公国の魔人1



 ブロロロロロロ・・・・・。
広い道路を走るトラックの姿があった。
それだけならば何の変哲も無い光景であっただろう。
だが、トラックの前後にはそれぞれジープが一台ずつついている。
ジープは機銃を積み込んでおり、乗っている者たちも防弾着や銃に身を固めている。
ジープの乗組員の服やジープの車体は見事なまでの色合いの浅葱色に染め上げられ、そのドアや防弾着の胸部には大きく『誠』の一文字が描かれている。
 ジープとその乗組員は海外の危険地帯で活動するNPOや国連組織、多国籍企業のために護衛や警備を行う業務を行っている新撰グループの警備保障社だった。
 何も事情を知らない者が見たら、怪訝に思う光景なのは無理も無い。
だが、それはこのガストン公国では当たり前の光景であった。
 ガストン公国はヨーロッパの君主制の小国で、しばらく前まで政治的混乱が続いていた。
現在の政権になってようやく落ち着きを見せだしたのだが、まだその余燼がくすぶっており、旧政権の残党や反政府組織が活発な活動を続け、そのドサクサに紛れて犯罪組織がうごめいていたりもするのである。
 ドオンンンッッッ!!!
突然地面から土煙の柱が上がったかと思うや、先頭を走っていたジープが横転し、乗っていた警備兵達全員が地面へ投げ出された。
 「くそっ!待ち伏せだ!止まれ!!」
トラックの助手席にいた警備兵はそう言うや、すぐに運転手にトラックを止めさせる。
「おい」
「な・・何です?」
警備兵の問いかけに運転手はビクビクもので尋ねる。
「いいか?絶対に出るなよ。命が惜しければな」
「そ・・そんなのわかってますよ」
運転手がそう言うと同時に警備兵はトラックから降りる。
直後、激しい銃声が幾重にも重なって聞えてきた。
運転手は両腕で頭を抱えるような体勢で身体を縮込ませる。
流れ弾を喰らうのは嫌なのだから当然といえる行動であった。
しばらくの間激しい音や罵声があたり一面に鳴り響いていたが、やがてそれらが途切れ途切れになり、ついには音一つしなくなる。
(す・・済んだのか?)
運転手はそう思ったが、外を見る度胸は無い。
 不意に金属が軋む音が聞えてきた。
ハッとした運転手が右を振り向くや、ドアがゆっくりと開かれているではないか。
こちら側のドアが開いていることに運転手は事態を覚る。
とっさに男はハンドルの下に隠してあるリボルバー式拳銃を取り出していた。
トラックのような輸送機関はこの国では襲撃の危険を受けやすい。
テロ組織や犯罪組織が荷物を資金源として狙うためだ。
そのため、トラックに乗るときには万が一の為に必ず拳銃を持ってきていた。
動揺しつつも何とか安全装置を外し、引き金さえ引けば発砲できる体勢を整える。
開きつつあるドアに向かって銃口を構えると、運転手は緊張した面持ちで襲撃者が現れるのを待った。
扉が開くまでは僅かな時間だったが、運転手にはそれが何時間にも感じられた。
額には汗がじっとりと浮かび、舌は火にあぶられでもしたかのようにチリチリと乾いて今にも下顎にくっついてしまいそうだ。
やがて、完全にドアが開けられたそのときだった。
 パァンッ!
