ダンジュー修道院26 アトリエ



 「あれ?チサちゃんどうしたの?どこか行くの?」
ラウールは廊下を行くチサトにそう尋ねた。
チサトはボールを抱え持ち、小さな子どもたちに取り囲まれている。
子供達は街の住人からなる聖歌隊のメンバーの子達だ。
練習のときには母親が小さな子を連れてやって来るのだが、修道院では一種の託児所を用意して練習が終わるまでの間預かっているのである。
「ええ。ふもとの空地まで。その方がこの子たちも思いっきり遊べると思ったんです」
「ふーん。いいなぁ、外に出られて・・・」
ラウールは羨ましげにいう。
イタズラ小僧的なラウールにとっては、外に出られるのが何よりも楽しいのだ。
それが出来るチサトが羨ましいのである。
 「おい、何ブツブツ言ってやがんだ。サボるんじゃねえ!」
ラウールの背後からバルバロッサがそう呼びかける。
「わ、わかってますよ。やだなぁ」
慌ててラウールは仕事に戻っていくのをバルバロッサはやや苦々しげに見やると、チサトの方を向く。
「そいじゃチサト、子供たちのこと頼むで」
「わかりました。行ってきますね。さぁ、皆行こうか」
チサトが言うと子供たちも一緒に修道院を出て行った。


 山門前の通りにある空き地。
ここにチサトたちの姿があった。
子供達は二チームに分かれ、地面に枝で線を引いたゴールを使ってサッカーの真似事をしている。
かなり白熱しているのだろう、どの子も真剣な表情でボールを奪い合っている。
その中で不意に一人の子供が思いっきりボールを蹴飛ばした。
余程強く蹴ったせいか、ボールは思いっきり飛んでゆき、空き地の隣にある家の敷地内へ入ってしまった。
 ガシャアンッ!
ボールが飛び込むと同時にガラスが割れる音が聞こえてくる。
それを聞くなり、全員の動きが止まった。
 「ど・・どうしよう・・・」
全員、表情が強張った。
無理はない、窓ガラスか何かを壊してしまったのは明らかだったからだ。
「チ、チサお兄ちゃん・・どうしよう・・」
子供達は一斉にチサトの方を見やる。
チサトも血の気が引きかけていたが、子供達が見ているのをみるや、すぐに安心させるように表情を柔らかくする。
「大丈夫だよ、お兄ちゃんに任せてくれる?」
「うん・・・」
「それじゃあ行ってくるから。ちょっと時間かかるかもだけど待っててね」
チサトはそう言うとボールが入った家へと向かっていった。


 「すいませーん、いらっしゃいますかー?」
チサトは玄関へ回ると呼び鈴を鳴らす。
だが、誰も出てこない。
(どうしたのかな・・?留守なのかな・・・)
そう考えていたとき、ゆっくりとドアが開いた。
 ドアが開くのを見るや、チサトはゴクリと息を呑む。
やがて、開いたドアの向こうから何者かが姿を現した。
現れたのは眼鏡姿の男。
年は20代後半くらい、モデルといっても通用しそうな端正な風貌だが、どこか妖しげな雰囲気を纏っている。
「誰かね・・・?」
「あ・・あの・・こちらに・・ボールが飛び込んで来たと思うんですが・・・か・・返して・・いただけ・・ますか・・・?」
胸をドキドキさせながらチサトは尋ねた。
「ボール・・ああ・・あれか・・。まぁ、とにかくあがりたまえ。話はそれからだ」
そういうと男はチサトを中へ入れた。
 (どうしたのかな・・・?)
