ダンジュー修道院・番外編2 悪魔と天使



 高い木の枝にまたがり、双眼鏡で彼はジッと修道院の様子を伺っていた。
見た目は普通の人間に似ているが、背中に真っ黒な蝙蝠の翼が生えていた。
悪魔だ。
 (誰にするか・・・?)
悪魔は双眼鏡を覗いて労働中の修道士達を観察している。
覗いているのは魔法の双眼鏡。
これを使えば建物の中にいて普通なら外からは見えない修道士でも透視することが出来る。
悪魔は修道士の仕事振りをジッと観察する。
そのうち、彼はある修道士に目をつけた。
 彼が観察しているのはエメラルドのような見事な緑の瞳と髪の持ち主。
チサトだ。
じっくり観察しているうちに、彼は目をつけた若い修道士がどうやらそそっかしい人物であることを確信する。
(ようし・・・・。あいつならぴったりだ)
そう決めると悪魔は双眼鏡をしまい、翼を広げて修道院の建物の方へ飛び立った。


 悪魔に目をつけられたことなどちっとも知らないチサトは礼拝堂内のワックスがけをしている。
「チサちゃ~ん、いる~?」
礼拝堂脇のドアが開いたかと思うとラウールが入ってきた。
「あれ?ラウールさん、どうしたんですか?」
「うん。チサちゃんに頼みがあるんだけどいい?」
「いいですよ。何です?」
「実は薪割りしてくれって言われたんだけどさ。一人じゃ大変なんで手伝ってくれる?」
「いいですよ」
「ありがと、チサちゃん」
 悪魔は二人の会話にジッと耳を澄ましている。
(薪割りか・・・・)
悪魔は素早く頭の中で計画を組み立てる。
いい手が思いついたのだろう、悪魔はほくそ笑むような笑みを浮かべた。
 ゆっくりと斧を振り上げると、台の上に乗せた薪目がけてチサトはゆっくりと斧を振り下ろす。
斧が食い込むや、今度は斧ごと台に薪を叩きつけ、二つに割る。
小柄でほっそりした身体には大変な作業だが、文句を言わずにチサトは黙々と薪を割り続ける。
「つ・・疲れた~~~~~」
その隣ではラウールがすっかりへたばってしまい、地面に座り込んでいた。
「大丈夫ですか、ラウールさん?」
すっかりへこたれてしまっているラウールにチサトは薪を割りながら声をかける。
「もうダメ・・。疲れた・・少し休ませて・・・」
そういうとラウールは少し離れたところで腰を降ろす。
「チサちゃんも少し休んだら?疲れたんじゃない?」
自分だけ休んでいると体裁が悪いと思ったのか、ラウールはそう声をかける。
「大丈夫ですよ。ラウールさんは一休みしてて下さい。もう少ししたら僕も一息入れますから」
「そう。じゃあお言葉に甘えちゃおっかな」
そういうとラウールは一息入れる。
チサトは斧を振り上げると再び薪を割り始めた。
 屋根の上で悪魔は二人のやり取りを見つめていた。
しばらく悪魔はチサトの様子を伺っていたが、手を広げたかと思うと長い鞭を出す。
鞭を手にするや、斧を目がけて鞭を振り下ろした。
 「あっっ・・・!!」
チサトは声を上げるや、振りむいて宙を飛ぶ斧を見つめている。
思いっきり振り上げすぎたためだろう、斧が手からするりと抜けるようにして飛んで行ってしまったのだ。
斧は回転しながら中庭に接する回廊へと飛んでゆく。
悪いことに回廊を歩いている修道士がいた。
「あ・・危なぁああいっっっ!!!」
叫ぶと同時にチサトは恐怖のあまり手で目を覆い隠す。
しばらくチサトはそのままの体勢でいたが、恐る恐る手をのけて回廊の方を見やる。
斧は深々と壁に突き刺さっており、その下では年配の修道士が腰を抜かして蹲っていた。
慌ててチサトは腰を抜かした修道士の元へ駆けつける。
「す、すいません!だ、大丈夫ですか!?」
冷や汗をどっと噴き出し、驚きと恐怖にかたまっている先輩修道士にチサトは呼びかける。
ようやく我に返った中年の修道士はチサトに支えられながら回廊を後にした。


