージェントの一人だ。
なお、新選組の山崎烝(やまざきすすむ)の子孫に当たる人物でもあった。
「どきなさい!怪我するわよ」
女は山崎に切っ先を向けて言う。
「お~、コワコワ!でもさ~、そんなことすると、俺が近藤さんや土方さんに怒られるから、するわけにはいかないんだよね~。あぁ、でもそっちも似たようなモンだっけ?ねぇ、新田(にった)さ~ん」
「何を寝ぼけたことを言っているのかしら?」
「誤魔化したって無駄だよ~。新田貞美(にったさだみ)、かの新田義貞(にったよしさだ)の子孫で武術家・傭兵、現在は新興宗教団体『イシス神団』の教祖の護衛兼汚れ仕事担当者だったかな?」
山崎の言葉に、覆面の下の女の顔からは血の気が引く。
山崎の言う通りだったからだ。
だが、動揺は一瞬のこと。
直後、新田貞美こと覆面の女の全身から、殺気が迸る。
次の瞬間、貞美は山崎の眼前にまで迫り、斬りつける。
だが、山崎は不敵な笑みを浮かべたまま、避けることも、長巻で受け止めることもしない。
おかしいと思ったそのとき、切っ先が山崎の身体に触れる。
直後、山崎の身体が破裂し、中から大量の粉末が飛び散る。
「しま・・う・・!うう・・!」
新田は凄まじい涙とくしゃみに襲われる。
そのあまりの苦しさに、もはや戦うどころでは無い。
「いや~、さすが山南さん特製の催涙ガスだね。スゴイ効果だねぇ」
新田の悶絶振りに、山崎は感心する。
「さてと~。それじゃあ、御用といこうか・・うわあっ!」
不意に新田が何かを地面に叩きつける。
直後、猛烈な閃光が迸る。
「うわっ!?し・・しま・・!?」
新田の閃光弾に目をやられ、今度は山崎が慌てる。
その隙に、新田は涙とくしゃみを必死に堪えて、逃げ出す。
「待・・ぐうう!?」
追おうとする山崎だったが、視力が未だ回復せず、追うことも出来ない。
ようやく山崎の視力が回復したときには、新田の姿は消えていた。
バァシィーンッッ!!
「くぅ・・!?」
古代エジプト風の装飾で埋め尽くされた礼拝堂に、肌を打つ音と、新田の苦悶の声が響く。
新田はローブとマント姿の女の膝の上に乗せられ、むき出しにされたお尻を叩かれていた。
バシン!バシン!バシン!バシン!バシン!バシン!バシン!バシン!バシン!バシン!バシン!バシン!バシン!バシン!バシン!バシン!バシン!バシン!
「く・・!うく・・!あく・・!お、お許し・・下さい・・!エルマーナ様・・!」
苦痛と屈辱に顔を歪めながら、新田は許しを乞う。
新田のお尻を叩いているのは、エルマーナ・イシス。
『イシス神団』の教祖にして、新田の主であった。
バシン!バシン!バシン!バシン!バシン!バシン!バシン!バシン!バシン!バシン!バシン!バシン!バシン!バシン!バシン!バシン!バシン!バシン!
「許す?何を言っているのです。サダミ、あなたの失敗がどういう事態を招くか、わかっているのですか?」
全ての者を魅了する慈愛に満ちた微笑みを浮かべながら、だが冷徹さと静かだが強い怒りに満ちた声で、女教祖は新田に言う。
「申し訳・・ございま・・せん・・!!」
新田は恥辱を堪えながら、謝る。
標的の修道女は、教団の暗部を知る人物。
口封じをしなければ、教団の未来は無い。
だが、山崎の邪魔により、失敗してしまったのである。
バシン!バシン!バシン!バシン!バシン!バシン!バシン!バシン!バシン!バシン!バシン!バシン!バシン!バシン!バシン!バシン!バシン!バシン!バシン!バシン!バシン!バシン!バシン!バシン!バシン!バシン!バシン!バシン!バシン!バシン!バシン!バシン!バシン!バシン!バシン!バシン!