椅子にジッと座ったまま、チサトは家主を待っていた。
家主はチサトを家に入れ、アトリエらしい部屋に案内したかと思うと、またどこかへ行ってしまったのである。
それで待っているわけだが、中々来ないので気になっているというわけである。
(それにしても・・・・何か・・落ち着かないなぁ・・・)
チサトはあたりを見回す。
アトリエだからか、広い部屋のあちこちには石像や粘土像が置かれ、壁には絵画や仮面がかかっている。
それ自体は別にいいのだ。
問題はその像や絵画だった。
像の多くはホラー映画にでも出てきそうなおどろおどろしい怪物のもので、絵画にしても残虐な拷問や殺人、地獄の光景といった、おぞましい題材のものばかり。
心臓の弱い者が見たら失神してしまうのではないか、と思えるような代物ばかりだった。
それだけならともかく、彫像や絵画の中には官能的な題材のものもあった。
際どいどころかどぎつく露悪的といってもよいようなもので、あまりの破廉恥さにとてもそれらを正視することなど出来なかった。
自然、チサトは顔をうつむけて目に周りのものが見えないようにするようになる。
 そうしている間に、不意に扉が開く音が聞こえた。
チサトが思わず顔を上げると、男がボールを持って現れる。
男はチサトの前にある椅子に腰を降ろすと、おもむろにボールを指し示して口を開いた。
「これかね?君が探していたのは?」
「あっ。はい。これです。あの・・返していただけますか・・・?」
「別に構わんが・・但し・・条件がある・・・」
「何・・ですか?」
息を飲みながらチサトは尋ねた。
「薄々察しているかもしれんが・・・。このボールのおかげでうちの窓ガラスが一つ壊れてしまったのだがねぇ」
「や・・やっぱり・・そうでしたか・・。も・・申し訳・・ありません・・でした・・」
「謝ればいいというものでもあるまい?」
「わ・・わかって・・います・・。か・・必ず・・弁償・・します・・・」
「そういうことではないのだよ。別に弁償してもらおうとは思っていないのだよ」
チサトは男の答えに怪訝そうな表情を浮かべる。
だが、男はそれを無視してさらに言った。
 「ところで・・君の名は?その格好からすると修道士のようだが?」
「す・・すいませんっ!名乗りもしないで!チ、チサトといいます。だ、ダンジュー修道院のみ、見習い修道士です」
緊張した声でつっかえながらチサトは答えた。
「やはりそうか。名乗らぬのは失礼だから一応私も名乗っておこう。私はヴィトン、芸術家だ」
男はそう名乗る。
「さて・・・本題に入ろう。君は本当に悪かったと思っているかね?」
「は・・はいっ!ゆ・・許して・・いただけるなら・・・ど・・どんな・・ことでも・・します・・・」
チサトは身をこわばらせつつ答える。
「いい答えだ。実を言うと君の誠意を見せてもらいたいと思っていたのだよ。一応その心づもりはあるようだな」
ヴィトンは薄く笑うと言葉を続ける。
 「では・・一つ聞かせてもらうが・・・君は修道院では何か仕出かしたときはどんな処罰を受けているのかね?」
その問いにチサトはハッとする。
「あ・・あの・・・どうしても・・話さなくては・・いけませんか・・?」
恐る恐るチサトは尋ねる。
恥ずかしかったからだ。
「まさか嫌なのかね?君の誠意はその程度のものだったのかね?」
芸術家の問いにチサトはグッと言葉に詰まる。
そもそも窓ガラスを壊したのはこちらなのだ。
どんなことでもすると言った以上、たとえどんなに恥ずかしくても向こうの言う通りにするのが筋だった。
 「わ・・わかりました・・。お・・お話・・します・・・」
チサトはようやくそう言うと、何度か深呼吸をする。
ようやく落ち着くと、チサトはゆっくりと口を開いた。
「ぼ・・僕が・・わ・・悪い・・ことを・・し・・したときは・・その・・あの・・お尻を・・ぶたれる・・お仕置きを・・さ・・されて・・います・・・」
「もう一度言ってくれないかね?よく聞こえなかったのだが」
ヴィトンは薄らと笑みを浮かべながら言う。
本当は聞こえていたが、わざと聞こえない振りをしたというのが明らかな笑みだった。
「お・・・お尻を・・ぶたれて・・います・・・」
耳まで真っ赤にしつつも、ようやくチサトは答える。
「なるほど・・お尻をねぇ・・・」
ニヤニヤと笑みを浮かべつつ、芸術家はチサトに視線を向ける。
チサトはヴィトンの視線を感じるや、恥ずかしさに上着の裾をギュッと握りしめ、両手をブルブルと震わせる。
 「それならば・・・・修道院同様、お尻を叩くのがいいだろうなぁ」
ヴィトンの言葉にチサトは表情を強張らせる。
芸術家はチサトのそんな姿を盗み見るとほくそ笑みながら
「どうしたのかね?まさか嫌だとでも」
「い・・いえっ!」
慌ててチサトは首を横に振る。
どんなに恥ずかしくても約束は約束、芸術家の言うことに異議を唱えるなどもっての外だった。
「ふふ・・・では・・・そこにうつ伏せになってもらおうかね」
そう言うと芸術家は小ぶりなテーブルを指し示す。
チサトはゆっくりと立ち上がると、おずおずとテーブルの方へ向かう。
一歩近づくたびにチサトの喉は恐怖にひくつき、顔色が変わる。
その恐怖に撃ち震える表情を、ヴィトンは興味深げにジッと観察していた。
 テーブルの傍までやってくると、チサトは食い入るようにテーブルを見つめる。
(こ・・この・・上に・・・)
チサトはゆっくりと身体を倒してうつ伏せになろうとする。
だが、うつ伏せになればお仕置きをされるのは目に見えている。
そう思うと怖くてとてもうつ伏せになどなれなかった。
 (何言ってるの!皆で遊んでて窓割ったんだから怒られてるんじゃないか!僕が責任持たなきゃいけない立場なんだから幾ら恥ずかしくても怒られるのは当たり前!)
