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公国の魔人5



 「ここが今日からお前さんの部屋だ」
近藤はそう言われると中へ入ってゆく。
中は大部屋で、粗末な敷布団とシーツがずらりと並べられている。
 (なるほど。下っ端は大部屋で雑魚寝か。テロリストの世界も序列の差とかは変わらんものか)
近藤は粗末な部屋を見るや、そんなことを思う。
首領と出会った贅沢に飾り付けられた広間とは対照的に、壁や天井もひび割れや汚れが目立っており、かび臭い匂いもした。
だが、文句も言わず近藤は割り当てられた布団のところへ行くと潜り込み、そのまま眠り込んだ。


 「おらおら!もっと力込めて拭かんか!!」
強面の古参テロリストの叱咤と共に団の新入りたちは便器を拭いている。
近藤も新入りということで一緒に便所掃除をやらされていた。
近藤は文句も言わず、神妙に掃除をしている。
全員、ヘトヘトになるくらい磨かされると、今度はそれぞれごとに掃除場所を割り振られてそれらの場所へ行かされた。
 あれから数日、新入りとして組織に入り込んだ近藤はテロリストとしての訓練やこういったアジト内での雑用をしながら、アジトを探っていた。
近藤は言われたとおりに、割り振られた場所へ向かってゆく素振りを見せる。
だが、廊下をしばらく進んだかと思うと、ある部屋へ入っていった。
 入ったのは物置部屋と思われる部屋。
部屋中ガラクタばかりで大分薄汚れてもいる。
近藤はその部屋に入ると天井を見上げる。
天井には通風孔があり、格子状のふたがついていた。
近藤はジッと観察してふたや通風孔の大きさを確かめる。
(どうやらでっかい男でも通れそうだな)
そう確信すると近藤はガラクタを今度は物色しだす。
そして適当な大きさのガラクタを見つけるや、それを通風孔の下へ持って行き、その上へ近藤は乗った。
両腕を伸ばすとちょうど通風孔に手が届く。
近藤は通風孔のふたに指を入れると慎重に揺らしてふたを外した。
ふたを外すと近藤は今度は通風孔の中へ入ってゆく。
完全に中へ入ってしまうと、えっちらおっちらと芋虫のような動きで中を進み始めた。


 ゴボゴボ・・・グツグツグツ・・・。
煮えたぎる音が巨大なドラム缶のような鍋の中で響き渡る。
その中から液体になった中身が別の入れ物に移され、冷却や化学処理といった様々な処置がなされる。
そしてそれを白い粉にすると、ベルトコンベア式の作業で小袋へ詰めてゆく。
 「ぐずぐずするな!!さっさとやれ!!」
コンベアの周りでは恐ろしげな風貌の男たちが丈夫な鞭を振るって作業に当たっている者たちを叱咤する。
作業をしている者たちはいずれもボロボロの服を着て、足には逃げられないように鎖をつけられている。
己の意思に反して働かされている人々なのは明らかだった。
 (奴ら・・・ドラッグにまで手を伸ばしていたのか・・・)
作業場の天井にある格子式の通風孔から様子を伺っていた近藤はそう呟いた。
通風孔へ潜り込んだ近藤は忍者よろしく義勇獅子団のアジトをさぐっていた。
色々な場所を探っているうちに眼下の麻薬製造所へやって来たのである。
 (まあテロリストの資金源としては常套手段だが。ん?)