「ひいっ!」
腰が引けそうな声と共に開いたドアの向こう目がけて運転手は拳銃をぶっ放した。
銃口から煙が上がり、火薬の臭いがツンと鼻を突く。
「・・・?」
銃を撃ってから、男は妙なことに気がついた。
悲鳴も撃たれた相手が倒れる音も聞えないのだ。
さすがにおかしいと思い始めたそのとき、脇から何かが飛び出して現れたかと思うや、運転手を引っ掴み、車外へ引きずり出した。
 叫ぶ暇も無く男は外の地面へ引き摺り下ろされ、同時に理解した。
敵はこちらがドアを開けると同時に撃ってくるのを見越し、脇に隠れて銃弾をやり過ごすと不意打ちを食らわせて引きずり出したのだ。


 「ううう・・・」
身体をしたたか地面に打ちつけた痛みで運転手は呻いている。
だが、自分の上に影が落ちるや、その表情が強張った。
運転手の目の前には数人の男が立っている。
いずれも覆面で顔を覆い、突撃銃や拳銃で武装していた。
格好からは犯罪組織かテロ組織かはわからない。
彼らは運転手を無理やり立たせると銃を突きつけてトラックの荷台の脇へ連れてゆく。
荷台の前では警備兵達が両手を上げた状態で並ばされていた。
運転手も同じように一番隅っこに立たされる。
 全員が並ばされると、武装した男達は銃を構えた体勢で一列に並ぶ。
同時にリーダー格らしい男がなにやらしゃべり出し、それを別の人間がビデオに録画しだす。
運転手はリーダーの演説を聞いているうちにサッと顔色が変わった。
彼らがテロリストだとわかったのだ。
演説の内容は彼ら警備兵や運転手が現政権が行っている事業に携わっていることを糾弾するもの。
反政府組織である彼らから見れば警備兵や運転手らは現政権の手先であり、糾弾や処罰の対象なのである。
 演説が終わると話していた男はさっと手を振り上げる。
同時に銃を持っていた男たちがライフルを構えて狙いをつけた。
再び、荷台の前に並ばされた者たちの表情が変わる。
ある者は死に面しても毅然とした態度であろうとし、別の者は喉を引くつかせたりして恐怖心をあらわにする。
 「撃て――――――――っっっっっっっ!!!!!!!」
ガストン語でリーダーと思しき男が叫んだそのときだった。
 「うぎゃあっ!!!」
不意に荷台の中から声がした。
同時に何かがゴロゴロと転がりだす音が聞えた。
 突然の事態にリーダー格の男の目がハッとしたものになる。
荷台の中では二人の仲間が荷を調べていたはずだ。
そのうちの一人の声なのは間違いなかった。
リーダーはすかさず処刑担当の男たちのうち二人に目で合図をする。
合図を受けた男達は頷くとすぐにコンテナの後ろへ回った。
 コンテナの扉は観音開きに開かれており、医療器具や薬品の入った木箱がコンテナの奥から見えていた。
男達は緊張した面持ちでライフルを構えたまま、近づいてゆく。
やがて、足元に二人の男が転がっていることに気がついた。
倒れているのはコンテナの中の荷を調べていた二人。
二人ともどうやら気絶しているようだった。
 ゴソゴソ・・・ゴソソソソソ。
不意に中で何かが動く音がした。
途端に男達はギクリとする。
男達はライフルを構えるや、荷物は傷つけるなという厳しい命令を受けていたのも忘れて突撃銃の引き金を引こうとしたとき、何かが煌めいたように見えた。
 直後、男達はうめき声を上げて銃を取り落とす。
腕には串料理に使う鉄串が刺さっていた。
ゴオッという突風が吹くような音と共に影のようなものがコンテナ内から飛び出してきたかと思った瞬間、男達のうめき声が上がった。


 (何だ・・・何がどうなってる!?)
リーダーは覆面の下でジットリと汗を浮かばせ、緊張した面持ちになっていた。
今や、何か思わぬ事態が発生したのは彼にもわかっていた。
リーダーは腰帯に手挟んでいたアメリカ製の自動拳銃を引き抜くと、いつでも発射できる態勢を取る。
処刑担当を除く他のテロリスト全員が突撃銃の銃口をコンテナ後部へ向ける。
そのまま、一、二分が経過した。
時間にすれば短かったが、テロリストたちにしてみれば永遠とも思える時間だった。
極度の緊張感にさらされ、男達は全員が服の下で汗まみれになる。
マスクの下で息は荒くなり、ジットリと汗がにじむものだから銃のグリップから手が滑ってしまいそうになる。
(くそぉ・・・誰だ?誰だ?誰なんだ!?)
テロリスト全員が疑念と恐怖に駆られていた。
 不意に観音開きになったコンテナのドアの向こうで何か影のようなものが動くのが見えた。
その様子に男達は一瞬、ギクリとする。
(き・・・来たっっ!!!!)