 (しくじったか・・・・・)
回廊での出来事を見届けた悪魔は残念そうな表情を浮かべる。
斧が飛んだのは彼の仕業だった。
チサトが斧を振り上げようとするのに合わせて鞭を振り下ろし、鞭で思い切り引っ張ることで後ろへ思い切りすっ飛んでゆくようにしたのだ。
そして近くを通りがかった修道士に命中させて悲惨な事故を起こしてやろうとしたのである。
だが修道士達の運が強いのか、失敗に終わってしまった。
(なら別の手を・・・)
そこまで心の中で呟きかけたとき、悪魔は自分の背後に気配を感じた。
 ハッとして振り返ってみると見知らぬ男がいる。
男は無愛想な感じでタバコを吸っている。
その背中には白い鳥の翼。
天使だ。
天使の姿を認めるや、悪魔の表情が戦いに面した者のそれへと変わる。
悪魔と天使が顔を合わせたらやることは一つだ。
 両者はそのままジッと睨み合う。
二人とも石像と化したかのように微動だにしない。
だが、その顔や手の甲からはジンワリと汗が噴き出している。
互いに胃を締めつけられるような極度の緊張感を感じていた。
二人とも相手の気迫を押し返そうと、思い切り相手を睨みつける。
睨みつける目の勢いが強くなるほど両者の身体からは汗が噴き出す。
汗の噴き出す様子は最初は同じだったが、だんだん悪魔の方が増えてきた。
最後には悪魔はその目に怯んだような光を浮かべる。
そのとき、天使が腕を上げたかと思うと手に拳銃が現れた。
ハッとした悪魔は同じように手から拳銃を出す。
だが、悪魔が撃つよりわずかに早く天使の拳銃が火を噴いたかと思うと、光弾が悪魔を撃ち抜いた。
「く・・・・・・」
悪魔は凍りついた表情で自分の胸を見やる。
胸はポッカリと穴が開いていた。
悪魔はへなへなと膝をつくようにして崩れ落ちる。
大穴から火が出たかと思うとあっという間に全身に広がってゆく。
わずかの間に悪魔は骨だけと化したかと思うと、その骨も灰へと変わってあっという間に散ってしまった。
天使は悪魔が消滅したのを見届けると、拳銃を消す。
そして一服したかと思うと、煙草を手で握りつぶして消して飛び去った。