近藤は別の方向から麻薬工場での音とは違った音が聞えてくるのに気付いた。
修行によって常人離れした五感を身につけた彼には遠くの部屋の別の声も聞き取ることが出来る。
近藤はその声に導かれて、今度は別の方向へ這っていった。


 「うげえっ!!うううっ!!うぐうっ!!」
激しい打撃の音と共に男はうめき声を上げた。
男は中小の自営業者とおぼしき身なりで、両手を縄でくくられて天井から吊るされている。
吊られた男は数人の男に取り囲まれている。
全員いかつく典型的な悪人顔で棒をはじめとする責め道具を持っていた。
「強情な野郎だな。どうあっても払わんつもりか?」
男たちのボス格らしい男が進み出ると棒を顎に突きつけて尋ねる。
「い・・嫌だ・・。何で・・俺たちが必死で稼いだ銭をお前らなんかに払わなきゃいけないん・・だ・・・」
責めを受けている男は苦しいながらもジッと拷問係たちを睨み返す。
 彼はこの街で暮らしているパン屋の一人だった。
義勇獅子団は麻薬製造や宝石横流しなどで軍資金を得ているが、それ以外にも市民や金持ちから取り立てるという方法も行っていた。
それこそ、まるでヤクザがショバ代を取り立てていくような、そんな方法だ。
人々は乱暴されたりするのが怖くて彼らに軍資金を払う。
だが、中にはそんなヤクザみたいな連中に決して払うものかという頑固な人間も存在する。
そういう頑固者がいた場合、彼らはさらって行き、このアジトの拷問室で金を差し出すまでたっぷり責めるわけだ。
払えばそれでよし、万が一拒み続けたら見せしめに殺してその者が住んでいた街区にもさらしておくというわけだ。
 「んだとう!!圧制に立ち向かう気力も持たぬ腰抜け市民の分際で!!」
人を人とも思わない態度で拷問係がパン屋に怒りの声を上げる。
だが、パン屋は逆に憐れみや侮蔑が籠った目を向ける。
「てめえ、何だその目は!!俺らを馬鹿にしてんのか!!」
「ああ・・そうさ。エセ革命家ども・・・」
パン屋は男たちを見回すと、口を開いた。
「いいか。俺たちはなぁ、もう切った張ったはゴメンなんだよ!!俺らには誰が政治をやろうが関係ない!!平和で安心した暮らしをしてえんだよ!!それをなんだてめえら!!てめえらの欲得のためにまだこの国で切った張ったしやがる気かよ!!ふざけんな!!圧制だぁ?よくもまあ抜けぬけと言いやがるなぁ。そいつをしてるのはお前さん方じゃねえか。普通に平和に暮らしてぇと思ってるパン屋をさらって痛めつけて金を出させるのが圧制じゃねえのか?ああん!答えてみやがれ!?このヤクザ以下の悪党ども!!」
パン屋は胸に溜まっているものを吐き出すかのような強い調子でテロリストたちに言葉を投げつける。
そして、ハァハァと荒い息を吐きながら拷問係たちをねめつけた。
 「こ・・この野郎・・パン屋のくせに・・・俺らをクソ呼ばわりしおったな。くそ!やれ!やっちまえ!!」
拷問係たちはすっかり頭に血が昇ってしまい、これでもかと言わんばかりにパン屋を叩きまくる。
一撃ごとにパン屋は苦痛の叫びを上げ、身を激しくよじり、悶えさせた。
「どうだあ?ちっとは神妙にする気になったかぁ?」
散々痛めつけると、拷問係はパン屋に尋ねるようにいう。
だが、パン屋は反抗的な目を向けるだけだった。
「ちぃ・・。強情な野郎だなぁ。その目ん玉、くり抜いてやろうか?」
「それでいたぶりながら殺す気か?やれよ?そうすりゃてめえらを警察に売ってやるって奴らがもっと増えるぜ?」
「口の減らねえパン屋だぁ。だが、こいつを見てもそう言ってられっかな?」
拷問係の一人がニヤニヤと笑みを浮かべるとパチンと指を鳴らした。
すると別の男が誰かを伴って現れた。
男はパン屋と同じくらいの年の女性を連れている。
その女の姿を見るや、パン屋の表情が強張った。
 「そうだ。へへへ、お前の女房だぜ。ウヒヒヒヒ・・・」
拷問係たちはナイフや責め道具を手にするとパン屋の女房にジリジリと迫ってゆく。