テロリストの緊張は一気に高まったと同時に、その影がヨロヨロとした足取りでコンテナの向こうからテロ集団の前に現れた。
 「ああああああっっっっっ!!!!!!!」
絶叫と共に男たちは引き金を引いた。
途端に銃口が一斉に火を吹く。
二つ重ねで絶叫が轟いたかと思うと、影は激しく打ち震えて地面に重なるように倒れ伏した。
銃声が静まると、恐る恐る彼らは自分たちが撃った者に目を向ける。
そして彼らはアッと叫んだ。
コンテナの扉の脇で倒れていたのは物音の正体を調べにいった二人の仲間だった。
敵と間違われて撃たれた彼らは哀れにもチーズのように穴ぼこだらけになってしまっている。
彼らがあっけに取られていると突然
「おい、味方を撃つ奴がいるか」
という声が頭上から聞えてきた。
ハッとしたテロリストの処刑係達が銃口を捕らえた警備兵達からコンテナの上に向ける。
彼らが引き金を引こうとしたまさにそのとき、何かが煌めいたかと思うと全員がうめき声を上げて銃を取り落とした。
同時に声の主の姿がコンテナ上から消える。
直後、何かで殴ったような鈍い音と共に再び処刑係たちがうめき声を上げて地面に倒れ伏した。


 目の前で起こった事態にテロリストたちは声も出ない。
その間に声の主はゆっくりと進み出たかと思うとテロリストの前に立ちはだかるようにして姿を現した。
 現れたのは35歳ほどのがっしりとした顔立ち・身体つきの日本人。
警備兵と同じ出で立ちをしているが、銃の代りに日本刀や軍用ナイフを身につけている。
そして肩に担ぐようにして長さ120センチ程の両端に鉄製の石突をつけた棒を持っている。
その男、近藤勇蔵は棒を肩に担いだままジッとテロリストたちを見据えている。
「貴様がやったのか!?」
男の一人がガストン語で尋ねる。
「ああ」
「くそっ!仲間の仇ッッッ!!!!」
テロリストたちはそう叫ぶや、銃をぶっ放す。
近藤は地面を蹴って飛び上がるや、銃撃をかわす。
「なっ・・・・!!!!!!」
テロリスト達が呆気に取られている中、飛んだ勢いで近藤が敵の目の前に着地する。
着地と同時に棒が生き物のように目にも止まらぬ動きを見せたかと思うや、全員がウッとうめいて気絶した。
 「くっ・・・!!!!」
今や孤立無援となったリーダーは近藤と対峙する。
(こうなったら・・せめてこいつだけでも!!)
リーダーは覚悟を決めるや拳銃の引き金を引こうとする。
だが、その瞬間、近藤が投げつけた棒が顔面をもろに打ち据えた。
「う・・くそっ・・・」
リーダー格の男はそう呻いたかと思うとそのまま崩れ落ち、意識を失った。


 ドンンンンッッッッッ!!!!!!
激しい勢いで机を叩くや、その男は目の前の部下達を見回した。
男は40歳くらい、蟹のような顔つきをしており、短く刈った金髪とサファイアのような青い瞳、ハリネズミのようにゴワゴワとしたあごひげの持ち主だった。
熊のように力強く幅広な体格で、腰にマグナムリボルバーを下げている。
 男の名はピート。
近藤がコンテナに潜んでいたトラックを襲ったテロ組織『義勇獅子団』のリーダーだった。
「で・・・貴様らおめおめとやられた上に逃げ帰ってきたというわけか?」
ピートは氷のような冷たい眼光を宿した目で部下達を見回す。
「お・・お許しを!つ、次こそは・・必ずや!!」
部下たちは必死に命乞いをする。
彼らは団長であるピートの命により、この国で活動しているNPO団体のトラックを襲撃した。
外国企業や外国のNPO団体が危険にさらされることは外資呼び込み等を図ろうとする政権にとっては何よりもダメージとなる。
それを狙ったのだ。
実際、この組織は外国企業や外国人観光客相手に幾度もテロを繰り返していた。
「ならん・・・。言っておいたはずだ。失敗は決して許さぬ。それが掟だと」
ピートはそういうと机の上のスイッチに指を乗せる。
部下達がハッとした瞬間、彼らは一斉に宙に浮いたような感覚を覚える。
彼らの足元の床が観音開きに開いたのだ。
