女悪魔ルクレティア・バルツィーニ5 花魁衣装(おいらんいしょう)



 「はぁ~。まだあるのかよ~」
若い悪魔は目の前の郵便物の山を見ながら、げっそりした表情で呟いた。
「ぼやぼやするんじゃない!サボってないでさっさと仕分けしろ!」
「わかってますよ~。にしても何でこんなに数多いんだよ・・・」
悪魔たちはブツブツと愚痴りながら郵便物を仕分けする。
 彼らはルクレティアの屋敷で郵便係として働いている者たちだ。
屋敷には毎日のように大量の郵便物が届く。
内容も様々で屋敷の誰かに当てられたプライベートなものから、領地からの報告書のような公的な内容のものなど様々だ。
大量且つ宛先や種類も豊富なため、当然のことだが仕分けをする必要が出てくる。
そのため、彼らがその任に当たっているというわけだ。
 彼らがぼやきながら郵便物の仕分け作業に当たっていたときだった。
「おおい!誰か来てくれ!ご主人様宛の新しい荷物が届いたんだよ」
「また来たのかよ!今度は何だよ?」
「わかんねえよ。とにかく運ぶの手伝ってくれ!」
数名の悪魔が呼ばれて新しく届いた荷物を運ぶ。
荷物は衣服用の桐箱に入れられている。
悪魔たちはえっちらおっちら、桐箱を抱えて主人の執務室へ向かっていった。


 コンコン。
ルクレティアがつまらなそうな表情で領内からの報告書に目を通しているとドアをノックする音が聞えてきた。
「空いてるわよ。入りなさい」
「失礼します、ご主人様」
ドアが開くと同時に郵便物係の悪魔たちが入ってきた。
「ご主人様、お荷物が届いております」
「そう。隅にでも置いておきなさい」
「はっ」
命令を受けると悪魔たちは桐箱を邪魔にならないところへ置く。
荷物を届け終えると悪魔たちは仕事に戻っていった。
 家来達がいなくなると、ルクレティアは桐箱の方へ歩み寄る。
そして、期待に満ちた様子で桐箱を開けた。
蓋を取ると同時に中身がルクレティアの目に触れる。
ルクレティアは中に入っているものを見ると、うっとりした表情になった。


 それから二週間後・・・。
「ニエマンス?まだかね?」
応接間でアッサムティーを飲みながらチェーザレはニエマンスに尋ねた。
「申し訳ありません、お嬢様がもうしばらくお待ち頂きたいとのことです」
「まあ別にいいんだけどね。それにしても珍しいな。私が来たのにすぐに通してくれないで待たせるだなんて」
妹の行動にチェーザレは思わず訝しげな顔をする。
妹が何よりも甘えん坊なのを知っている彼は、自分が来たとなれば四の五の言わずに執務室に通すのを知っているからだ。
しかし、今日はそうではなく自分を待たせている。
「ニエマンス・・・遅まきながらあの子も兄離れの時期が来たのかねぇ・・・」
チェーザレは思わず寂しげな表情を浮かべる。
余ったれでワガママな妹に苦笑したり色々と手を焼かされることは確かに多いが、兄離れされるとなるとやはり寂しいものがある。
「いえ、そうではないと思いますよ。どうやら、ご当主様をビックリさせてやろうと何か企んでいらっしゃるのかもしれません」
「そうか。それは楽しみだね」
「ところでご当主様。今日はいかなるご用向きでらっしゃいますか?お知らせを受けたときにはお伺いしていなかったのですが」
ニエマンスは思わず当主に尋ねる。
当主が妹を訪ねてくるときは必ず用向きを知らせるのだが、今回はそれが無かったので気になったのだ。
「ニエマンス、すまないがそれは聞かないでくれるかい?ルクレティアと二人だけで話したいことなんだよ」
「はぁ・・差し出た真似をして申し訳ありません」
ニエマンスは詫びるともはや尋ねない。
やがて、家臣の一人がやって来て、執務室へチェーザレを案内した。


 扉が開くと同時にチェーザレの目に飛び込んできたのは朱色を基調にした艶やかで美しい着物だった。
ルクレティアが日本の着物を着てチェーザレの目の前に立っていたのである。
ルクレティアは朱色を基調にした、カラフルで艶やかな着物を着ている。
その美しい髪には手の込んだつくりのかんざしを挿し、手には贅沢なつくりの煙管を持っていた。
「うふふ。兄さんどーう?綺麗でしょ~~?」