女は恐怖の余り逃げようとするが、しっかり押さえつけられて逃げようにも逃げられない。
「やめろ・・やめろ・・・」
蒼白になった表情でパン屋が呟く。
だが、拷問係たちやニヤニヤ笑みを浮かべたまま、女に迫り続ける。
そして一人が女の腕を捕まえたかと思うと床に引き倒した。
同時に男たちがのしかかろうとする。
「やめろっ!やめてくれええ~~~~~~~~」
妻に襲い掛かる危険を思って男が悲痛の叫びを上げたまさにそのときだった。


 「うっっ!!!」
突然、拷問係の一人が呻いた。
男は背を思いきり仰け反らせたかと思うとそのまま床にぶっ倒れる。
「な・・何だよ・・あっ!!」
他の拷問係達は倒れた男を見るや、アッと声を上げそうになる。
男の胸には手首から中指の先ほどまでの長さの太く長い針が深々と突き刺さっていた。
針は正確に心臓に命中している。
直後、ゴソゴソという音が聞える。
再び拷問係たちはハッとすると部屋の奥を振り向いた。
 部屋の奥には暖炉があった。
この暖炉は二つの目的に使われている。
一つは本来の目的で、もう一つは責め道具の一つとしてだった。
ここに起こした火の中に哀れな犠牲者の身体を突っ込むのである。
拷問係達の目が暖炉に集まっていると暖炉の中から黒い影がいきなり飛び出してきた。
飛び出してきたものは一番暖炉の近くにいた拷問係に飛び掛る。
次の瞬間、ウッといううめき声と共にどさりと拷問係は崩れ落ちる。
顎にはアッパーカットを喰らった跡が残っていた。
男を倒すと同時に謎の影は責め道具の棒を男の手から奪い取る。
そしてそのまま残りの拷問係たちに向かって突進した。
 「畜生っ!!ぶちのめせっっ!!」
怒号と共に拷問係たちは棒をかざして襲い掛かってきた。
数本のがっしりした拷問用の棒が暖炉からの闖入者に容赦なく振り下ろされる。
だが、まるで魂が宿ったかのように闖入者の棒が前後左右に目にも止まらぬ速さで動いたかと思うと、拷問係達が持っていた棒が全て天井へ舞った。
「げっ!!」
自分達が持っていた棒が全て一瞬のうちに弾き飛ばされてしまったことに拷問係たちは驚愕する。
だが、驚いている余裕はなかった。
闖入者が拷問係たちの真っ只中に飛び込んできたかと思うと、当たるを幸いあたりを薙ぎ払ったのだ。
誰も彼もが頭や顔面、顎を強打され、悲鳴を上げる間もなく死んだように床にぐったりとなった。
 パン屋とその女房は突然の事態に呆然としていた。
やがて、二人は暖炉から現れた闖入者がこっちへ近づいてくることに気付く。
近づいてくるにつれ、闖入者の姿がはっきりわかるようになった。
 拷問係たちを叩きのめしたのはボロッちい服を着たホームレスらしき男。
暖炉の中にいたせいか、灰でさらに汚れている。
「大丈夫か?セルティス・ベーカリーの主人だろう、あんた?」
「何で知ってるんだ!?」
パン屋は思わず叫ぶ。
彼の店は小規模で行列が出来るくらい有名な店というわけではない。
常連客とかならともかく、こんなホームレスの知り合いや客はいないはずだった。
「ああ。この顔じゃわかんねえか。ほら、毎日いつも夕方か昼に来てるだろう?ごっつい顔した刀ぶら下げた日本人のオヤジが。いつもあんたの店で特製チョココロネを買ってるオヤジだよ」
「こ・・コンドーさんか!?まさか・・・」
「そうだ。近藤だよ。顔は違うけどな」
「な・・何でこんな・・ところは・・」
「そいつは・・ちぃと複雑でね・・。まぁ、仕事といやぁ仕事なんだが」
近藤は顔見知りのパン屋のオヤジを降ろしてやると縄を解く。
同時に近藤は気絶しているものの一部から服を剥ぎ取り、また拘束用に置いてある鎖や縄で一人を除いて縛り上げる。
剥ぎ取った服をパン屋の主人夫婦に渡して急いで着替えさせると、近藤は気絶している一人から取り上げた拳銃を構えて縛らなかった一人を起こし始めた。
 「うぅうぅぅぅ・・・・」
うめき声と共に拷問係は目を覚ます。
目を開くと同時に飛び込んできたのは拳銃の冷たい銃口だった。