「「「「「あああああ―――――――ッッッ!!!!」」」」」
幾重にも重なった悲鳴と共に男達は暗闇の中へ真っ逆さまに落ちてゆく。
ピートがもう一度ボタンを押すと床が元通りになった。
 「くそっ・・・。これでもう5度目か・・・」
ピートは椅子に沈み込むようにして座ると忌々しげに呟いた。
彼の組織は今まで要人の誘拐やトラックの襲撃などといった作戦で、今回を含めて五回失敗していた。
このまま失敗が続けば、組織内で団長としての力量を問われてその地位を追われてしまう危険もある。
実際、最近は摘発も進んでいるため、抜けようとしたり他組織に鞍替えをする団員なども出てきていた。
イライラした表情でピートが机の引き出しにしまっておいた葉巻を取り出して一服したそのときだった。


 「うふふふふ・・・・。大分苦労されているようですなぁ」
突然、どこからともなく笑い声が聞えてきた。
「誰だっっ!!!!」
ギクリとした表情を浮かべるとピートはマグナムリボルバーを取り出して構えた。
ピートは緊張した面持ちで室内を見回す。
「そんな物騒なものは仕舞いなさいな。別にとって食おうってわけじゃないんですから」
そんな声がしたかと思うと物陰からヒョッコリと誰かが姿を現した。
 「何だ・・あんたか・・。ったくびっくりさせんでもらおうか」
ピートはホッとした息をつくと拳銃を降ろした。
「ふふふ・・・。これは失礼。ちょっとした茶目っ気を出してみただけでしてな」
そういうと声の主はソファへ腰かけた。
 その男は年は40代後半から50代前半といったところだろうか。
何とも異様極まりない相貌の持ち主だった。
髪はまるでハリネズミのように堅くぼうぼうとしており、しかも雪のように真っ白。
顔はといえば蟹の甲羅のように幅広く、右の上半分は枯れ木のような気持悪い色合いをしており、その左半分は鉄を鋲止めしている。
しかも鉄面の表面にはおどろおどろしい鱗のような模様を刻み込んでいた。
顔の下半分はといえば、こちらは上半分とは逆に右側が金属製になっており、生身の口はやはり枯れ木のような気持悪い肌をしている。
痩せぎすな身体つきで科学者用の白衣に身を包んでいることから科学に携わる者だということが見て取れた。
唯一露出している両手も左手は鋼鉄製の義手になっており、生身の右手はといえばカサカサに干からびたミイラのようで肌も顔同様の土気色だった。
 「茶目っ気って言ってもあんたの場合シャレにならねぇよ・・。ドクター後藤」
「まぁ確かに・・うふふふふふふ・・・」
ドクター後藤と呼ばれた異形の人物はそういうとおかしそうに笑う。
だが、異形の口から出る笑い声は甲高く、人を不快にさせるものを持っているらしく、後藤の声にピートは気持悪そうな表情になる。
 「で、ドクター、何だってこんなところに来たんですかい?ミスター清河から何か?」
ピートは訝しげに尋ねてきた。
ミスター清河とは中東に根拠を持つ日系テロリストの大立物である清河紘八のこと。
ドクター後藤こと後藤博士は清河の組織の幹部の一人であり、生物兵器の扱いや製造の伝授のために彼らの組織を訪れたことが何度かあった。
なお、彼は江戸川乱歩の「孤島の鬼」によりその悪行を広く世間に知られて恐れられた大悪人後藤丈五郎(ごとうじょうごろう)の血筋を受け継ぐ人物でもあった。
ピートの組織は清河の組織とつながりがあり、彼らから兵器などを輸入し、代りにダイヤをはじめとする宝石を密かに彼らに密輸出していた。
 ちなみに、ガストン公国はダイヤをはじめとする宝石の埋蔵量が非常に豊かで古来より鉱業や宝石加工・販売などにより、小国ながらかなり栄えてきた。
そのため、ピートの義勇獅子団をはじめ、この国のテロ組織は宝石の非合法な採掘や密輸出といった方法で資金を得ていた。


 「ええ。清河首席同志があなた方の苦境を小耳に挟みましてな・・・」
「これは耳が早いですなぁ・・・」
そう言いながらもピートはこれは油断ならんわいと思っていた。