ルクレティアは甘えるように微笑む。
チェーザレは着物姿の妹の美しさに思わずボーっとしてしまい、言葉も出ない。
ようやく我に返ったものの、それでもどこか熱に浮かされたようだった。
「あ・・あぁ・・綺麗だよ・・凄く・・どうしたんだい?」
「えへへ~。花魁衣装なのよ~。オーダーメイドで日本の会社に注文して造らせたの~~」
「そうなのかい。すごいねぇ」
「うん。テレビで見て欲しくなっちゃったの~。兄さんをビックリさせようと思ったんだけどどう?」
「あぁ。本当に綺麗で美人だよ」
「わぁ!兄さんだーい好き!」
着物姿のルクレティアはその豪華で重そうな衣装からは想像も出来ない身軽さで兄の旨元に飛び込む。
飛び込むと同時にルクレティアはギュッと抱きつく。
同時にチェーザレも妹をしっかりと抱きしめてやった。
 「ところで兄さん、どうして来てくれたの?」
ルクレティアは抱きしめてもらいながら、兄に尋ねた。
「それを話す前に・・ルクレティア、ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかい?」
「なぁに?兄さん」
「その着物、すごいいい着物だねぇ」
全然関係ない話をいきなりしたにも関わらず、ルクレティアは構わずに話す。
「そうでしょ?最高級品を使うよう頼んだのよ~」
「お金もかかったろうね」
「ちょっとはね~」
「じゃあ・・どこからそのお金出してきたんだい?」
兄の問いにルクレティアの表情が曇る。
どうやら触れられたくないところに来たようだ。
 「おや、どうかしたのかい?顔色が変だよ」
「な・・ななな何でもないわよ!それより、兄さんなんでそんなこと聞くの?いつもはそんなこと聞かないじゃないの」
「実はちょっと気になることがあったんでね」
「気に・・なること・・?」
ルクレティアはおずおずと尋ねる。
何かを隠しているような、そしてそれが発覚することを恐れているような口振りだった。
 「実はお前のところの会計士が私のところに報告を寄こしたんだよ」
「報告?」
「ああ。年貢として徴収したはずのお金と帳簿をつき合わせたら計算が合わないとかいってね」
「お・・おかしいわねぇ・・一体どうしたのかしら・・あはは・・」
ルクレティアは笑って誤魔化そうとするものの、その声には力が無く、顔色も変わってきている。
「それで足りない分のお金のことを色々と調べてみたら、お前が買い物をしたのがわかったんだよ。奇しくも足りない分のお金とぴったりの額だったよ」
チェーザレはそういうと妹の顔をまっすぐ見据える。
ルクレティアはもはや蒼白になり、ブルブルと震えていた。
 「ルクレティア・・もう一度聞くよ。その花魁衣装、お金はどこから出してきたんだい?」
「な・・なぁに。可愛い妹を疑うの~?兄さんの意地悪。個人財産用から出したに決まってるじゃないの~」
ルクレティアの領地から上がる収益は領地運営用の公費と、ルクレティア個人の財産となる部分の二つにきちんと分けられている。
個人財産になる部分は、無駄使いなどを防ぐためにチェーザレの配慮で一ヶ月に一定の額だけがルクレティアに支給されるようになっていた。
例えが妙かもしれないが、子供のお小遣いのようなものといえるかもしれない。
実際、この部分のお金は買い物や旅行など、ルクレティア個人の楽しみのために供されるもので、生活や屋敷の維持・運営などに必要な経費は他の部分から出るようになっていた。
「私だってそう思いたいよ。でも、今月はかなり使ってたようだね。もう、今月の小遣いはないんだろう?」
チェーザレの言葉にルクレティアはグッと言葉に詰まってしまう。
 「正直に言いなさい。その着物、お金はどこから出したんだい?」
チェーザレは妹に詰め寄ると、厳しい声で問い詰める。
ルクレティアはだんまりを決め込もうとしたが、兄の厳しい視線に見つめられ、とうとう耐え切れなくなった。
「ご・・ごめんなさいっ!じ・・実は、領地運営用のお金に・・手つけちゃったの・・」
しょんぼりとうな垂れた様子で、ルクレティアは告白した。
 「やっぱり・・そうだったんだね・・」