「起きたな」
「きっ・・貴様はっっ・・」
拷問係は動こうとするがすかさず拳銃を突きつけられる。
 「妙なことはするなよ。こいつに火を吹かせたくなければな」
「何が・・・・望み・・だ・・・」
「このパン屋たちを逃がすのさ。お前に案内してもらう」
「嫌だと・・言ったら・・・」
近藤は答える代わりに拳銃を頭に突きつけた。
拷問係は近藤の目をジッと見る。
修羅場をくぐって来た男の目なのは拷問係にもすぐわかった。
同時に決して要求を拒否してはならない相手であることも。
「わかった・・・。言う通りにしよう・・・」
「賢明だな。さぁ、立ってもらおうか」
近藤はテロリストの男を促すと男は渋々立ち上がる。
男が立ち上がると近藤は男の背後にピッタリとつき、テロリストの仲間に変装させたパン屋たちを後ろへ続かせる。
そして、おもむろに拷問室を後にした。


 
 警官達はジッとマンホールを伺っていた。
マンホールはゆっくりと開いてゆく。
緊張の面持ちで警官たちが見守っていると完全に開いたマンホールから案内役のテロリスト、変装している近藤、救出されたパン屋夫婦が姿を現した。
 「先生、お待ちしておりました」
留置所から逃亡するときに近藤に撃たれたはずの警官が変装している近藤に敬礼する。
無論、あの射殺はテロリスト達を信用させるための芝居だった。
「すまんな。ではこいつを引き渡そう。それと、このパン屋のオヤジさんたちを頼む」
近藤はテロリストとパン屋夫婦を引き渡すと、再びマンホールへ戻ってゆく。
「先生・・・お気をつけて・・・」
「わかっている。それより、君らこそ頼んだぞ」
近藤と警官たちは互いに頷き合うとそのまま別れた。
 (さてと・・・警察がやって来る間に・・・)
近藤は下水道の脇道を歩きながら作戦を練っていた。
近藤の右側では真っ黒な下水がゆっくりと流れている。
義勇獅子団はアジトからトンネルを掘って下水道につなげ、地上との出入り口として使っていた。
下水に沿って歩いているため、嫌でも臭いが鼻を突いてくる。
だが、近藤は歩きながら、ふと下水の臭いとは異なった臭いを水の中に嗅ぎ取った。
(これは・・・人の臭い!!)
本能的に近藤は後ろへ一歩下がる。
直後、近藤がいたところ目がけて水中から銛の穂のようなものが飛んで来た。
飛んできたのは水中銃の槍穂だ。
近藤は槍穂を空中で掴むや、下水の中目がけて投げ返す。
直後、ギャアッ!という悲鳴が上がり、胸に槍穂を突き立てた潜水服姿の男が浮かび上がってきた。
同時に大勢の足音が響き渡る。
前後を挟み撃ちにするかのようにテロリストたちが現れたのだ。
テロリストたちはいずれも拳銃を手にしている。
 「くたばれっっ!!!イヌ野郎ッッ!!!」
前後それぞれから3挺ずつ銃口が狙いをつけるや、火を吹いた。
咄嗟に近藤は飛び上がる。
銃弾は目標を見失い、反対側の仲間に向かって飛んでいった。
それぞれ一人のテロリストが流れ弾を喰らってコンクリの床にぶっ倒れる。
近藤は一方の側のテロリストの背後に着地するや、すかさず残る二人を蹴飛ばして下水の中へ叩き込むと同時に倒れている男から拳銃を奪い取って反対側に残る二人をすかさず撃つ。
銃弾は見事に片腕と片脚を撃ち抜き、テロリスト達は倒れた。
 だが、それで戦いが終わったわけではない。
いつの間にかわらわらとテロリスト達が現れていた。
テロリスト達は近藤がいる通路だけでなく、下水の反対側からも現れる。
彼らは一様に銃ではなく、鉄パイプ、釘を植えたバット、ナタやナイフ、折れた椅子の脚、太目のチェーン、特殊警棒、革棍棒、といった肉弾戦用の武器を持っている。
何故そんな武器をえらんだかは、反対側の岸に現れた者たちが下水の中へ入っていったのでわかった。
下水は汚く、泥なども多い。
精密機械である銃を手にしたまま踏み込んだらどうなるかは想像しなくてもわかるだろう。
その点、棍棒などの原始的な武器なら、汚くなるくらいでそのまま武器として使える。