清河の組織は非常に大きく強力なものだ。
その規模や力などは自分の組織とは比べ物にならない。
名目上は両組織はパートナーとかそういうことになってはいたが、実質的には清河の組織の末端という状況であった。
そういうことを理解していたため、もしかしたら清河の組織に引退を迫られ、組織を取られるのではないかと思ったのである。
 「特に・・あなたに対する不満や不信任の動き等もあるようですなぁ・・」
後藤は嫌らしげな声でそう話した。
「何が言いたいんだ、ドクター後藤?」
ピートは笑ってみせたが、内心ははらわたが煮えくり返りそうだった。
「いえいえ。さぞやお困りであろうかと・・・」
クックッとあてつけるかのように後藤は笑った。
あてこすりにピートは全身の血管が逆流しそうになるが、必死に押さえつける。
「心遣いは痛み入るがこれは俺たちの問題だ。ケツぐらい自分で持ちますわい」
「ならよろしいのですがね・・・」
なにやら含むところがありげに後藤がそう言ったときだった。


 ドンッッッ!!!!
荒々しい音と共にドアが開いたかと思うと数人の男がドヤドヤと押し入ってきた。
男達は全員が銃を構えている。
「何だ貴様ら!!」
ピートは声を荒げると右手で銃を、左手で落とし穴のボタンを操作しようとする。
「動くな!!」
入ってきた男達はそういうと一斉に銃をピートに突きつけた。
 「どういうつもりだ・・・・」
銃を突きつけられながらも、ピートは男たちを睨みつける。
「簡単なことだ。あんたに不信任を突きつけるのさ」
男たちの中でリーダーと思しき男がそう言った。
 「あんたは今までに五度失敗を重ねた!!しかも、サツにアジトや同志の面が割れるようなヘマも行った!!これ以上あんたに組織の束ねを任せていたら全滅だ!!だからあんたを解任する!!同時にあんたに不始末の責めを負ってもらう!!」
「くそっ・・・!!」
ピートは観念したのか、大人しくする。
不信任を突きつけた団員達は元団長を立たせると用意していた縄で後ろ手に縛り上げた。
 「ほほほほ・・・。こりゃえらい場面に出くわしてしもおたのう」
緊張した場面にそぐわぬ声が室内に響いた。
思わず一人が振り返ってみると後藤博士がニヤニヤと笑っている。
その様子が勘に触ったのか、団員の一人が銃を向けようとした。
「よせ!この方は客人だ!」
リーダー格の男は制止するや、後藤に対して口を開く。
「見苦しい場所を見せてすまないですな。だが、これはあくまで内々の問題。あなたに危害を加えるつもりは毛頭無いし、あなたの組織との関係も我々は従来どおり続けてゆくつもりだ」
「ほほほ・・・。それを聞いて安心しましたぞ。しかし、お前さん方。よいのかのう?こんなところで油を売っておって?」
「何ですと・・?」
団員達が怪訝に思ったとき、恐怖の叫びがドアの向こうから聞えてきた。


 「何だありゃ!」
「広間の方だ!」
「急げっっ!!!」
反逆者たちは元リーダーであるピートを引っ立てながら急いで広間へ向かった。
 「何だ・・こりゃあ・・・」
広間にたどり着いた反逆者たちはあっけに取られた表情を浮かべた。
広間には彼ら反逆者に賛同した団員達が集まっていた。
彼らはピートやその忠実な部下達が抵抗をした際の予備兵力として広間に控えていたのである。
ちなみにピートに忠実な者たちは彼ら予備兵たちの協力で全員、縛り上げて開いている部屋へ放り込んでしまってある。
だから、まさにピートは今や孤立無援で助っ人など現れるはずがなかった。
 だが、彼らの予測は外れていたらしい。
というのも予備兵の男たちが広間には悉く倒れ伏していたからだ。
「何だ・・何がどうなってるんだ・・」
反逆者たちはわけのわからない事態に思わず背筋が寒くなる。
 反逆者たちは銃を構えると緊張した面持ちで転がっている死体を調べる。
ある者は鋭い爪のようなもので引っかかれた跡があり、また別の者は喉を食いちぎられたような跡が残っている。
