沈黙の戒律・後日譚(四片様より)

――――――・・











 あんなでも。

 ・・あんなでも、きっと誰かが泣いたのかもしれない。











「ここが近道なんだよね~」

 軽い足取りで夜闇を抜ける、その影の正体はとても綺麗な青年だった。端正な顔立ちが月明かりに僅か照らされる。森の木陰に隠されていた髪も、月の下銀色に翻った。

「えへ~・・っ儲かっちゃったぁ。・・・・・・花だけど」

髪と一緒に夜に翻るのは、その手の中・・白い花だった。青年はそれがマーガレットという花だと知っていた。

「くれるのはいいけど、なんで花?まあいっか、母さんの好きな花だし!」

 えへへと喜色満面の青年が今までいたところ。それは聖職者が夜中抜け出して行くには到底ふさわしくない場所だった。お酒に賭け事に色事・・ついさっきまで、青年はそんな世界に浸っていた。

 店を出る間際に寄越された一輪のマーガレット。それは青年の母親が、いつか笑顔を向けた花だった。クラリス・・清廉な彼女に似合う、白い花。

「母さんに送ればきっと喜・・・・ぁあーっ」

 かのひとの手に渡ったときのあの笑顔を思い浮かべて幸せに浸っていた青年だった。けれど、思い当たったらしい。立ち止まって叫んだかと思うと、意気消沈してうなだれる。

「・・・送れるわけないじゃん。だいいち、っ」

 そう。第一。この花のことをどう説明するのか。夜、寝ている間に勝手にわいて出てきましたとでも言ってみたあかつきには・・。疑われて、白状させられて、・・終わりだ。

 はぁぁぁ・・・と。白いマーガレットを手にしたまま、青年は深くため息をついた。

 そんな青年の心情などに構わず、月明かりも夜闇も変わらずにある。流れる時の中で、さやさやと葉の擦れる音だけが不規則だった。遠くに聞こえる音が促したのか、青年はふと顔を上げた。

 あたりは夜の墓地だった。修道院から抜け出す際。近道に最適な、人気のあるはずのない場所。青年が顔をあげたこの時にも、人気があるはずがもちろん無かった。静寂という空気に満たされているそこで、青年は一つの墓石に目をとめていた。

 銀糸が頬をかすり、そよぐのに、青年はただぼんやりとその墓石を見つめた。



 ついこのあいだ、ここにたくさんのひとが立った。青年もここに立った。たくさんの偉い人たちのずっと後ろから、やっぱり今と同じように感慨もない瞳を向けていた。悲しみはわかなかった。

 隣に、あの心優しい少年がいた。こんな夜中抜け出すような問題児と付き合ってくれる、心の優しい少年は、やっぱり隣で死を悼むようにうなだれていた。

 あの先輩もいた。みんなの顔を覗き込んだわけではないから、表情は分からなかった。



 あんな散々なひとだった。だから、悲しみはわかなかった。さすがに最後まで黙って立って。ただただ最後。先輩に促されてみんなと背を向けた。

泣いている少年を、先輩が静かに宥めているのをすぐそこで聞きながら。

僅かに振り返った向こうに、その墓石は温みも持たずにあった。



 あんなでも。

 ・・あんなでも。きっと、誰かが泣いたのかもしれない。



「・・・」

 耳に残る弔いの鐘。青年は青い瞳に静寂を湛えたまま、その手を持ち上げた。

 月明かりを吸い込んだような白い墓石。銀色にさえ透けて、静かに持ち上げた手から花が抜けていった。・・夜闇に散って咲いたのは、白いマーガレット。

 銀色の髪の青年に、追い風が吹き込む。黙り引き結ばれた形の良い唇が、その墓石に向かって開かれることはなかった。



 ・・・あんなひとでも。

 きっと、だれかが泣いたんだろう。ほんとうに。



 落とされた花も、立っていた墓前も。何事もなく背後にして、青年は足を踏み出し、駆けだした。

「ぁぁあ~・・やっぱり早く帰っとこ・・!」

 あとに残る白い花びら。







 ――――・・・さようなら。



 ―完―


 四片様より、ダンジュー修道院の「沈黙の戒律」を題材に、素敵な作品を頂きました。
自分で書いておきながら、副院長に容赦ないお仕置きをされているチサがかわいそうになってしまい、それで副院長に二度と怖い目に合わないようにとのあまり、副院長にはひどいことをしてしまったのですが、それだけに可愛そうなことをしてしまったという気持ちもあり、副院長への追悼を捧げて下さった四片様には本当に感謝の限りです。
 ラウールも本当にらしくて、それだけに四片様のダンジュー大好きという気持ちも伺えるように思います。本当に素敵な作品を書いて下さり、ありがとうございました。
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