ヤクザ・チンピラ連中御用達の武器で武装したテロリスト達は数にモノを言わせ、二重三重に近藤を取り囲む。
テロリスト達は一様に凶暴そのもののギラギラする目つきで近藤を睨みつけている。
対して、近藤は壁を背にしたまま、ジッとしている。
そこには恐れも動揺も見えなかった。
 突然、二人の男が近藤目がけて飛びかかった。
一人は鉄パイプを、もう一人は折れた椅子の脚を振り上げて襲い掛かる。
近藤は逃げずに両腕を頭上に掲げる。
テロリスト達はニヤリと笑うや、近藤の腕目がけて凶器を振り下ろした。
 「!!!!!!」
テロリストたちは絶句した。
近藤の腕は鈍器の攻撃で折れるどころか、逆に鉄パイプの方が曲がり、椅子の足は真ん中からぽっきりとへし折れてしまったのだ。
攻撃を仕掛けた男たちがビックリする間もなく、近藤の両手が二人のテロリストに襲い掛かる。
あっという間に二人を吊るし上げたかと思うと、二人とも下水の中へ叩き込んでしまった。
同時に、近藤の足がコンクリの床を蹴る。
テロリスト達が気付いたときには近藤はテロリスト達の真っ只中に飛び込んできていた。
 飛び込むと同時に近藤はすぐ前にいたテロリストを殴り倒し、持っていた釘つきバットを奪い取る。
得物を奪うや、当たるに任せて打ち払い始めた。
たちまち、あたりは混乱状態になる。
近藤はテロリスト達の間を絶え間なく駆け回り、打ちのめしてゆく。
テロリスト達は数を頼みに四方から襲いかかるも、近藤は巧みに身体を捌いては反撃する。
あれよあれよという間に悲鳴やうめき声が轟き、下水の跳ねる音と共に人がひっくり返る。
しばらくするとテロリスト達は劣勢になっていった。
 (おかしい・・・)
近藤は襲い来るテロリスト達を殴り倒しながら、疑念を感じていた。
テロリスト達はこれだけ手ひどくやられているにも関わらず、もっと強力な武器を繰り出してこようとしないのだ。
やられるのを承知でさらに多くの手勢を繰り出してくる。
(もしや・・陽動?時間稼ぎ?)
敵の動きに疑念を感じていたためか、ほんの一瞬、僅かだが隙が生じた。
その隙を突くかのように下水の中から何かが勢いよく飛び出してきた。
 現れたのは分銅を先端につけた鎖。
鎖は背後から近藤の背中に襲いかかった。
 「うおっっ!!!」
突然、近藤は首に強力な圧迫感を感じた。
すかさず手を首にやると鎖がしっかりと巻きついている。
鎖は機械並みの、普通の人間ならば首がちぎれ飛んでしまうほどの力で近藤を後ろに引っ張った。
あっという間に近藤は下水の中へ引き倒される。
口や鼻から下水の汚い水や泥が浸入する中、鎖は凄まじい力で近藤を奥へ引っ張ってゆく。
下水の中で近藤は息を止め、ジッとしている。
抵抗しても体力を消費するだけと思ったからだ。
百メートルほど引きずられたところで、ようやく鎖が止まったかと思うと離れ、ようやく自由の身になった。


 鎖が首から離れると近藤はゆっくりと立ち上がる。
周囲を見回すが、何も見えない。
まるで深海にでもいるかのような、それほどまでに深い闇があたりを支配していた。
近藤は手を使ってあたりを探ってみる。
下水は脇の下近くまでと深い。
近藤は下水に平手を思いっきり打ち下ろす。
バシャアンッ!という音と共に、闇の中で波が周囲に向かって走り、それに乗るようにして音も響き渡る。
近藤は音の響きの具合などから25メートルプールの半分くらいの広さだと見当をつけた。
 (それにしても出口はどこだ・・・こうも暗くては手探りで探すしかない・・・)
近藤は手を左右に振るい、耳をそばだててあたりを探り始めた。
暗闇のせいで目は全く役に立たないし、下水やドブにまみれた近藤自身の身体からあらゆる臭いが混じった強烈な悪臭が立ち込めているため、鼻も使い物にならなかった。
 何も見えない中、下水にまみれた両手が別の生き物になったかのように動いては闇の中をまさぐっている。
(はっ・・・!!)
