ダンジュー修道院8 病院騒ぎ



  「ゴホッ。コホッ」
背中を少し丸めると同時に、チサトは咳き込んだ。
「大丈夫か?苦しくねえか?」
不安な表情でバルバロッサはチサトに尋ねると、背中をさすってやる。
「大丈夫ですよぉ。風邪くらいで大げさですってばぁ」
チサトはバルバロッサの様子に苦笑する。
もっとも、顔はほんのり赤みがさしており、目もどこか焦点が定まっていないような感じであった。
 二人は、ふもとの町の病院に来ていた。
チサトの様子が朝からどうにもおかしいのに気付いたバルバロッサが、38度近い熱があるのに気付き、連れて来たのである。
「チサトさーん」
看護師がチサトの名前を言うと、チサトはよろよろと立ち上がる。
診察室前の扉までバルバロッサが支えながら連れてゆくと、チサトは看護師に支えられて中へ入っていった。

 「えーと、チサトさんですか?」
医者は目の前に座っている見習い修道士にそう尋ねた。
「はい」
「どこが悪いんですかな?」
「熱が・・・あるんです・・あとせきも。喉もカラカラですし」
「なるほど。えーと口を開けて」
チサトが口を開くと、医者は金属製のへらのようなものを舌に当てながら診察する。
その後、修道服の上着を脱がせ、聴診器を当てた。
「こりゃあ間違いなく風邪ですな。しかも、結構重い・・・」
「あの・・・治りますか?」
「ちゃんと養生すれば大丈夫ですよ。でも、今すごい苦しいでしょ?」
「はい・・・ゴホッ!コホッコンッ」
チサトは数回咳き込んだ。
「ちょっと診察用ベッドに横になってくれます?」
医者がそういうと、チサトはベッドに仰向けに寝た。
「こ・・こうですか?」
「ごめんごめん。うつ伏せになって」
言われた通り、チサトはうつ伏せになる。
すると、医者は枕のようなものを取り出した。
「これをお腹の下にしいて、お尻を上に突き出すようにして」
「はい・・」
チサトは言われた通りにし、ベッド上でお尻を上に突き出すような体勢になる。
「それじゃあ枕をしっかりつかんで・・・お尻の力を抜きなさい」
そう言うと、医者はチサトのズボンに手をかける。
手をかけるや、医者はチサトのズボンを下ろす。
あっという間に、チサトの白くてつるりとした、小ぶりのお尻が姿を現した。

 「きゃあっ。何するんですかぁ?」
突然のことに思わずチサトは叫んだ。
「ああ。ごめんごめん。言い忘れてたよ。これから筋肉注射するから」
「き・・・筋肉注射って・・・。あ、あのもしかして・・・お尻に注射するんですか?」
恐る恐るといった感じでチサトは尋ねる。
「そう。さぁ、お尻を出して」
医者はそういうと、持っている大型の注射器を見せる。
途端に、チサトの顔色は真っ青になった。
 実はチサトは小さい頃、大風邪を患い、筋肉注射を受けた経験があった。
そのとき、非常に痛かったことを覚えており、嫌な思い出として、今でも夢に見たりすることがあった。
そのため、普通の注射は我慢できるのだが、筋肉注射だけはどうにも苦手だった。
「や・・・いやあっ・・」
突然、チサトは起き上がると、逃げようとする。
「あっ!こら、逃げるんじゃない」
慌てて医者はおっかけようとする。
狭い診察室の中で、チサトと医者がぐるぐると追いかけっこを演じる。
やがて、医者がチサトをベッドの片隅に追い詰めた。
「さぁ、大人しくしなさーい」
医者は手を伸ばしてチサトを捕まえようとする。
とっさにチサトは枕を手に取ると、医者めがけて振り下ろした。
「嫌ああっっ!!!」
ガンッ!
枕は見事なまでに医者の顔面に命中する。
「ふ・・ぐおっ・・・」
医者はうめき声をあげると、身体を仰け反らせる。
「いやっ!いやっ!いやあっ!」
恐怖に叫び声をあげ続けるチサトは枕を何度も何度も振り下ろす。
「べっ・・ぶべべべっっっ」
医師は嫌というほど顔面をしたたかに枕で殴られ、声をあげる。
「先生・・。どうな・・・ってきゃー!」
不審に思った看護師が中に入ってくるや、目の前の状況に声をあげる。
とっさに看護師はチサトの背後にまわると、両腕を掴まえた。
騒ぎを聞きつけて、他の看護師も駆けつけてくる。
ようやく、騒ぎが納まると、殴られた医師が言った。
「この患者の付き添いの方をすぐ呼んで来なさい」

