ダンジュー修道院4 図書整理

 新年が数日後に差し迫った、冷え込むある日、ダンジュー修道院では、修道士たちが、総出でせわしなく働いていた。
ある者は箒を手にし、またある者は雑巾で椅子や説教壇などを丁寧に拭いている。
かと思えば、ワックスで廊下や床を綺麗にしている者たちもいた。
今日は大掃除の日。
院内の隅々まで掃除するのだ。
今年一年の汚れを完全に落とし、年越しの準備に取りかかるのだ。


 「ふうう・・・」
額にじっとりと浮かんだ汗をぬぐいながら、チサトは一息ついた。
彼は、修道士たちの談話室の掃除をしていた。
冷たい水に雑巾をつけてはしっかりしぼって床をふく。
それを何度も何度も繰り返して、ようやくさっき終わったのだ。
疲れない方がおかしい。
不意に、ドアが開いて、誰かが入ってきた。
入ってきたのは、赤髪で屈強な体格の修道士。
バルバロッサだ。
「あれ、どうしたんですか?バルバロッサさん?」
「チサト、ここは終わったのか?」
「はい。さっき終わったばかりです」
「そうか。ところで、ちょっといいか?実は図書室の方を手伝ってほしいんだよ」
「図書室ですか?」
「ああ。本の整理とかせにゃあならんのだ。俺達だけじゃあ手が足りねえんだ。悪いがちぃと手え貸してくれや」
「わかりました」
「すまねえなぁ。チサトだって疲れてるだろうによ」
「大丈夫ですよ。僕だけが疲れてるわけじゃないですし」
そういうと、チサトはにこりと笑顔を浮かべながら言う。
(本当・・・素直で真面目でいい子だよなぁ・・・。ラウールの野郎とはえらい違いだ。あいつ、何だかんだと言い訳こしらえてすぐさぼりやがる)
チサトの言葉を聞くや、バルバロッサはそう思わずには、いられなかった。

 
 「くしゅん!」
倉庫で、儀式用の銀器を磨いていたラウールは思わず、くしゃみをした。
「おや、ラウール。風邪かい?」
一緒に作業をしていた修道士が尋ねる。
「いいや、たぶん、誰かが俺の悪口言ってるんだよ」
「ハハハ、違いない。お前の日ごろの行い見てれば陰口の一つも言いたくなるしな」
「なんか・・・ムカつくな・・・・」


 10分後、チサトとバルバロッサの姿は図書室にあった。
大きな本棚が幾つも並んでいる。
ここには、聖書や聖人伝をはじめ、現代の宗教学者の論集をはじめとする様々な本が揃えてある。
元来、修道院というのは研究の場でもあり、中世ヨーロッパにおけるシトー派などの有名な修道院の日課を見てみても、読書の時間などが設けられている。
この修道院でもそうであり、時間や日を決めて、聖書や有名な宗教家の著書などの勉強会を行っていた。
「いつも勉強会で来てますけど、改めて見るといっぱいありますね・・・」
「ああ・・・。これを整理しなきゃあならんのだよ。間違った場所にあるのを戻したりとか・・・」
「ああ、つ、つ、連れて来てくれたのかい」
不意に、二人の後ろから誰かが声をかけてきた。
現れたのは、30代くらいの修道士。
青白い顔で顔がピクピクとけいれんしている。
彼の名はニック。
図書館司書の資格を持っているため、ここの司書をしている。
「おう、ニックか。チサトなんだが、いいか?」
「か、か、構わないよ。仕事自体はた、た、た、単純だし」
どもりながら、ニックはしゃべる。
彼は昔、事故にあったらしく、それで顔が常に引き攣り、また、どもるようになったらしい。
「そ、そ、それじゃち、ち、チサちゃん。こ、こ、このリストにあ、あ、ある本を、元の棚へ、も、も、戻してく、くれ、るかい?」
そういうと、ニックは紙を渡す。
そこには、本の名前と戻す棚の場所が書かれていた。
「お、お、終わったら、ま、また渡、す、から」
そういうと、ニックは奥の方へ戻ってゆく。
チサトはバルバロッサと一緒に、作業に取り掛かった。