恐怖に屈しそうになる中、チサトは自身を叱咤する。
それで勇気が出たのか、恐る恐るだがチサトはうつ伏せになると、縁を両手で掴んでお尻を突き出した。
 「ふぅむ・・神妙だな・・。だが・・・これではありきたりだな・・おお・・そうだ」
何かを思いついたのか、芸術家はいきなり立ち上がると隅の方へゆく。
しばらくするとヴィトンは車輪付きの全身が映るタイプの鏡を二つ持ってきた。
(何を・・するつもり・・なんだろう・・?)
チサトが怪訝に思っているとヴィトンは前後でチサトを挟むように鏡を配置する。
おかげで、鏡を通して顔と修道服に包まれたお尻がチサト自身に見えるようになった。
(ちょ・・こ・・この状態って・・)
チサトは鏡のせいで表情とお尻がチサト自身に見えてしまうことに気づく。
そんなチサトを尻目にヴィトンは修道服を捲り上げるとクリップで背中に裾を留めてズボンを降ろす。
あっという間に小ぶりで形のよい白桃のように瑞々しいお尻があらわになり、それが鏡に映る。
 「あ・・・・・」
声を漏らすや、チサトは耳まで真っ赤に染まる。
(お・・お尻・・見られてるんだ・・・)
そう思うと恥ずかしくてたまらず、ブルブルと震えている。
ヴィトンはそれを見るや、ニヤニヤと笑みを浮かべた。
「ふふふ・・・・それでは行こうか。覚悟したまえ」
芸術家はうっすらと笑みを浮かべて宣告する。
チサトは両手でテーブルの縁をしっかりと掴み、目をつぶるとお尻にキュッと力を入れる。
それを見るとヴィトンはゆっくりと片手を振り上げた。


 バシィンッ!
「うっっ・・・・!!」
乾いたような音と共に強い衝撃がお尻の表面で弾ける。
思わずチサトは詰まったようなうめき声を漏らす。
バシィンッ!バシッ!ビダァンッ!バアアンッ!
チサトは口をしっかりと閉じ、声を漏らさずに耐えようとする。
とはいえ痛いのだろう、ぶたれるたびに表情が強張り、身体のあちこちに力が入る。
 (な・・・何で・・ぶたれてるの・・・?)
苦痛をこらえながらチサトは正面の鏡に視線を向ける。
鏡に映ったヴィトンの手には金属製の定規が握られていた。
(う・・・嘘っ!)
チサトは驚愕する。
まさか道具を使われるとは思わなかったからだ。
 「どうしたのかね?そんな驚いた顔をして?」
ヴィトンはチサトの表情を見るとそう尋ねる。
「あ・・あの・・それで・・叩く・・んですか・・?」
恐る恐るチサトは尋ねる。
「決まっているだろう。まさか文句があるとでも?」
「い・・いぇ・・・」
自分が悪いと思っているため、チサトは文句を言うことも出来ず、スゴスゴと引っ込まざるを得ない。
「ならば大人しく罰を受けたまえ」
「は・・はぃ・・」
チサトはそう答えると再びお仕置きを受ける態勢を整える。
ヴィトンはそれを見るとニヤリと笑みを浮かべ、定規を振り下ろした。
 バアシィンッ!ビダァンッ!バアアアンッ!バアッチィンッ!
「・・・ぁ・・・ぅ・・・っ・・・ぁ・・」
チサトは両手で縁を握り締めて必死に耐えきろうとするが、さすがに苦しいのだろう、微かにうめき声を漏らす。
(ほほぅ・・・じっと耐えようという心づもりか。なかなかのものだな)
チサトのそんな態度にヴィトンは感心したような表情を浮かべる。
(だが・・どこまで持つかな?)