「謝ればよい、というものではありません。自らの失敗をよく噛みしめなさい」
お尻を叩きながら、エルマーナはお説教を続ける。
その後、長い長い間、礼拝堂にお尻を叩く音が響いていた。
「うぅ・・・!」
新田は恥辱を堪えて、壁に立っていた。
むき出しのままのお尻は、サルのように赤く染まっている。
「サダミ・・・。反省しましたか?」
「はい・・。エルマーナ様・・使命を果たせず・・申し訳・・ございません・・!!次こそは・・・」
「いいえ、あなたはしばらく身を隠しなさい」
「ですが・・・」
「サダミ、あなたは正体が割れてしまっているのですよ?教団が破滅してもよいのですか?」
「く・・!わかり・・ました・・」
「落ち着けば、またあなたには私の為に働いてもらいます。それまで、我慢しなさい。よいですね?」
エルマーナは子供に言い聞かせるように言う。
渋々、新田は従うと、お尻をしまい、礼拝堂を後にする。
(全く・・・。今まで目をかけてきてあげたというのに・・・!肝心なところでしくじるとは・・)
新田が去ったところで、エルマーナは心の中で舌打ちする。
(もみ消しも手間がかかりますが・・・。あの子も色々と教団の裏を知っていますからねぇ。そろそろ・・始末すべき頃合いですかね)
エルマーナは、そんなことまで思いつつ、どこかへ携帯をかけていた。
それからしばらく経った頃・・・。
(エルマーナ様はああおっしゃったけれど・・・)
エルマーナが用意した隠れ家で、新田は悶々としていた。
主の言うことは分かる。
ほとぼりが冷めるまで身を隠していなければ、エルマーナも、教団も危険だ。
だが、己のしくじりには、自分でけじめをつけたい。
女教祖の忠実なしもべとしての意地だった。
やがて、新田は何かを決意した表情を浮かべると、愛用の刀を手にして、隠れ家を後にした。
闇夜の中、新田は再び、標的のいる修道院へと忍び込む。
壁を乗り越え、地面に降り立った直後、新田は気配に気づく。
「やはり・・いたわね・・!」
闇の中から現れた山崎の姿に、予想していたためか、新田は冷静な声で言う。
「はいはーい、また来ると思って待ってたよ~」
山崎は長巻を構えながら言う。
「『どきなさい』といっても聞かないわね。あなたのおかげで私は失敗した・・・。まずはその怨み、晴らさせてもらうわ!!」
新田はそう言うと、刀を抜いて構える。
「そういうと思ったんだよねぇ。仕方ないなぁ」
山崎も、長巻を構えたまま、新田と睨み合う。
睨み合ったまま、二人は互いにゆっくりと間合いを詰める。
1センチ、また1センチと両者の間合いは狭まってゆく。
やがて、互いに思いきり踏み込めば刃が届く距離で、動きが止まる。
そのまま、二人とも、時間が止まったかのように、ジッと睨み合っていた。
先に動いたのは山崎。
長巻を振り上げたかと思うや、新田に打ちかかる。
左右から袈裟懸け、或いは水平に斬り払い、山崎は間髪入れずに攻め立てる。
新田は左右に巧みに身体を捌き、或いは後ろに身を逸らせてかわす。
その間、決して刀で受けるようなことはしない。
鎧の上から骨を折るような長巻と打ち合えば、刀が折れ負けるのは分かりきっているからだ。
避けながら、新田は山崎の隙をついて斬りつけてゆく。
リーチや威力では確かに長巻が勝る。
だが、大型の武器ゆえ、どうしても動きが大味になる。
その隙を突いて、新田は突きかかる。
「く・・!いやあっっ!!」
山崎は新田の足を狙って薙ぎ払う。
新田は飛び上がって、山崎の斬撃をかわす。
同時に、新田は刀を振りかぶる。
刀の切っ先に、バチバチと雷のような光が見えたかと思うと、新田は思いきり刀を振り下ろす。
直後、電撃を纏った光球が山崎を直撃した。
「うああっ!!」
全身に電撃が走り、山崎は苦痛と共に、痙攣する。
「く・・!何・・なのさ・・」
長巻を杖代わりに、山崎は立ち上がる。
その間に、新田は雷のような光を切っ先に宿して、近づいてくる。
その切っ先を向けたかと思うと、光球が飛んできた。
「うわっ!?」
咄嗟に山崎はかわす。
「さすがね。無闇に刃で突っついたりはしないわね・・・・」
「こんな隠し玉持ってたなんてねぇ。闘気術かな?」
「ご名答、さすがね。ここからよ。死になさい」
刀に雷状の闘気を纏わせ、新田は再び斬りかかってくる。
雷状の尾を引きながら、刀身が意志を持ったかのように、縦横無尽に山崎へ襲いかかってくる。
先ほどまでとは逆に、今度は山崎が長巻を駆使し、右に左に、必死に攻撃を受け流す。
だが、素早さや手数では刀の方が勝る。
足や腕にかすり傷を負わされると同時に電撃が襲いかかり、山崎の機動力を奪ってゆく。
「ハァ・・ハァ・・・・」
山崎は長巻を構えながらも、肩を上下させ、荒い息を吐く。
「そろそろ限界かしらね?止めを刺してあげるわ」
「おあいにく様、隠し玉があるのはそっちだけじゃないんだよねぇ」
荒い息を吐きながらも、山崎はニヤリと笑みを浮かべる。
同時に、山崎は長巻を横たえ、右に刀身を突き出した体勢を取る。
「ふぅ・・・!!」
奇妙な呼吸と共に、山崎は独楽のように回転し始める。
そのあまりの速さに、山崎は小さな竜巻に包まれる。
同時に、人間竜巻と化した、山崎が新田側へ突進してきた。
「しま・・・!!」
とっさに、新田は避けようとする。
だが、山崎を覆う小竜巻に吸い込まれ、巻き上げられるように吹っ飛ばされる。
「そんな・・!二度も・・敗れる・・なんて・・・!!」
「今度は逃がさないよ。さてと・・。一緒に警察・・・!?」
突然、新田の胸元が真っ赤に染まる。
ハッとして山崎は駆け寄るも、既に新田は息絶えていた。
「くぅぅ・・!!俺としたことが・・・!!」
悔しさと無力感に、山崎は拳を固く握りしめ、ジッと立ち尽くしていた。
「そうですか。無事、済みましたか・・・」
携帯で報告を受けると、エルマーナは安堵の声で言う。
「ご苦労様でした。すぐに身を隠させなさい」
そういうと、エルマーナは電話を切る。
(少しかわいそうでしたが、捕まってもらっては困りますからねぇ。ちょうどよかったですね)
部下からの報告に、エルマーナはそう呟く。
新田が教団にとって危険と判断したエルマーナは、元軍人の部下に命じて、新田を狙撃させたのである。
(あとは・・しかるべき方面に工作をしませんと。面倒ですが、教団を守るためには仕方ありません)
そんなことを思いつつ、エルマーナは再び電話をかけ始めた。
―完―
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