 「えーと・・・これはこっちの棚で・・・」
チサトはリストにある本を載せた台車を押しながら、本棚の間から間へ動いてゆく。
正しい棚のところまで来ると、戻すのだ。
その際、低い場所ならばそのまま戻し、高いところにあると、はしごを使って登るのである。
幾つかの本を戻しているうちに、チサトは、一つの棚にたどり着いた。
「ええと・・・この本は・・・一番上の棚と・・・」
チサトは本を二つ抱えると、本棚の一番高いところに向かってはしごを立てかける。
はしごをかけると、チサトは一段一段、ゆっくりとのぼってゆく。
棚の一番上のあたりまでやってくると、チサトは本を、番号にしたがって正しい位置に入れる。
「あとはこっちに一つ・・・」
すぐ後ろの棚だと気付いたチサトは、棚を押し、はしごを後ろへ傾ける。
途中で方向転換すると、後ろの棚に対して、正面となる。
あとは、うまく手をついて着地すればいいだけだった。
手を伸ばしてチサトは、後ろの棚へ着地しようとする。
だが、そのとき、力の加減を間違えたことに、彼は気付いた。
「あっ・・・・」
叫んだが、時既に遅し。
本棚はぐらりと傾くや、後ろの棚に倒れてぶつかった。
それを皮切りに、U字型に並べられている本棚が次々と、まるでドミノ倒しのようにゴンッ!ゴンッ!と派手な音を立てて倒れてゆく。
一つ倒れるごとに本が流れ落ち、床に散乱する。
(ど・・・ど、ど、ど、どうしよう・・・)
チサトは突然の事態にパニック状態になる。
動揺のあまり、自分も辛うじて立っているはしごの上にいることを忘れていた。
ハッとしたときには、はしごがぐらつき、床に散乱した本の山が目に飛び込んできた。
「きゃあああああ!!!!!!!」


 「なっ!なっ!なんじゃあいっ!!!」
別の場所で蔵書整理をしていたバルバロッサは、突然のチサトの悲鳴を聞きつけ、急いで駆けつける。
駆けつけるや否や、目の前の惨状に、思わず呆然とした。
「こ、こいつは・・・」
「ど、ど、どうし・・・のわあああ~~~~~っっっっっっっ!!!!!」
ニックも奥の部屋から飛び出してくるや、叫び声をあげる。
「きゃああっ。本がっ!本があっ!!」
本という本が見事なまでにぶちまけられた光景にニックは絶叫する。
それを尻目に、バルバロッサはチサトに駆け寄った。
「ぐったりしてやがる・・・」
バルバロッサは気絶しているチサトを抱き上げるや、半狂乱のニックに言伝てして、意味室へチサトを連れて行った。


 (あれ・・・ここは?)
ぼんやりとした意識の中で、チサトは目を覚ました。
天井らしいものがおぼろげながら見える。
やがて、意識がはっきりすると、チサトは自分が医務室にいることに気付いた。
「な・・・何で・・・痛っ!」
チサトは今までのことを思い出そうとして、腕が痛むことに気がついた。
見てみると、左腕に包帯をしている。
「気付いたか」
チサトが起きると同時に、バルバロッサが声をかけてきた。
「あっ。バルバロッサさん。どうしてここに?」
「どうしたもこうしたもねえよ。本棚っつう本棚が倒れて本が洗いざらいぶちまけられたかと思やあ、お前が床で気絶してたんだよ」
「あっ・・・」
チサトは全てを思い出した。
「医者に見てもらったが。幸い軽い打撲だとよ」
バルバロッサはほっとしたような表情とともに、言う。
だが、その直後、厳しい表情になった。
「チサト・・・覚悟はいいか・・?」
低いトーンでバルバロッサは聞いてくる。
「は・・はぃ・・・」
チサトは震えるような声で言った。
自分の失敗で、皆が整理に追われることになるだろう。
迷惑をかけることになったのだから、思い出した時点でお仕置きは覚悟していた。
「じゃあ、こっちきな」
バルバロッサは、膝を指し示す。
チサトはベッドから起きると、バルバロッサの膝に乗った。
裾を捲り上げ、ズボンを下ろすと、白いお尻が露になる。


 バシンッ!
「くぅ・・・」
真っ赤な手形がお尻につくと同時に、チサトは小さくうめく。
バンッ! バシッ! バアンッ!
「くっ・・うっ・・・あっ・・・」
バンッ! バンッ! バンッ!
「うっ・・・く・・はぁ・・・」
バシッ! パアアンッ! バシンッ!
「うっ・・・くっ・・・はっ・・・」
バルバロッサの大きな手がチサトのお尻を叩くたびに、チサトはくぐもった声を立てる。
どうやら、声を立てないように、必死になって押し殺しているらしい。
「チサト、誰も聞いてやしねえんだ。ラウールの馬鹿みたいに、思いっきり泣いてもわめいてもいいんだぜ?」
少し、優しい声でバルバロッサはそういう。
思いっきり泣いたり叫んだりする方が、痛みがある程度やわらぐのだ。
お仕置きとはいえ、バルバロッサは、チサトの痛みや苦しみは、緩和できるものならしてやりたかった。
「い、いいん・・・です・・・。み、皆に迷惑かけるようなことしちゃったのは・・・僕なんですし・・・。お、お仕置きされるのも・・僕が悪いんですから・・」
チサトは少し苦しそうな声でそういう。
(真面目なのはいいが・・・。こういうときにそういわれてもな・・・)
思わずバルバロッサは苦笑してしまう。
(まあ、しばらくすれば、助け舟を出してやりゃあいいか)
そう考えると、バルバロッサは再び、手を振り下ろした。