まるで何かの獣に襲われたかのような跡だった。
「何だよ・・こいつは・・気味悪いぞ・・・」
多くの人を殺してまじろぎもしないテロリストたちもさすがに薄気味悪くなる。
そのときだった。
 「フフフフフフフフフ・・・・・・」
突然、広間内に響き渡った声に全員がギクリとする。
皆が広間内を見回すと、奥のドアが少し開いており、何かがいる気配がした。
「誰だ!出て来い!!」
男達は銃を構えると、ドアに向かって呼びかける。
そのままジッと時が過ぎる。
時間にすれば僅か1分といったところだが、テロリストたちにとっては何時間にも思えた。
 不意に男達はドアの向こうの暗闇に何かが光っていることに気付いた。
誰もが豆電球か何かと思ったが、間もなくそうではないことが光った。
それは緑色で闇の中でランランと光り輝いている。
恐る恐る一人の男が首を伸ばして覗き込んでみるなり、アッと叫びそうになった。
「目だ!目が光ってやがる!!」
そう、光っているのは目だった。
それにしても、何とも不気味な眼光だ。
とても人の目とは思えなかった。
「フフン。ようやく気付いたのかい。まあいいや。なら俺の姿を見せてやろうか」
そう嘯くや、扉がギィィィという耳障りな音と共に開く。
そして、中から声と目の主がノソリノソリと姿を現した。


 現れた人物は何とも異様だった。
何より、歩き方が変だった。
普通ならば立って歩いてくるだろう。
だが、その人物は何と獣のように四つ足歩きで現れたのだ。
 人間が猫がうずくまったような体勢で歩いてくる。
何ともおかしな光景だ。
おかしすぎて声の主を除く全員が煙に包まれたような表情をしている。
 その人物はひどく痩せ型の足の長い体格をしている。
黒い帽子とコートに身を包み
「ウフフフフフ・・・・」
と笑うその姿は何とも不気味だった。
 ふと、男達は現れた怪人物の顔を見やる。
一目見るなり、テロリスト達は危うくギョッと目を剥きかけた。
 妖しい男の顔は黒絵の具を塗ったかのようにどす黒く、頬が痩せて鼻が高い。
普通の人よりずっと鼻柱に近く狭まった位置に反逆のテロリスト達をギョッとさせた例の両目がついているのだが、ビックリするほど大きくギラギラと光るその様子は何かの動物の目のようだった。
 「誰だ・・・!誰なんだお前は!!」
あまりの気色悪さに一人が叫んだ。
「俺かい?ウフフ・・・。俺はマイケル・オンダ。ドクター後藤のお供さ」
「後藤博士の・・お供・・だと?」
「そうだよ。よろしく・・フフフフフフ・・・」
オンダと名乗った男は四つ足歩きのまま笑ったかと思うと口を開いた。
それを見てテロリスト達は再びギョッとする。
 その口は実に大きかった。
思い切り口を開いたため、その大きさがわかったのだが、何と耳の辺りまで裂けていたのだ。
おかげで骨ばった顔中が口だけになってしまうかのように男たちには思えた。
口を大きく開くや、異様に長い真っ赤な舌をオンダは垂らした。
舌を出すとそれを動かしてもてあそび出す。
その舌は表面に針を植えたかのように一面ささくれ立っている。
オンダがチロチロと舌を動かすたびにサーッと波打って逆立った。
その気色悪さにテロリストの中には顔を顰める者もいた。
 「そのお供が何だってこんなところにいるんだ!?」
ようやくのことで反逆者のリーダーがそう尋ねてきた。
「フン。ようやくそれに気付いたね。ふふふ、簡単なことさ。ピートの野郎を貰い受けるためさ」
「何だと!」
聞き捨てならんといった様子で反逆者の一人が噛み付くように言った。
「フフフフフフ・・・。清河の旦那にはピートの野郎の方が都合がよくてね。君らにピートの不信任決議をさせるわけにはいかないんだよ。ウフフフフフ・・・・」
「畜生!!それじゃあここでやられた連中も!!!」
「察しがいいねぇ。俺が一人残らず始末してやったよ」
何ともおかしそうにオンダが笑ったそのときだった。


 ドドドドドドドンンンンッッッ!!!!!
