ダンジュー修道院17 法要



  去りにしひとを しのぶれば
 ともにしたしみ むつびたる
 ありしすがたは 見えねども
 たまはいかでか 消えぬべき

 死者をとむらう賛美歌が礼拝堂に響き渡る。
礼拝堂の片端にある小型の祭壇の前では、年配の修道士が祈りを捧げている。
礼拝堂の片側の長椅子には、一族と思われる様々な年齢の、だがどことなく似かよった顔が多い人々が座っていた。
 「それでは、リメジー家代々の人々の冥福を祈りましょう。アーメン」
修道士の言葉と共に、長椅子に座っている人々は祈りの言葉を唱える。
 今、礼拝堂で年配の修道士が行っているのはいわゆる法要だ。
法要というと日本では仏教のものというイメージが強い。
だが、法要のたぐいを行うのはキリスト教も同じだ。
というのも、修道院に対して世俗の人々が求めたものの一つに、祖先や肉親の供養があるからだ。
実際、最も有名な修道院の一つであるクリュニー修道院は王侯貴族や富豪の祖先の供養・法要の要求に答える形で大きな発展を遂げた。
ダンジュー修道院でも、日本で言う檀家に当たる人々のために慰霊や供養のための祈りや法要を時々行っていた。
そのため、今日はふもとの街の有力者であるリメジー家の祖先の法要を行っているのである。
 リメジー家の人々が祈りを捧げていると、不意に一人の若い女性が倒れそうになった。
とっさに、法要担当の老修道士の手伝いをしているラウールが女性を支える。
「大丈夫ですか、お嬢さん?」
「は・・はぃ・・」
「気分悪そうですね。ちょっと医務室で休まれた方が・・・」
「お・・お願いします・・・」
「わかりました。アンセルムさん、ちょっと僕行ってきます」
老修道士に一言断ると、ラウールは女性を連れて医務室へ向かっていった。

 「すんませぇ~ん!こっちにビール一つ~~!!」
法要の終わった後、集会室はにぎやかになっていた。
普段は修道士達の会議などが行われるこの部屋は、今は臨時の食堂室に変わっていた。
法要の終わった後、集まったリメジー家の人々がこの部屋を借りて立食形式で会食をしているからだ。
「はーい」
チサトは返事をするとビール瓶を載せたお盆を持って声のした方向に駆けつける。
他の場所でも、修道士たちがせわしなく動いて給仕をしていた。
ある者は飲み物を運び、また別の者は皿を下げる。
他の者は新しい料理を用意していた。
「チサちゃん、悪いけど酒蔵に行ってくれる?ビール足りないんだよ」
集会室内を駆け回りながらチサトが給仕をしていると、先輩修道士の一人が話しかけてきた。
「わかりました。幾つ取ってくればいいですか?」
「一応籠一つ分くらい頼むよ」
「はい」
そういうとチサトは集会室を後にした。

 集会室を後にしたチサトはすぐに酒蔵に入る。
「えーと・・ビールは・・あった!」
チサトは蔵の前の方の棚にあるビール瓶の群れを見つけると、声を上げた。
チサトは運搬用のカートに置いた籠にビール瓶を満杯になるまで入れてゆく。
作業をしながら、偶然少年修道士の目がやや奥のワインセラーに向いた。
「あれ・・・?」
チサトはふと、おかしいことに気付く。
ワインが足りないのだ。
その棚のワインは一昨日補充したばかりだった。
酒蔵の係の立ち合いで作業を手伝ったからよく覚えている。
だが、補充したはずのものが数本無くなってしまっている。
(誰か・・持ち出したのかな・・・)
持ち出しを考えたところでラウールの顔が思い浮かんだ。
(まさか・・・)
と思ったが否定しきれない。
前科がありすぎる。
(そういえば、ラウールさん、気分が悪くなった女の人を医務室に連れて行ってから戻ってきてない・・・)
チサトはビール瓶を詰め込んだカートを押しながら、蔵を後にした。
 