近藤は不意に立ち止まりかける。
何かが水をかいたような音が微かに聞えたような気がしたのだ。
 (新手か?)
近藤はジッと耳をすませる。
同時に闇の中で相手の気配を探る。
敵は巧妙に気配を消しており、殺気から位置を掴むのは難しい。
おまけに悪臭に身を隠しているため、臭いで索敵することも無理だった。
 だが、動揺することはなかった。
暗闇の中での戦いは慣れていた。
そのまま、近藤は敵の接近をジッと待つ。
時間にすれば僅か1,2分、だが永遠とも思える時間をジッと待つ。
水中に潜んでいるにしても、壁に張り付いているにしても、襲い掛かってくるときに必ず一瞬でも殺気を見せるはずだ。
それにその際には空気を切る音か水の音がするはず。
全身がパラボナアンテナと化したかのように、近藤は全ての感覚を総動員する。
 (ん・・・?)
不意に近藤はごく僅かだが背中に波が押し寄せるのを感じた。
波は小刻みに背後へ打ち寄せる。
(来る・・・!!!)
敵が背後からゆっくりとにじり寄ってくるのを読み取るや、近藤は背後に意識を集中する。
相手は音を全く立てていないが、動けばどうしても波が生じるため、波で近藤にその存在を知らせてしまうことになった。
どんどんと波が寄せてくるが、やがて波が全く来なくなったのを文字通り肌で感じ取る。
 (立ち止まったな・・・)
近藤はゆっくりと左手を降ろすと左腕を半ば、下水につける。
相手は様子を伺っているのか、中々仕掛けてこない。
(我慢・・・比べだ・・・)
互いの闘志をゆっくりと身体から解放しながら、立ちんぼを続ける。
先に攻撃を仕掛けた方が遅れを取る。
 ドクン・・・ドクン・・ドクン・・ドクン・・・。
余りにも静まり返っている為に、近藤には自分の心臓の音が聞えた。
心臓は少しずつ鼓動が早くなる。
近藤は汚水で汚れた額や頬から脂汗が流れるのを感じ取る。
(落ち着け・・・向こうも・・同じだ・・)
近藤は自身にそう言い聞かせる。
どんな歴戦の勇士でも戦いは怖いもの。
こちらが恐ろしいと思っていれば、敵もそうなのだ。
それを知れば敵が怖くなくなる。
自身への呼びかけが効いてきたのか、近藤の心臓は少しずつ落ち着きを取り戻し始めた。
 不意に何かが沈む音がした。
近藤は相手が水中に身体を屈めた音と気付く。
(痺れを・・切らしたな!!)
同時に近藤は水の中に入れた左手に意識を集中する。
 バシャアンッ、という派手な音がしたかと思うと同時に近藤が背後を急な勢いで振り向いた。
振り向きながら近藤は左腕を思いっきり薙ぎ払う。
直後、強烈な水しぶきが背後から飛びかかってきた何者かに向かって襲いかかった。
 「うっ・・・・!!!」
しわがれたうめき声と共に闇の中の敵が空中でバランスを崩し、腹から飛び込むようにして下水の中へ落下する。
派手な音と共に落下地点で水しぶきが上がった。
水しぶきに向かって今度は近藤が飛びかかる。
闇の中で近藤は両腕を伸ばし、相手の身体を掴まえる。
だが、敵もむざむざと倒されるつもりは毛頭無い。
近藤が僅かな風を感じると同時に敵の拳が近藤の顔面に思い切り叩きつけられた。
 頭蓋が砕け散るかと思うほどの衝撃が近藤の頭を走る。
同時に奇妙な感触が伝わる。
敵の手は異様に毛深かった。
まるで毛皮の手袋をはめているのかと思えるほどに。
ゴスッ!!ドスッ!!ドンッ!!ゴスッ!!