 それから一時間ほど後、チサトは懺悔室にいた。
部屋の奥に据えられた小さな祭壇の前で、跪いた体勢で懺悔の祈りを捧げている。
その体勢のまま祈りの言葉を呟いていると扉が軋む音が微かに聞こえた。
誰かが来たことに本能的にチサトは全身を強張らせる。
振り向きたいと思ったが、懺悔中である以上許しが出るまでそれは出来ない。
ゴクリと息を呑みながら祈りを続けていると、足音がゆっくりとこちらへ近づいてくる。
足音が一歩また一歩と近づくたびに心臓がバクバクと鼓動を速める。
やがて、チサトの脇まで来たところで、ようやく足音が止まった。
 足音は止まったものの、チサトの心臓は変わらずに早鐘を打ち続けている。
これからお仕置きの時間なのは今までの経験からよくわかっていたからだ。
「ちゃんとお祈りしとったんか?」
バルバロッサは片膝をついた体勢になってチサトに尋ねる。
「は・・・はぃ・・・」
ようやく身体を起こすと、声と身体を震わせながらチサトは答えた。
「今様子を見てきたが・・・驚いて腰抜かしただけやそうや」
その言葉にようやくチサトは安堵の息を漏らす。
「んだが・・下手したら怪我どころか死んどったかもしれんのはわかっとるな?」
「は・・はい・・・」
「そんなら・・・わかっとるな?」
バルバロッサの問いにチサトは頷く。
それを見るとバルバロッサは椅子に腰かけ、いつものように軽く膝を叩く。
 チサトはゴクリと息をのむと、ゆっくり立ち上がってバルバロッサの元へ行く。
バルバロッサの前で立ち止まると、チサトはバルバロッサの膝をジッと見つめる。
表情は強張り、食い入るように見つめる瞳には恐怖が見られる。
自分が悪いことはわかっていても、このあと自分を襲う運命を想像すると恐怖で身体が竦んでしまう。
「チサト・・・・」
静かな、だが有無を言わせぬ強い調子でバルバロッサが呼びかける。
その呼びかけにチサトは飛び乗るようにして膝にうつ伏せになった。
 チサトは膝にうつ伏せになると、バルバロッサの上着の裾を両手でしっかりと握りしめる。
恐ろしいのだろう、全身をブルブルと震わせている。
バルバロッサは左手でしっかりとチサトを押さえつけると、慣れた手つきで修道服を捲り上げる。
あっという間にお尻があらわになるや、チサトは恥ずかしさに顔を真っ赤にする。
「行くで・・・ええな?」
震えるチサトにバルバロッサは野太い声で尋ねる。
チサトは目をつぶり、両手でしっかりとバルバロッサの裾を握ったまま頷く。
それを見るとバルバロッサはゆっくりと右手を振り上げた。


 バシィンッッ!!
「・・っっ!!」
強烈な平手打ちにチサトは思わず声を漏らしそうになるが必死に押し殺す。
バチィンッ!ビダァンッ!バァァンッ!バアジィンッ!
声を出すまいとチサトは必死に口を噤み、バルバロッサの裾を握りしめる。
「いつもいつも・・何しとんのやお前は・・・」
平手打ちをくれてやりながら、いつものようにバルバロッサはお説教を始める。
ビダァンッ!バァジィンッ!ビシャアンッ!バアアンッ!
「・・ぅ・・ぁ・・・っ・・・ぁ・・・・」
最初から強めに叩いているからだろう、お仕置きが始まったばかりだが苦痛の声が漏れ始める。
ビッダァンッ!バアッジィンッ!ビダァンッ!バァアンッ!
「お前はそそっかしいんやから周りには気ぃつけぇやといつも言うとるやろ?忘れとんのか?」
お尻を叩きながらバルバロッサはチサトに尋ねる。
痛みに顔を顰めながらもチサトは首を振って否定する。
「そんならなおさらやろ!下手したらどうなっとったと思うとるんや!」
バシィ~ンッ!ビッダァ~ンッ!バッチィ~ンッ!バッアァ~ンッ!
バルバロッサは叫ぶように言うと、さらに強烈に平手をお尻に叩きつける。
 「きゃんっ!ひぃんっ!ひっ!やあっ!」
痛みに耐えかね、思わずチサトは悲鳴を漏らしてしまう。
ビッダァ~ンッ!バアッジィ~ンッ!ビッシャ~ンッ!バッアァ~ンッ!
「頭にでも当たっとったら怪我なんぞじゃすまなかったんやぞ!悪い子やっ!」
バルバロッサは容赦なくチサトのお尻に平手を叩きつける。
ただでさえ厳つくて力持ちな大男が全力でお尻を叩いているのだ。
今やすっかりチサトのお尻はスモモのように見事な赤に染め上がっていた。
「やぁ・・きゃあ~んっ!痛ぁ・・・・痛いぃぃ・・・・」
苦痛のあまり、チサトはバタバタと両脚を動かす。
眼尻には光るものがにじんでおり、頬には涙の跡がついていた。
ビッダァ~ンッ!バァッジィ~ンッ!ビバアッダ~ンッ!バッジィ~ンッ!
「ひゃんっ・・ひぃんっ・・ごめ・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・ごめんなさい~~・・・」
チサトは両脚をバタつかせながら必死に謝る。
「ごめんなさいは当たり前やろうが!今日はホンマに怒っとるんや!幾らお前でもちょっとやそっとじゃ許さんからな!」
バルバロッサは叱りつけるように言うと、さらに激しくお尻を叩き始めた。