 「全く・・こん忙しいときに・・・」
バルバロッサは思わず愚痴をもらしそうになる。
酒蔵からビールと一緒に戻ってきたチサトから、ワインが無くなっていることを報告されたのだ。
同時にラウールが戻ってきていないことも。
それを聞いたバルバロッサは持ち場を他の修道士に代わってもらい、ラウール探しの真っ最中というわけである。
まず最初にラウールが行ったはずの医務室に行ってみたが、ラウールもその客の女性も来ていないという答えだった。
(となると・・・女と一緒に外へ行ったか、それとも一目につかないところにいるかだろう)
この場合、外に出たというのは除外してよさそうだ。
ワインが無くなっているからである。
恐らくワインをくすねて女とはしゃいででもいるのだろう。
(どこにいる?)
一人だけならどこにでも隠れそうだ。
だが、他人それも若い娘もとなると限られてきそうだ。
(あまり妙なところには・・連れこめんだろうし・・・となると・・)
バルバロッサは修道士用の宿舎に向かった。
医務室担当や門衛などを除くとたいていの修道士が今の時間はリメジー家の会食に追われている頃だ。
宿舎には人がほとんどいないと見ていい。
(だから・・多少羽目を外しても大丈夫だ)
宿舎に入るとバルバロッサは真っ直ぐラウールの部屋に向かう。
部屋に近づくにつれて浮かれ騒ぐような声が聞えてきた。
ラウールの部屋の扉前に立つや、バルバロッサは思い切り扉を開けて中へ踏み込む。
中へ踏み込んだと同時に飛び込んできたのはラウールの姿。
ラウールはすっかり顔が真っ赤になっており、サラリーマンの宴会芸さながらの下手というか滑稽な踊りを踊っている。
その目の前では、同じように酒ですっかり出来上がった若い女性の姿があった。
法要に来ている女性なのは間違いない。
彼女はワイングラスを傾けながら、ラウールの滑稽な踊りに手を叩いて笑い声を上げている。
二人の周りにはつまみやサンドイッチなどが、まるでネズミが食い散らしたかのような様相で散らばっている。
散々に浮かれ騒いだのは間違いなかった。
 「あれ~~~、バルバロッサさんじゃないですかぁ~~。えへへ~~、一緒に飲みます~~~?」
すっかり出来上がっているラウールはそういうとワインの瓶を差し出そうとする。
「いらねえよ・・。それより、どういうことだよ?」
「別にいいじゃな・・・」
突然、酔ったラウールが両頬を膨らまし、言葉に詰まる。
バルバロッサが気付いたときにはもはや遅く、ラウールはバルバロッサの胸に向かっていの中身を洗いざらいぶちまけてしまった。

 「あう・・・」
ラウールは意識を取り戻すや、自分が医務室のベッドに眠っていたことに気がついた。
「な・・何で・・イタタ・・」
ラウールは上体を起こすと同時に頭がガンガンするのを感じ、思わず頭を押さえた。
「酔っ払った挙句の果てに気を失ったんだよ」
突然、声をかけられてラウールは声のした方を振り向く。
すると、バルバロッサの姿があった。
「あっ・・・」
「ようやく・・お目覚めか。覚悟は出来てるだろうな?」
「覚悟・・あっ・・」
ラウールは表情が青ざめる。
自分がやらかしたことを痛む頭で思い出したからだ。
法要に来ていた女性が好みのタイプだったので、ついついうまく説得して自分の部屋に連れ込んでしまい、こっそり持ち出しておいたワインやつまみを肴に散々馬鹿騒ぎを演じた。
 (間違いなく・・・お仕置きされる・・・)
ラウールは表情を強張らせると、酔いの覚め切らない身体を押して逃げ出そうとする。
だが、バルバロッサはその巨体からは想像できない素早さで医務室のドアに先回りした。
 「嫌あああ~~~~~~!離してえええ~~~~~~~!!!」
「大人しくしろ!」
バルバロッサに捕まったラウールは必死で抵抗する。
だが、バルバロッサはラウールの抵抗を簡単にねじ伏せると、いつもとは違って左手で小脇に抱える。
ラウールを小脇に抱えるや、バルバロッサはいつもの通りラウールの上着を捲り上げてズボンを降ろす。
あっという間に白くて綺麗なお尻が姿を現した。
 「やあっ!許してえっ!ごめんなさぁいっ!」
ラウールはお仕置きから逃れようと開始前に謝ってしまおうとする。
「早いうちにごめんなさいが出るのは・・悪いことじゃねえんだが・・・」
バルバロッサはラウールの珍しい行動に醒めた声で応答する。
「お前が言っても口先ばかりにしか思えんでな。覚悟しな」
「やあっ・・やああ~~~!!」
ラウールが恐怖の声を上げるのも構わずバルバロッサは右手を振り上げた。