仲間をやられた怒りにテロリストたちはオンダ目がけて一斉に銃をぶっ放した。
だが、弾丸は広間の奥の壁に穴を空けただけだった。
オンダは天井すれすれまで飛び上がって一斉射撃をかわしてしまったのだ。
 「なっ・・・・!!!!」
テロリスト達はオンダの超人的な身体能力に目をむく。
だが、それも一瞬のことだった。
オンダはテロリスト達の真っ只中に着地するや、コマのように一回転しながら両腕をふりまわす。
うめき声と共に三人の男が倒れた。
倒れた三人ともが鋭い爪のようなもので切り裂かれた跡が残っていた。
 「ウフフフフフ・・・」
オンダは気味の悪い笑みを浮かべると右手を口元に持ってゆく。
その手を見つめるなり、テロリストたちは再び目を剥いた。
 オンダの手の甲から長く鋭利な鉤爪が二本、いつの間にか生えていたのである。
オンダは手の甲から生えた長い鉤爪をピチャピチャとなめ回す。
そうしているうちに、顔にも変化が現れてきていた。
顔がアメーバのように動いているかと思うと、段々と鼻や口が盛り上がるというか、前に向かって突き出したのである。
そして遂にはオンダの顔は猫科の猛獣そのものといった形になってしまった。
 あまりに異様な事態にテロリストたちは声も出ない。
突然、オンダが叫んだ。
人の口から出たとは思えない、まさに獣の声だった。
テロリストたちが気付いたときには手近の一人の喉笛にオンダが喰らいついていた。
オンダは首を回すや、犠牲者を振り回す。
哀れな獲物は喉を食い破られると同時に衝撃で脇の壁に叩きつけるようにして投げ出された。
 それを皮切りに始まった光景はまさに修羅場だった。
テロリスト達は必死の形相で銃を撃ちまくるが、オンダはそれを易々と掻い潜る。
気付いたときにはオンダの腕や口が迫っており、一人また一人と悲鳴と共にテロリストは倒れてゆく。
ついには縛り上げられたピートを除くと反逆者のリーダー一人になってしまう。
「ウフフフフフ・・・。さぁ、お前さん。降参したらどうだい?」
オンダは両目をギラギラと光らせ、舌なめずりしながらそう迫る。
「ふざけるな・・。どうせ降参してもあるのは死・・・。ならば貴様を道連れにしてやるっっ!!!!」
反逆者のリーダーはそう叫ぶや、オンダ目がけて拳銃を弾が続く限りぶっ放す。
だが、オンダは残像が出来るほどの速さで左右に動いてかわしてしまう。
「くっ・・・!!!バケモノめっっ!!!!」
リーダーは予備の拳銃を抜こうとしたが、そのとき既にオンダが目の前に迫ってきていた。


 突然、リーダーが大の字になって床に倒れた。
怪訝に思ったピートが近づいてみてみると、胴全体にX字型の大きな傷が二つついている。
人間には捉えられぬスピードでオンダが斬り捨てたのだ。
オンダはピートが近づいてくると片手を一振りし、鉤爪で縄を切ってやる。
 「フフフフフ・・・。どうですかな、この男は?」
突然、背後から声を掛けられたピートが後ろを振り向くと、いつの間にか後藤博士が立っていた。
「何とも・・凄い・・いや・・恐ろしい・・男だな・・・」
ピートはオンダを畏怖の目で見つめている。
「フフフ。それは当然じゃよ。こやつはわしがその全技術と知識を総動員して造り上げた新人類じゃ」
「新人類・・?」
「フフフ・・。そうじゃ。わしは遺伝子学をはじめとする諸科学の力を持って、怪人、いや魔人とでもいうべき新人類をつくりあげたのじゃ。動物の能力と人間の知力を持つ新人類をな。その中でもこやつは逸品中の逸品、まさに秘蔵の虎の子でもいうべき魔人の一人なのじゃ」
後藤は自慢げに笑ってみせながら話し続ける。
 「それにしても・・こんな男をよくも・・造り出せたもんだな・・・」