不意にヴィトンはニヤリと意地の悪そうな笑みを浮かべた。
同時に定規を振り下ろす手に力を込める。
 ビシィッ!バシッ!バチンッ!ビシィッ!バチンッ!
「ひ・・う・・く・・あ・・う・・」
指先が食い込まんばかりにテーブルの縁を握りしめ、さらに大きなうめき声を漏らす。
より強まった苦痛を堪えかねているのだろう、モジモジと身体を無意識に動かしている。
鏡に映った顔は頬が上気して赤く染まり、目尻には涙が浮かんでいる。
しかも、鏡同士の反射により正面の鏡にはチサトのお尻も映っていた。
 お尻は既にピンクから赤へ濃さが変わっている。
定規が叩きつけられるたびに短冊状の跡がお尻についてはピンクの肌を赤へと変えてゆく。
「ひゃ・・きゃ・・あ・・あうぅぅ・・・」
よりうめき声に苦しさが増したかと思うと、表情にも変化が生じた。
目尻にほんのり浮かぶ程度だった涙が頬を伝わってゆっくりと滴りだしたのだ。
一ミリ、また一ミリと涙はゆっくり降りてゆく。
やがて卓上に達すると微かに卓を濡らし始めた。
 「ふふふ・・どうかね?鏡に君の顔とお尻が映っているぞ」
お尻を叩きながら顔を近づけると、ヴィトンは囁くようにチサトに話しかける。
その言葉に反応したのだろう、無意識にチサトは鏡の方へ視線を向ける。
すると否応なしに自分の泣き顔とお尻が目に飛び込んできた。
 (うわ・・・)
顔は涙でグッショリと濡れており、お尻もワインレッドに染め上がっている。
(僕・・お・・お尻・・叩かれて・・泣いてるんだ・・・。その上・・お尻まで・・人に見せちゃって・・るんだ・・・)
否応なしにその事実を突きつけられ、恥ずかしさに顔を背けたくなる。
 (ふふ。恥ずかしがっているようだな)
ヴィトンはチサトの態度に満足そうな笑みを浮かべる。
「ふふ、恥ずかしいものだねぇ。いい年をしてお尻をぶたれて。こんなに泣いて。まるで幼稚園児のようだねぇ」
傷口に塩でも刷りこもうとするかのように、芸術家は容赦のない追い討ちをチサトにかける。
 「ご・・ごめ・・ごめん・・なさい・・ごめん・・なさい・・・」
お尻を叩かれながら、チサトは謝り始める。
もう、限界だった。
お尻も痛いが、それよりも何よりも恥ずかしかった。
今まで何度もお尻もぶたれてきたが、こんな風に恥ずかしさを掻き立てられることはなかったからだ。
バシンッ!ビシィッ!バチンッ!ビシィッ!バアンッ!
「ひっ・・ごめ・・ごめん・・なさい・・ごめんなさいっ!ま・・窓・・ガラス・・壊して・・ごめん・・なさい・・ごめんなさいっ!」
チサトは喉を詰まらせ、ボロボロ涙をこぼしながら必死に謝る。
「反省したかね?」
「し・・しましたっ!に・・二度と・・ご迷惑・・かけるような・・ことは・・しませんっ!」
「いい子だ。では許してあげよう」
そう言うと、ようやくヴィトンは定規を振り下ろす手を止めた。


 子供達がドキドキしながらジッと門の様子を伺っていると、ようやくチサトが姿を現した。
チサトはボールをしっかりと抱えている。
どうやら無事に取り返してもらったことを知ると、子供達はチサトに寄ってきた。
「チサお兄ちゃ~ん~」
「皆、待たせちゃったかな?」
「ううん~」
「よかった・・あ・・」
不意にチサトは顔をしかめると身体を崩しかける。
 「どうしたの?大丈夫?」
子供達は心配そうな表情で覗き込むようにして尋ねてきた。
「だ、大丈夫。ちょっと転んでお尻ぶつけちゃっただけだから」
チサトはそう言って誤魔化した。
「それよりもう遅いからね。皆、帰ろう?お母さん達が待ってるからね」
「うん」
そういうとチサトは子供たちを引き連れ、一緒に歌を歌いながら修道院の方へ帰って行った。
 その頃、アトリエにはヴィトンの姿があった。
ヴィトンは何かに衝かれたように絵を描いている。
それは己の犯した罪の化身に責められる若い修道士の恐怖を描いたものだった。
奇しくもその責められる修道士はどこかチサトに似ており、修道士に恐怖を与える存在はヴィトンに似ていた。


 ―完―
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