 「すんません!ホンマにすいません!!」
バルバロッサはチサトに殴られた医師に、平謝りに謝っていた。
「いや。こちらもミスでした。筋肉注射が苦手な方とは知らなかったもので」
医者はそういうものの、さすがに枕で殴られたのが効いたのか、時おり顔をさすっている。
バルバロッサの後ろでは、チサトがベッドにうずくまっている。
チサトは一言もしゃべらない。
いや、正確にはしゃべれなかった。
彼の唇は、恐怖で震えていた。
何度も頭を下げた後で、ようやくバルバロッサは頭を上げた。
頭を上げると、バルバロッサは医者に話しかける。
「すいません、先生。診察の再開の前にちーと時間くれやせんかね?二人だけでチサトと話ししたいもんで。出来れば音があんまり漏れないところがいいんですが」
バルバロッサはやや強引な、有無を言わせない調子で頼む。
「い、いいでしょう。看護師に案内させましょう」
バルバロッサに気圧されたのか、ちょっと引いた感じで医者が言うと、看護師が二人を奥にある別の診察室に連れて行った。

 誰もいない診察室で二人きりになると、バルバロッサはチサトの顔を見据えた。
「さて・・・チサト。自分が何やったのか、わかってるよな?」
「はい・・・」
チサトは恐々といった表情を浮かべながら、頷いた。
「お前が尻に注射されるのが嫌いなのは仕方ねえ。昔痛え目見たんだからな。嫌がるのも無理はねえ。しかしな。だからって枕で人殴ったり、病院で騒ぐのはいいことか?」
「わ、悪いこと・・・です・・・」
「そんならわかってるな。さぁ、早く来な」
バルバロッサはそういうと、ポンポンと膝を叩いた。
チサトはよろよろとしながら、バルバロッサの膝に向かう。
少し時間がかかったものの、チサトはいつもの通り、バルバロッサの膝の上にうつ伏せになった。
「じゃあ・・・行くぞ・・・」
バルバロッサが声をかけると、チサトは目をつぶる。
同時に、バルバロッサの上着の裾を両手でギュッと握り締めた。

 パチィンッ!
「きゃんっ!」
ズボンの上から、バルバロッサの大きな逞しい手が、チサトのお尻を叩いた。
思わず、チサトは甲高い悲鳴をあげる。
パンッ! パシィンッ! パアアンッ! ピシャンッ!
「やっ・・ああっ・・・きゃあっ・・・ああんっ・・・」
パアンッ! パチンッ! パシンッ!
「注射から逃げるんはともかく・・・」
パシッ! パンッ! ピシッ!
「やあっ・・・ああっ・・痛あっ!」
ピシッ! パアンッ! ペチンッ!
「枕で医者殴るわ・・・」
パシィィ! ピシャァァァン! パァァンッッ!
「おまけにそんな騒ぎ起こすから・・・他の患者とかも迷惑しただろうが・・・」
パシッ! ペチィンッ! パアアアンッ! ピシャアアンッ!
「ご・・・ごめん・・なさいっ!・・・ごめんなさいっ!ごめんなさいっ!」
チサトはバルバロッサの上着の裾をしっかりと握り締め、両目を閉じてお仕置きに耐えながら、許しを請う。
「反省したか?」
バルバロッサが尋ねると、チサトは口を開く。
「し・・しました・・・」
「んじゃあちゃんと注射受けられるな?」
チサトはその言葉を聞くと、押し黙る。
バルバロッサはチサトを抱き上げると、緑色のつやのある綺麗な髪を、乱暴なしぐさでなでながら、海賊さながらの強面には不似合いな優しい表情を浮かべて話しかける。
「なぁチサト。俺だってよ、おまえに痛い思いさせたいわけじゃあねえんだよ。でもなぁ、注射してもらわねえとちゃんと治らねえんだ。俺はお前に早く治って欲しいんだよ。だからな、痛えのや怖えのはちいとだけ我慢してくれや。な?わかってくれるか?」
バルバロッサはそういうと、チサトを抱きしめる。
チサトはバルバロッサの気持ちがわかったのか、少し怯えを残した表情ではあるものの、こくりと頷いた。