 「ハァ・・・・ハァハア・・・・くぅ・・・・ん・・・・」
チサトはぐったりした姿でバルバロッサの膝に横たわっていた。
お尻は今や一回り以上は大きく腫れ上がっている。
表面も熟しすぎてグズグズになりかけた桃のようになっていた。
 「ごめ・・ごめん・・なさい・・・ごめんなさい・・・・ひぃいん・・・ごめんなさい」
しゃくり上げながらもチサトは謝り続ける。
「反省したんか?」
バルバロッサはお尻を叩く手を一旦止めると、声を和らげて尋ねた。
「し・・してます・・・。ひ・・人に・・怪我させそうなこと・・しちゃって・・・ごめん・・なさい・・・」
「わかっとるようやな。ええか、お前さんに悪気が無いのはわかっとる。だがなぁ、もっと周りに気をつけなあかんで。今日は幸い誰も怪我せぇへんかったが、本当に危ないところやったんやからな」
「はい・・・。も・・もう・・・しません・・・」
「ええ子や。痛かったやろ。早う手当せんとな」
バルバロッサはそう言うと椅子にかけてあったブランケットでチサトの身体を覆い、そのまま抱き上げて懺悔室を後にした。


 それから数日ほど後・・・・。
チェーザレはいつものように各領地から上がってくる書類に目を通していた。
隅々にまで目を通してはサインをし、或いは朱筆で訂正をして差し戻す。
そういった作業をしていると、ふと数日前に亡くなった下級悪魔に関する報告書に当たった。
その顔写真はダンジュー修道院で天使と出会った末に命を落とした例の悪魔のものだった。
それを見るとチェーザレは卓上電話を取り、何やら電話で命令する。
しばらくすると二人の悪魔が現れた。
二人とも上着の胸にプレートをつけている。
一人は人事部門で、もう一人は福利部門だった。
 「お呼びですか、ご当主様?」
二人は主君の前に現れると敬礼をする。
「うむ。聞きたいことがある」
「何なりと」
チェーザレは書類を二人に見せながら話しだした。
 「この者のことだが・・・勤務態度や成績・・・家族構成などについて聞かせてくれるか?」
「はい・・・。勤務態度ですが概ねよく勤めておりました。成績は普通といったところでしょう」
「家族ですが妻一人子一人・・・子はまだ幼稚園くらいのはずです」
「そうか。それでは残された者たちも大変だろう。身分は低くともバルツィーニ家に忠勤を励んでくれた者だ。そうそうむげにするわけにもゆくまい」
「仰せのとおりです」
「何かよい仕事があったら亡妻に紹介するように。あと、子供がそれなりに大きくなるまでは手当を支給してやるように」
「はっ。承知いたしました」
チェーザレは素早く必要な命令書を作成し、呼び出された部下達は書類を受け取ると執務室を後にした。
二人が出ていくと、再びチェーザレは別の部署を電話で呼び出す。
「私だ。弔問の手紙を作成してもらいたい。身分や名前は・・・・だ。今までの忠勤に報いるような文面にするように」


 パァンッ!パパパパパァンッ!
凄まじい勢いで撃鉄が立て続けに動いたかと思うと的が悉く吹っ飛んだ。
修道院で悪魔を決闘をした例の天使は的の吹っ飛び方や命中した箇所を見ると、満足そうな表情を浮かべる。
そのとき、携帯電話が震動した。
「もしもし・・・わかった・・・」
天使はそれだけ言うと電話を仕舞う。
「また・・・仕事か・・・」
呟くように言うと、天使は翼を広げて飛び立った。

 ―完―
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