 バアアアンン!
「ぎゃああんんっ!」
容赦のない音と同時にラウールの悲鳴が響き渡った。
(ひぃん・・い・・痛ったあ~~いっっ・・・)
ラウールは思わず涙が滲みそうになる。
ビッタアアアンン!バッシィィィンン!バアチィィィンンン!
「ひゃああ!ひひぎぃぃ!はぎゃああっ!」
バアアアンン!ビシィィィィ!ビッタアアアンン!
「はひゃがあっ!ひっぎぃぃっ!ごめんなさぁいっ!」
ラウールは抱えられたまま、両手両足を激しくバタつかせる。
 バアアアン!バシィィィ!ビッタアアアンン!
「性懲りもなく・・酒持ち出すわ・・・」
ビシャアアンン!バアアアシィィィンン!ビッタアアアンン!
「ひぎゃあ!はぎゃあ!ひぐおおっ!」
ビッタアアアンン!バッチィィィンン!パアアアアアンンン!
「法要と檀家の会食の手伝いサボるわ・・」
バアアアンンン!ビッタアアアンン!バッシィィィンン!
「ぎゃひぃひぃ!はぎゃああんん!ぶひゃあああんん!」
「挙句の果てには・・・女連れ込んで・・騒ぐたあどういう了見だ!しかも檀家のお嬢さんじゃねえか!」
バアアアアンン!ビッタアアアンン!ビシャアアアアンン!
バルバロッサは今まで以上に容赦のない平手打ちをラウールにくれてやる。
「ぎゃあひぃぃんん!だ・・だって・・美人だったから・・つぃ・・」
バアアアアンンン!バッシィィィンンン!
「言い訳するんじゃねえ!!」
ラウールの弁解を断ち切るかのように、バルバロッサは骨が砕けるかと思えるくらいの平手打ちをくれてやる。
「はぎゃああん・・はひぃ・・いひぃ・・ちょ・・ちょっとくらい・・大目に見てくれたって・・いいじゃ・・ない・・ですかぁ・・・」
ラウールは涙を流しながら、思わず抗議する。
「あ~?大目に見ろだぁ?」
「ば・・バルバロッサさん・・だって・・ここに入る前は女の子と遊んだりしたことくらいあるでしょう?」
「そりゃああるがな」
「だったら・・・」
ラウールは言葉を続けようとして息を飲む。
バルバロッサが怖い顔をして睨みつけたからだ。

 「お前・・見習いのときにやらかしたこと・・忘れたんじゃねえだろうな・・?」
「な・・何言ってるんですか・・忘れるわけないじゃないかぁ・・・アハハ・・」
ラウールは笑って誤魔化そうとするが表情が引きつっている。
実はラウールは見習い修道士になって1年ぐらい経った頃、とんでもない失敗をやらかしていたのである。
その時もちょうどある資産家の祖先の法要だったのだが、やはり綺麗な女性を見つけたラウールが今日と同じようにその女性を連れ込んで酒を飲んだりポーカーやチェスといったゲームで遊んで騒いだりしていたのだ。
女性がいなくなったのを不審に思った家族が修道院に頼んで探してもらうと、二人とも騒いでいるところを見つかってしまったのである。
幸いただ騒いでいただけで何にも無かったとはいえ、ラウールのやった行為にその資産家はすっかり機嫌を損ねてしまい、修道院との関係がギクシャクしてしまいかけたのである。
 「お前・・あのときは散々皆に迷惑かけたよなぁ?」
「あ・・あひ・・そ・・その・・」
「院長様たちが向こうの機嫌治すのにどれだけ苦労したかわかってんのか、おい?」
「あ・・あは・あはは・・・」
ラウールは笑って誤魔化そうとするが、バルバロッサは冷ややかな目を向けて言葉を続ける。
「そんなこと仕出かしておいて・・大目に見てくれとはいい根性だなぁ?」
「・・・・・・」
ラウールはもはや沈黙している。
その表情はどんな判決が下されるのか戦々恐々としている被告さながらだった。
 「おかげで、全然反省してねえのがよくわかったよ・・そういう奴は・・」
言葉を切ると同時にバルバロッサの右手が再び叩きつけられた。
バッシィィィィンン!
「ぎゃあああ!!」
強烈な打撃にラウールは悲鳴を上げる。
「もっと痛い思いさせてやるよ。覚悟しな」
バルバロッサの平手打ちの音とラウールの悲鳴、手足をバタつかせる音が入り混じり、形容し難い奇妙な音を室内に響かせた。