 「それじゃあ力を抜いてー」
医者がそういうと、チサトはお尻の力を抜く。
チサトは診察室のベッドの上で、お尻を高く上げた体勢で寝ていた。
医者は、叩かれてほんのり赤くなったチサトのお尻を両手でつかむと、針が刺さりやすいようにもみしだく。
「それじゃあちょっとチクッとするけど、我慢してね」
医者はそういうと、筋肉注射用の大きな注射器を取り出す。
右のお尻の真ん中あたりに狙いを定めると、注射針を突き刺した。
(い、い、痛ッたアアア~~~~~~いいいいいっっっっっ!!!!)
針が刺さるや、チサトは思わず叫びそうになった。
筋肉注射は、通常の注射に比べて針がずっと大きいため、刺されたときもかなり痛い。
しかし、これもまだ序の口に過ぎないのである。
 ズブッ・・・。ズブブッ。
医者は針をゆっくりと押し込んでゆく。
「ふひっ・・・はひぃん・・・・」
チサトはうめき声を漏らし、肩を強張らせる。
同時に、ベッドのシーツをギュッと握り締めた。
筋肉注射では、通常の注射よりもずっと深く針を突き刺す。
針が達するあたりには、神経などが集まっている。
神経の部分に針を突き刺すのだから、痛みも半端なものではなかった。
「はっ・・・ひゃあ・・・」
チサトの額には、脂汗がにじんでいる。
肩や腕も苦痛でガクガクと震えていた。
 チサトの苦痛をよそに、医者は注射器のピストンを押す。
すると、針を通って、中身の薬がチサトのお尻へと注がれていった。
 (きゃあああ!!!熱い!熱いよぉ!お尻が焼けちゃう!)
チサトは、真っ赤に焼けた巨大な焼き鏝をお尻全体に思い切り押し付けられたかのような、そんな強烈な熱さを感じていた。
筋肉注射に使われる薬は、通常の薬よりもずっと強い薬である。
そのため、感じる苦痛もそれに応じて強いものがあった。
針の太さ、刺す深さ、薬の強さ、これらの三つが相まって、筋肉注射というのは、とてつもなく痛いものとなる。
大人でも結構きついものがあるのだから、これが小さい子供だったら、その痛さは尋常なものではない。
それゆえ、小さい頃にこれを経験したチサトにとっては、この上もなく嫌な思い出として、記憶されたのである。
 「ひっう・・・うっう・・ふぇ・・・」
注射をされているうちに、チサトは涙をボロボロとこぼして泣き出していた。
普通なら、いくらなんでもいい年をして注射で泣くなど、恥ずかしいと思うだろう。
だが、チサトにとっては、泣かずにはいられないくらい、つらい試練だった。
チサトは泣きながらも、注射針が抜かれてゆくのを感じる。
やがて、チサトはガーゼやテープを貼り付ける感触を感じた。
「はい、いいですよー」
医者にそう言われると、ようやくチサトは起き上がり、ズボンや上着を直す。
薬の効果でまだ、かっかと燃え上がっているようなお尻をさすりつつ、チサトは診察室を後にした。

 「済んだか?」
診察室を出ると、バルバロッサが声をかけてきた。
「済みました・・・けど・・・痛くて・・・泣いちゃいました・・・」
チサトは目尻に涙を浮かべ、情なさそうな顔をしながら、そういう。
「んだが、ちゃんと注射は受けられたんだろう?」
チサトはその問いに頷く。
「だったらいいじゃねえか。泣こうがわめこうが、痛いのに耐えてきちんと注射は受けたんだ。チサト、傍目にはいくら見苦しく喚こうが泣こうが、痛えのや辛えのを我慢するってのはな、見上げた根性だ。人に馬鹿にされるこっちゃねぇ」
そういうと、バルバロッサはチサトを抱きしめてやる。
「バルバロッサさん・・・」
チサトはバルバロッサの優しい言葉が嬉しかったのか、表情も明るいものになっていた。
「それより風邪がひどくならねえように早く帰るぞ。帰ったら俺の特製卵酒と暖ったけえスープをつくってやるからな」
バルバロッサはチサトをおんぶしてやりながら、そう話しかける。
「ありがとうございます・・・」
チサトはバルバロッサの背中でそう言った。
チサトはバルバロッサの首に両手を廻してしがみつく。
(大きくて・・・暖かい・・・)
チサトはバルバロッサの背中に温もりを感じながら、ゆっくりと眠りに落ちていった。

 ―完―







 



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