チェーザレはため息をついた。
会計士の報告を受け、密かに調査を進めてそういう結論に達してはいたものの、妹の口からじかに白状されるとやはりショックだった。
 ションボリしているルクレティアは尻目に、チェーザレは応接用のソファに座ると、口を開いた。
「ルクレティア・・・自分が何をしでかしたか、わかってるのかい?」
「ご・・ごめんなさい・・兄さん・・・で・・でも・・ほんの・・出来心・・だったの・」
ルクレティアは必死に弁解しようとする。
「いい加減にしなさい!」
突然、チェーザレが大声で叱りつけた。
その剣幕に、思わずルクレティアはビクリと飛び上がりそうになる。
「出来心だからって公金に手をつけるのがいいことなのかい!」
「う・・だ・・だってぇ・・欲しかったんだもん・・」
「欲しいなら来月まで待てばよかったじゃないか!人間の悪徳政治家じゃあるまいし!お前は絶対に許されないことをしたんだよ!」
「だって・・すぐ・・欲しかったんだもん・・それに・・私の財産から・・あとで・・ちゃんと返すつもりだったのよ・・」
「あとで返せばいいとでも思ってたのかい!何て子だ!」
チェーザレは思わず憤慨する。
「ルクレティア・・・覚悟はいいかい?」
ルクレティアは兄の声を聞くと、ギクリとする。
「や・・やぁ・・・兄さんごめんなさいっ!」
ルクレティアは背中をクルリと向けるとそのまま逃げ出そうとした。
「こらっ!待ちなさいっ!」
チェーザレはルクレティアを追いかけると彼女を捕らえた。
「嫌あああ~~~~!兄さん離してよ~~~!!」
ルクレティアは花魁姿のまま、必死に抵抗する。
チェーザレはジッと押し黙ったまま、妹をソファのところまで引き立てるとソファに腰を下し、いつもの通りに妹を膝に載せてしまう。
着物の裾をまくり、履いている愛用のTバックパンツを降ろすと、白くて丸い綺麗な形のお尻が姿を現した。
「全く・・・今日という今日は・・本当に怒ってるからね・・」
チェーザレはハァ~ッと手に息を吐きかける。
兄の息を吐く音を聞き、ルクレティアは身体を強張らせると、チェーザレのズボンの裾を両手でしっかりと握り締める。
同時にゆっくりとチェーザレの手が上がった。


 バアッシィィィィィィィンンンンン!!!バッチィィィィィンンンンンン!!!
ビッタァアアァァアァアアァァンン!!!バアッシィィイィイィィイイイン!!!
「やっ・・・きゃあああああ!ひぃひぃひひぃぃんんん!痛ぁぁああぁぁいっっ!!!」
はじめから容赦の無い平手打ちにルクレティアは甲高い悲鳴をあげる。
「全く!お前って子は!」
チェーザレはいつもとは異なり、激昂した様子で妹のお尻を叩く。
ビッタアアアアンンン!!バアッシィィィンンンン!!!バアッチィィィンンンン!!
「きゃあああ!ひゃあああ!やめ・・っ!兄さんやめてぇぇ!!」
ビッタアアアアアアン!!!バアッチィィイイィィンンンン!!!ビッシャアアアァアァァアアァァァンンンン!!!
「やめてじゃないだろう!!自分が何をしたのかわかってるのか!!出来心なんかじゃあ許されないことをしたんだぞ!!」
ビシャアアアアアアンンン!!バアッシィィィンンンンンンン!!!ビッタアアアンンンンンンンンン!!
「やあっ・・・だってぇ・・だってぇ~~~~」
ルクレティアは両脚をバタつかせながら言い訳しようとする。
「まだ言い訳する積もりなのかい!!いくら私がお前に甘いって言っても、兄さん公金を使い込むような子に育てた覚えは無いよ!!」
ビッタアアアアンンンンン!!バアッシィィィィィンンンンンンン!!!ビシャアアアンンンンンンンン!!!ビタバァアアアアンンンンンンンンンン!!!!
「ふぇっ・・やぁぁぁあ!!痛ぁぁあああいっっ!!痛い痛い痛い~~~!!!」
バアッシィィンンンン!!!ビッタァアァァアアアンンン!!バアッチィィィンンンンンンンン!!!
 「たかが着物のために・・・領地運営のためのお金を使うだなんて!お前が使ったお金はお前のものじゃないんだよ!お前は自分が領主なのを忘れたのかい?」
ビッタァァアアアンン!!!バアッシィィィンンンン!!バッチィィィンンンンンン!!