 「ふっえ・・えっく・・ご・・ごべん・・なしゃ・・ひ・・。ご・・えん・・な・・ざひ・・も・・もう・・しな・・ひ・・から・・ゆ・・許し・・て・・」
顔をグショグショに濡らし、大粒の涙をボロボロと床に滴り落ちらせ、咽喉を嗚咽に詰まらせながらラウールは必死に謝った。
哀れにもお尻は真っ青になっており、手足も散々もがいて疲れたのか、だらしなくぶら下がったような状態になっている。
「反省したのか?」
バルバロッサが尋ねると、ラウールは力の無い声で
「し・・しましたぁ・・・」
と答える。
「じゃあ、何が悪かったんだ?」
パシィン!パアアアン!
バルバロッサは威力を弱めて叩きながら尋ねる。
「し・・仕事・・勝手に・・さぼった・・こと・・」
パシィンッ!
「それから?」
「お・・お酒・・勝手に・・持ち出した・・こと・・」
パアアアン!ピシャアン!
「あとは?」
「お・・女の子・・連れ込んで・・騒いだ・・・」
「そうだ。どうやら反省できたみてえだな」
バルバロッサはそういうと、ようやくラウールを解放してやる。
 「ひっく・・ふっく・・ふうっえ・・・」
やっと解放されたものの、お尻のあまりの痛さにラウールは子供のようにしゃくり声をあげている。
「泣くな・・もう怒ってねえんだから・・」
「バ・・バルバロッサさんが・・泣かしたんじゃ・・ないですかぁ・・この・・赤鬼ィ・・」
ラウールは泣きながらも、思わず言い返す。
「とっとと医務室行って来い。歩けるぐらいの体力は残しといてやったぞ」
「チ・・チサちゃんには抱っこで連れてってあげるくせに・・」
「それも仕置きのうちだ。何ならまた膝に来るか?」
その言葉を聞くや、ラウールはお尻が痛いのも構わず、脱兎のごとき勢いで逃げ出した。

 「ったく・・しょうもねえこと・・しやがって・・・」
バルバロッサは苦りきった表情を浮かべる。
(だが・・さすがにやりすぎちまったな・・)
バルバロッサは今回のお仕置きをちょっとだけ後悔していた。
今回あれだけラウールを叩いたのは、彼が過去にやったのとまた同じようなことをしたために、一歩間違えば皆に迷惑をかける事態になりかねなかったからだ。
しかし、実を言うとそれだけではなかった。
実はお仕置き中、彼は過去の苦い思い出を思い出していたのである。
 それは彼がまだアメリカでヤクザ稼業をやっていた頃の話だ。
その頃、偶然にもあるバーで一人の女と出会い、一緒に飲んで騒いだりする仲になった。
だが、それが彼の苦い思い出の原因となった。
というのも、やがて深い仲になるのだが、実はその女は同僚の情婦でもあったからだ。
そのため、それを気付いた同僚と抜き差しならぬ関係になり、ついにはある晩、仕事の帰りを待ち伏せされるという状況にまでなってしまった。
激しい争いの末相手を返り討ちにして身を守ることには成功したが、それが苦い思い出として残り、女と酒やたばこをやりながら浮かれ騒ぐという行為から彼をある程度遠ざけることになった。
 また、それだからこそ女と浮かれ騒ぐようなことをやらかしたら厳しく躾けるようになってしまったのである。
(俺も・・まだ・・修業が足りねえか・・・)
バルバロッサは再び自嘲するかのように唇を歪めると、ため息をついた。

 ―完―
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