ピートは今や人の姿に(といっても充分人間離れした容貌ではあったが)戻ったオンダをしげしげと見つめた。
オンダは慣れているのか咎め立てることもしない。
「フフフ・・実は幸い先行研究があってのぉ。そのおかげで随分助かったぞい」
「何!これは前例があるのか!?」
思いも寄らない事実に再びピートは驚いた。
「そうじゃ。実は二十世紀前半の日本でひどく不思議な事件が起こったことがあるのじゃ。ちょうどこのオンダのように半人半獣とでもいうべき奇怪な男が誘拐や殺人という犯罪を繰り広げて日本中を震撼させたことがあるのじゃ。あまりにも奇怪でセンセーショナルだったせいかのう、江戸川乱歩という人気作家がそいつの事件を『人間豹』という小説に纏めたほどだったのじゃよ」
異形の博士の語りにピートは言葉も出ない。
似たような男が昔も存在していたなんて信じられなかったからだ。
 「わしはその事件にひどく興味をもってな。色々調べてみたんじゃ。そうしたら驚いた驚いた。オンダは実は科学の力で人工的に生み出された一種の人造人間だったらしいのじゃよ。まあこれは秘中の秘で話を記録した乱歩も明らかにしておらん。ワシが自分で探り出したのじゃ。わしはその先行研究の記録を洗いざらい、現存しているものは全て集めた。
そして日本から上手く逃げ出した人間豹・恩田の子孫も見つけ出した。そしてその見つけ出した子孫にワシが新たなる力と命を与えてやったのじゃ。ウフフフフフ・・・」
 ピートはあまりに奇怪な話に声も出ない。
「あんた・・よく・・承知したな・・」
全く理解できんといった様子でピートはオンダを見やる。
「ウフフフフ・・・。あんたには関係のないことさ」
オンダは全く意に介さず、笑うだけだった。
 「まあそんなことはどうでもない。ピートよ、お前さんとちと相談がある」
「相談?」
「うむ。あんた、今日はオンダのおかげで助かったが、あんたの地位や命がぐらついておるのはわかっとるな?」
後藤博士の問いにピートは黙って頷く。
今日の騒ぎで嫌というほどわかり切っていたからだ。
「あんたも命は惜しいだろうし、地位や野心にも執着は強かろう。そこでじゃ。わしとオンダでお前さんを助けてやろう。どうじゃ?」
「願ってもない話だが・・・なぜあんたそこまで俺に肩入れする?」
「ふふふ。清河首席同志にとってはお前さんの方が都合がいいのじゃ。今日お前さんを糾弾した連中はお前さんやその仲間が外国の大組織の鼻息を伺っているのに不満じゃったからのう」
そう言われてピートは納得した。
ピートたちは清河の組織の属国のような状態にこの組織をしてしまっていた。
そのため、外国の大組織の鼻息や顔色を伺っているような状況に不平を募らせているものもいたのだ。
今日、クーデターを起こした者たちは後藤博士に対してこれからも従来どおりの関係だと言ってはいたが、実際には本当に対等な関係を目指しており、必要とあらば清河の組織からの脱退も辞さない覚悟だったのである。
「なるほどな。この国の反政府組織を意のままに動かすのは俺の方が都合がいいってわけかい・・・」
「不満か?」
「いや。身の程くれぇわかってるさ。ミスター清河の後ろ盾あっての俺だからな。だからあんたたちのいう通りにしよう」
「フフフ・・・。決まりじゃな」
後藤は取引が成立したのを見ると再び笑った。
「で、どうやって俺を手助けしてくれんだ?」
「それはな・・・」
後藤はピートの耳に何やら舌打ちする。
「なるほど・・・」
「フフフフフ。いい思い付きじゃろう」
「ああ。よくもこんなこと思いついたぜ・・・」
ピートはそうつぶやくと再び畏怖の目で後藤博士を見つめた。


 ―続く―

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