「お前には・・多くの家来や領民を養ってく務めがあるんだよ?領地をきちんと守ってく務めだってあるんだ。そのためのお金なんだよ!お前の家来や領民達がどれくらい大変な思いしてお前への務めを果たしてるのか、お前はそれがわかっているのかい!!」
バアッシィィィンンンンンンン!!ビッタアアアアァァァァアアアアァァァンンン!!!バアッチィィィンンンン!!ビッシャァアァァアァァンンンンンン!!!
「きゃあああああ!!!ひひぃひぃいぃぃいいぃぃぃんんん!!ふえっ・・ふうえぇぇ~~~っ。うぇふぅうえぇぇ~~~んんんっっ!!」
ルクレティアはあまりのお尻の痛さにボロボロと涙を零す。
実際、お尻は痛々しいくらいに真っ赤に染まり、腫れ上がっていた。
「泣いても許さないよ。ルクレティア」
「やぁ・・もうやぁ・・兄さぁん・・ごめん・・なさい・・。あ・・謝るからぁ・・も、もう許してよぉ・・お尻・・痛いぃ・・・」
ルクレティアは必死に謝るが、チェーザレは黙ったまま手を振り上げる。
 バアッシィィンンン!!ビッタァァアアアアァァンンン!!!バアッチィィィィンンンンンン!!!ビッシャアアァァアンンンン!!!!ビバシィィィィンンンンン!!!
「ふええっ!なっ!何でぇぇっっ!!」
ルクレティアは信じられないといった表情を浮かべる。
どんなに怒っていても、「ごめんなさい」を言えば許してくれるし、たとえまだ怒っていても、許してくれる方向に行くのを知っていたからだ。
だが、チェーザレは全然許してくれる気配は無い。
それどころか、容赦なくお尻を叩き続ける。
バチィィィィンンンン!!べチィィィンンンンンン!べシィィィンンンンンン!!ビタァアアァァアアンンン!!ビッシャアァアァアアンンンン!!!
「ふえええっ!ごめんなさいっ!ごめんなさい~!ごめんなさい~!」
ルクレティアは許して欲しくて必死に謝る。
「駄目だよ、ルクレティア。今日は兄さん本当に怒ってるんだからね。まだまだ痛い思いして反省しなさい」
チェーザレは厳しい声でそう宣告する。
 本音を言えば、チェーザレだって許してやりたい。
可愛い妹がアンアン泣いている姿を見るのは辛い。
だが、妹が仕出かしたことは簡単に許してやれることではない。
何せ、主の立場を利用して公金を個人の買い物のために使い込んだのだ。
本来なら強制隠居させられても文句は言えないのだ。
だから、しっかりと厳しくチェーザレは躾けるつもりでいた。
 バアチィィィィンンンンンン!!ビッタァアアアアンン!!!ビバッシィィィイイインンンンン!!!ビバチィィイイインンンン!!ビシャアアアアアアンンンンンン!!
「うええっ!ごめんなさいっ!ごめんなさいっ!ごめんなさいっ!ごめんなさいっ!」
ビタァァ―――――――――ンンン!!バアチィィ――――――ンンン!!
ビバシャアァァア―――――ンンン!!!ビシャア―――――――ンンン!!
「ごめんなさぁいっ!ごめんなさあいっ!ごめんなさいっ!」
ビタァァ――――――ンンンンンン!!ビシャアアァ――――――ンンン!!