数回続けて鈍い音が鳴り響き、そのたびごとに近藤の顔面に鉛を詰めた棍棒でぶっ叩いたような衝撃が走る。
だが、近藤は決して敵の身体を掴んだ手を離そうとしない。
「ん・・んぬおっ!!」
気合と共に近藤は敵のまたぐらを下水中で思いっきり蹴り上げた。
鈍い感触と共に敵の身体が一瞬、硬直したのを近藤は触覚で知る。
すかさず近藤はボディ目がけてパンチを数回叩き込む。
異様な声だが、相手が微かにうめく声が聞こえる。
だが、殴られながらも敵も何にもしていないわけではなかった。
敵が片腕を後ろに引いた気配を近藤は感じ取る。
「う・・ぐぅぉぉぉぉぅ・・・・」
次の瞬間、近藤は焼け火箸を突っ込まれたような苦痛を覚える。
痛みの種類から、刃物の類と見当がついた。
敵はそのまま刃を押し込もうとする。
近藤は左手で敵の手首を引っ掴むと、敵の手を押しのけようとする。
互いに一進一退を繰り返し、中々勝負がつかない。
 (こ・・これでは・・埒が・・あかん・・・)
近藤が強力な腕力で敵の突きをこれ以上突っ込めないようにしているが、やがて限界に達するはずだ。
そうなれば敵は深々と貫き、肩口からヘソまで押し切るようにして切り下げるだろう。
何か強力な衝撃を与えて、敵を吹っ飛ばしでもしなければどうにもならなかった。
(吹っ飛ばすには・・・あれだ!!)
近藤は左手で敵の手首を引っ掴んだまま、右拳を敵の腹へ向ける。
しっかりと狙いを定めると、丹田に意識を集中して気を練り始めた。
敵は近藤の様子に変化が生じたのに気付いたのか、逆に刃物を引き抜こうとする。
だが、今度は逆に近藤がしっかりと握って離さない。
「逃がしは・・せんぞ・・」
気を練るや、近藤は右拳に気を送り込む。
「秘拳・狼襲・・・」
近藤が呟いたと同時に右拳が強烈な閃光を発する。
次の瞬間、狼の形をした闘気の塊が拳から飛び出すや、敵の腹目がけて至近距離から命中した。
 「うごおおおっっっ!!!!」
一瞬だけまわりが明るくなり、闇に紛れる色合いの服で身を固めた敵の姿が見える。
光が消えたかと思うと、壁に何かが激しく叩きつけられ、小石が転がり落ちるような音が聞える。
吹っ飛んだ敵が壁に叩きつけられ、その際に壁が崩れたのだということが察せられた。
 近藤は音の聞えた方角へ水をかき分けて進んでゆく。
進むにつれて敵の息遣いが聞えてきた。
気功波攻撃を至近距離から喰らったためかダメージも大きかったらしく、息が乱れているのがわかる。
同時に相手が壁沿いにゆっくりと動いており、どうやら逃げ出そうとしていることも。
(誰だか知らんが・・逃がすものか!!)
近藤は足を早める。
パンチを顔面に食らったとき、まるで獣のように毛深いことに近藤は気付いていた。
桜井を殺した魔人とやらはまるで獣のような姿であったということを聞いている。
だから魔人かその同類である可能性は高いといえた。
近藤は魔人らしき相手に今にも追いかかろうとする。
だが、そのとき、突然、壁の片隅に明かりがついた。
同時に耳を劈く轟音とヘビー級ボクサーのKOパンチを何十発も立て続けに喰らったかのような衝撃が近藤の胴を駆け抜ける。
 (しま・・・・っっ・・・)
薄れ行く意識の中で近藤は明かりをジッと見つめる。
明かりと見えたものは銃の口火だった。
どうやら壁には機械仕掛けで作動する銃が仕掛けてあったらしく、それの乱射を浴びせかけられたというわけだ。
近藤は立ち上がろうとするが、銃弾の衝撃は大きく、下水の中へ派手な音と共にうつ伏せにぶっ倒れたかと思うと、そのまま深い闇の中へ意識を沈めてしまった。


 ―続く―
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