 バアンッ! バチンッ! パアアンッ!
「く・・・う・・・ふ・・・」
チサトは苦しそうな息を吐く。
さらに十数回ほど叩かれたお尻はほんのり赤く染まっていた。
(潮時だな・・・)
バルバロッサはそう思うと、口を開く。
「チサト、反省したか?」
「し・・・しました・・・」
「それじゃあ、何が悪かったんだ?」
バルバロッサはチサトに尋ねる。
どういう理由でお仕置きされるか、はっきりさせておかなければ意味ないからだ。
「と、図書室の本を倒しちゃったこと・・・です・・」
「そうだな?それが何でいけないんだ?」
「み、皆に迷惑かけるから・・・です」
「そうだ。それから?」
「え?それだけじゃあないんですか?」
意外な問いかけに、チサトはきょとんとした顔を浮かべる。
「チサト、もう一つあるだろう?わからないか?」
「ご、ごめんな・・・さい・・・わからないです・・・」
その言葉に、バルバロッサは残念といった表情を浮かべる。
「それじゃあ気の毒だがまだ許してやるわけにはいかねえな」
バルバロッサも、不本意そうな表情を浮かべると、足を組んだ。
おかげで、チサトのお尻が高く上がる。
同時に、バルバロッサは手を振り下ろした。


 バッシーンッ!
今までとは比べ物にならないくらい強い衝撃がチサトのお尻を襲った。
「ひゃ・・・ああっ・・・」
こらえようと思ったものの、思わず声が出る。
バシンッ! バアアンッ! バチンッ!
「きゃあっ・・ひゃんっ・・・ああんっ」
チサトは先ほどとは違い、声を上げる。
あまりにバルバロッサの平手打ちが強いので、声を出さずにはいられないのだ。
バンッ! バチィンッ! バアアンッ!
「どうして・・・わかんねえのかよ・・・・」
バンッ! バアアンッ! バッチーンッ!
「ひゃあっ。ああっ。ほ、本当に・・・わかんないっ・・・ですってば・・・」
バシッ! バアアンッ! バチィンッ!
「よおっく・・考えるんだっ」
バッシーンッ! バアアアンッ! ビシャアンッ!
「だって・・・僕他に悪いことしました?」
チサトは思わずそう尋ねる。
図書館をメチャクチャの状態にしたことはわかっている。
だが、それ以外に自分がどんな悪いことをしたか、思い浮かばないのだ。
「チサト・・・よおく考えて見ろ。尻叩かれるのはどんなときだ?」
そう尋ねられ、チサトは考え込む。
(お尻叩かれるとき・・・悪いことしたとき以外で・・・何かあったっけ?)
チサトは膝の上に載せられたまま、一生懸命、考える。
そのとき、包帯が巻かれた自分の手が目に映った。
その包帯に、チサトの頭にひらめくものがあった。
「もしかして・・・僕が怪我したから・・ですか・・・」
「そうだ・・・」


 不意に、チサトはバルバロッサの膝が震えていることに気がついた。
お尻の痛みをこらえつつ、見上げると、バルバロッサが肩を震わせている。
「は・・はじめ・・見たときゃ・・・し・・心臓がと・・飛び出る・・ほど・・た・・たまげそうに・・なったんだぜ・・・。どでけえ音がしやがったかと・・駆けつけたら・・お、おめえが・・本の山の上で・・ぐったりだぁ・・・。急いで医務室に駆け込んだんだ。
軽い打撲だと医者は言ったがあ、俺ゃあ気が・・気じゃあなかった・・・。み、見立て違いで・・本当はえれえことになってやがん・・じゃあ・・ねえかってなぁ・・・」
そこから後は、言葉が続かなかった。
その海賊のような顔には不釣合いな涙を浮かべたのだ。
「お、おおお落ち着いてください!!」
慌ててチサトは立ち上がり、バルバロッサをなだめようとする。
「お、お、落ち着いてなんぞいられけえ。お、お前が生きるか死ぬかの瀬戸際じゃあねえかと思えばよおお・・・」
バルバロッサは今にも狂乱状態になりそうだった。
チサトはそんなバルバロッサの首に腕を回すと、後ろから抱きつく。
「ねえ、バルバロッサさん。僕の体温がわかります?」
「ああ。暖けえ。背中からお前の心臓の音まで伝わってきそうだぜ」
「僕は無事ですよ。心配かけてごめんなさい」
「わかってくれりゃあいいんだ」
そういうと、バルバロッサはチサトと向き合い、優しく抱きしめてやる。
「チサト、尻大丈夫か?今日はいつもよりキツク引っぱたいちまったしよぉ」
「痛いです。でも、バルバロッサさんの思いが籠ってますから、どうってことないです」


  ―完―




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