「うぇええ~~~!も、もう許してぇぇ~~~。ごめぇんなさぁい~~~!お尻痛い~~~~~~~!!!」
ルクレティアはお尻のあまりの痛さに泣き叫ぶ。
実際、お尻は赤どころか青くなっていた。
さすがにもうお尻も限界だろうと見極めたのか、チェーザレはお尻を叩く手を止めた。
 手を止めたチェーザレはルクレティアを抱えて立ちあがったかと思うと、妹をソファにうつ伏せに寝かせる。
妹を寝かせたかと思うと、チェーザレはそのまま出て行こうとした。
「に・・兄さん・・・抱っこは?」
ルクレティアは兄を引き止めると恐る恐る尋ねる。
「何か勘違いしてるみたいだね?まだお仕置きは終わりじゃないよ」
「そ・・そんなっ・・・」
ルクレティアは信じ難いといった表情を浮かべている。
同時に、兄がとても冷ややかな目で自分を見ていることに気がついた。
「お前みたいに・・・本当に悪い子は甘やかしてあげられないな。一人で自分がやらかしたことがどういうことなのか、よく考えてみなさい」
そのままチェーザレはドアに向かって歩き出す。
「や・・やあっ!兄さん行かないで!行っちゃやだぁ!!」
ルクレティアは必死に呼びかけ、兄の元へ行こうとする。
だが、お尻の痛みにソファから這い出すことすら出来ない。
ルクレティアが手を伸ばす以外に何も出来ないでいるうちにドアが閉まり、チェーザレは出て行ってしまっていた。


 ルクレティアはしばらくの間、呆然としていた。
信じ難い出来事に頭がまっさらになってしまっていたのである。
だが、ようやくのことで我に返る。
(兄さん・・・本気の・・本気で怒ってる・・)
今さらながらルクレティアはその事実に嫌でも顔を突き合わさせられる。
同時に、自分がやったことがどんなことだったか、今さらながら認識させられた。
 ルクレティアがやったことはいわば権力の濫用或いは犯罪というべきもの。
本来ならお尻叩きくらいで許してもらえるようなものではない。
いくら妹に甘いチェーザレでも許せることではないのは冷静に考えればわかるはずだった。
にも関わらず自分の個人的な楽しみの為に決して許されないことをした。
兄が怒るのも当然だ。
 『本当に悪い子は甘やかしてあげられないな』
不意にチェーザレの言葉が記憶にフラッシュバックしてくる。
と共に、チェーザレのあきれ返ったような表情が浮かんできた。
(見捨て・・られた・・・。嫌われた・・・)
ルクレティアの脳裏にはそれらの考えで埋め尽くされる。
「う・・うううえっ・・ひっく・・うえっく・・ひぅうえぇえ・・・」
突然、ルクレティアは小さな子供のように泣きじゃくり始めた。
兄に嫌われ、見捨てられてしまったかもしれないという考えが、ルクレティアを恐怖のどん底へ突き落としたのだ。
もう、二度と兄に抱きしめてもらえないかもしれない。
笑顔を向けてもらえないかもしれない。
いや、それどころか今回の件が家臣に知れ渡って、家臣たちに不信任を出されて強制隠居させられて座敷牢に入れられてしまうかもしれない。
そうしたら二度と兄に会うことすら出来なくなるかもしれない。
(やぁぁ・・・そんなの嫌ぁぁ・・・)
次々と沸き上がってくる悲観的な想像にルクレティアはどんどん絶望的な表情になってくる。
(やだ!兄さんと一緒にいられなくなるのも、嫌われるのも絶対にやだ!)
「許して・・もらわなくちゃ・・・」
小さな声でルクレティアはそう呟く。
(でも・・まだ怒ってるかも・・・)
チェーザレの様子を思い出し、再びルクレティアは気持ちが沈む。
だが、それよりも兄のぬくもりを取り戻したいという気持ちの方が強かった。
 ルクレティアはお尻をさすりながら、ヨロヨロと立ち上がる。
「痛・・・」
歩こうとするも、着物が腫れたお尻と擦れて、歩くたびにお尻に痛みが走る。
数歩歩くと息が荒くなり、ルクレティアは床に膝をつきそうになる。
だが、ルクレティアはそれを堪えて歩き続け、部屋を後にした。


 (幾らなんでも厳しすぎたかな・・・・)
チェーザレは自分用に用意されている部屋で、書類にサインをしながら考える。
妹のやったことは許しがたいことである以上、あれだけチェーザレが怒ったのも当然ではある。
とはいえ、いくら自分の仕出かしたことの重大さをわからせるためとはいえ、本当に適切だっただろうか?
ルクレティアははっきりいって子供だ。
それは自分が何よりもよく知っている。
子供な人間にとって、愛情や甘えの対象である人物に完全に突き放され、見捨てられたも同然の言葉を投げつけられる。
それは死にも等しい恐怖を与えるはずだ。
(いやいや。それだけのことをしたんだから。ここで甘やかしたらあの子のためにならないんだぞ)
チェーザレは自分にそう言い聞かせて納得させようとする。
だが、それでも厳しすぎたかという疑念が纏わりついて離れなかった。
 コンコン。
不意にドアをノックする音が聞えてきた。
「入れ」
チェーザレがそう言うと扉がゆっくりと開く。
そして花魁衣装のまま、ルクレティアが入ってきた。
 「何のつもりだい?」
チェーザレはわざと厳しい表情を浮かべて尋ねる。
自分の迷いを覚られたくなかったからだ。
「に・・兄さぁん・・ご・・ごめんな・・さい・・」
ルクレティアは謝ったかと思うと、ボロボロと涙を零し、しゃくりあげる。
「に・・二度と・・お金・・使い・・こんだり・・しない・・から・・・わ、ワガママも・・もう言わない・・・責任ちゃんと・・取れっていうなら・・領地も家来も・・皆・・兄さんに・・返す・・から・・も・・もう・・本当に・・しないからぁ・・約束・・するからぁ・・だ・・だから・・許してぇ・・ごめぇん・・なさぁい・・・」
「本当に反省してるかい?」
「し・・してるぅ・してるからぁ・・・だから・・嫌いにならないでぇ・・お願ぁい・・ひっく・・ふうぇ・・兄さんに嫌われたり・・二度と会えなくなったりしたら・・やだぁ。ふうぇぇえええぇぇん・・・」
ルクレティアは床にへたり込むと、小さい子供のように泣きじゃくった。
チェーザレはゆっくり椅子から立ち上がったかと思うと、妹の方へ歩み寄る。
そして、妹の前で屈んだかと思うと、妹をギュッと抱きしめた。
 「に・・兄さん・・?」
ルクレティアはキョトンとした表情を浮かべる。
「馬鹿だね、お前は」
「な・・何よ!馬鹿って!いくら兄さんでもひどいわよ!」
「私がお前を嫌うわけがないだろう。どんなに悪い子でも何より可愛い妹なんだから」
「ほ・・本当・・兄さん・・?」
ルクレティアは恐る恐る尋ねる。
「当たり前じゃないか。私はお前の兄さんなんだよ。それで充分じゃないかい?」
「うっ・・うわあぁぁああああ~~~~~~~~~んんんんっっっ!!!!」
ルクレティアは兄にしっかりとしがみつくとさらに盛大に泣き出した。
「うっえ・・へ、部屋に一人にさ、された、とき・・・す・・凄い・・怖かった・・・兄さんに・・悪い子って思われて・・・き、嫌われたんじゃないか・・とか・・・ざ、座敷牢にでも・・・入れられて・・も、もう兄さんに会えなく・・なっちゃうんじゃ・・ないかって・・思ったの・・・うえぇぇんんん・・・ひっく・・・」
「よしよし。もう、大丈夫だよ。兄さん怒ってないからね」
チェーザレは妹の頭を撫で、安心させるようにポンポンと背中を叩きながらあやしてやる。
ようやく落ち着いたところで、チェーザレは妹を膝に座らせて向き合った。
 「いいかい、ルクレティア。兄さん今日はもの凄い怒ってたけど、お前が嫌いになったりしたんじゃないよ。それだけはわかってくれるね?」
「うん・・・」
「兄さんはね、別にお前が買い物したりするのに怒ってるわけじゃないよ。ただ、それ用に毎月あげてるお金で済ませて欲しいんだよ。わかるね?」
「え・・えぇ・・」
「それなのに、お前は公金に手をつけたりしたね。それがどんなに悪いことかはわかるね?」
「ごめんなさい・・兄さん・・・」
「兄さんはね、お前が本当に可愛いんだよ。だから、お前には自分勝手なことのために公金を使い込むようなことはして欲しくないんだ。そんなことをしたらおまえ自身が大変なことになるんだよ。わかるね?」
ルクレティアは黙って頷く。
悪魔の世界でも、不正は許されるものではない。
たとえ、領主であっても私的な目的のために公金を使ったりすれば、家来達から糾弾され、何らかの形で責任を取らされることはしばしばだった。
「お前が・・・座敷牢に入れられたり・・・それどころか私自身の手で・・お前を裁いたりしなきゃならなくなるなんて・・ことは・・絶対に嫌なんだよ。だから・・もう二度とこんなことはやらないでおくれ・・・」
「うん・・・心配かけて・・・ごめんなさい・・・」
「わかってくれればいいんだよ」
チェーザレは優しい笑顔を浮かべると妹をギュッと抱きしめる。
しばらく抱きしめていると、不意にチェーザレが言った。
「ルクレティア・・・お前の着物姿・・とっても綺麗だよ。事態を収拾したらちゃんと見せてくれるかい?」
「うん・・・」


 ―完―
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