女悪魔ルクレティア・バルツィーニ6 牝狼(ルパ)の神殿1



 (注:この話ではローマ神話などがネタとして出てきますが、あくまでフィクションであり、実際のローマ神話や人狼伝説とは関係ありませんので、あらかじめその点をご了承ください)


 ローマ市内、フォロ・ロマーノ。
古代においては政治や経済の中心地であり、現代は代表的な観光スポットであるこの場所に立っているある凱旋門の一つの裏側にその扉はあった。
扉は魔法によって人間からは全く見えないようになっている。
 そこへ観光客と思しき男が現れるや、扉の左側の取っ手を三回、右側の取っ手を二回叩いてから逆さ十字架を指で描く。
すると扉が消滅し、男が中へ入っていった。


 扉の向こう側にはあっと驚くような光景が存在していた。
そこには車が数台並ぶことが可能なほど広い、石畳の大通りがはるか彼方まで続いている。
道の両側には石造りの建物やショーウィンドウがずらりと並んでいる。
そして、大通りに相応しく多くの人々でごった返していた。
 今、人々と言ったが、それは正しくない。
道を行き交っているのは人ではないからだ。
人の身体にコウモリの翼や鉤つき尻尾が生えた悪魔族が仲間同士でしゃべりながら歩いているかと思えば、死人のような肌の色で鋭い牙を持ち、人血から造られたドリンクを飲みながら吸血鬼がセカセカと道を急いでいる。
全身に縫合の跡があるフランケンシュタインやら、豚のような顔をしたオークの荷担ぎ人足が荷物を運び、小型のドラゴンが引く荷馬車がガタガタと荷物を乗せて勢いよく走る。
上半身が美しい女で下半身が巨大な蛇というギリシャ系の蛇妖怪たちがもの欲しそうに化粧品屋のショーウィンドウを眺めているとゴブリンの店主が舌先三寸でもって巧みに売り込んだりもしていた。
 ここはムッソリーニ横丁と呼ばれる街区で、見ての通り悪魔族をはじめとする人ではない者たちが暮らす街だった。
ローマ市内だけでも、このような地域は多数存在している。
どの街区も魔法の力によって出入り口や地域自体が人間の目からは完全に隠されている。
そのため、人間たちは自分たちが住んでいる都市に妖怪たちが暮らしていることなど全く気付いていなかった。
これらの街で魔物たちは人間と変わらない生活を送っていた。
 タタタタタタタタタ・・・・・。
雑踏をかき分けるようにして、数人の男たちが走っていた。
男たちはいずれも悪魔族で、皆血相を変えている。
全員、チェーザレ・バルツィーニの紋章が入った上着を着ていることからチェーザレの家臣であることを示している。
彼らは必死になって周囲を見回し、何かを懸命に探していた。
チェーザレの家臣たちが必死の形相で走っていると反対側から別の集団がやって来る。
現れたのはナポレオン時代の軍装に身を固めた亡霊らしい男数人。
ニエマンスとその部下達だ。
 「おい!そっちはどうだ!?」
ニエマンスは悪魔族の男たちに出会うや、開口一番にそう尋ねた。
「駄目です!こちらには見当たりません!」
「よし!お前達はこっちの路地を探してくれ!私はこっちの方を探す!」
「はい!」
捜索隊らしき男たちはすぐに別の路地の方へ飛び出す。
「お嬢様―!お嬢様―!どこへ行かれたんですかー!」
ニエマンスは必死の表情で女主人に呼びかけながら、通りを走っていた。


 ニエマンス達の姿が消えると同時に近くの建物の壁がウネウネと動き、盛り上がった。
やがて壁の盛り上がった部分が人間の形を取ると、中から誰かが飛び出してきた。
飛び出してきたのはルクレティア。
 「やれやれ・・ようやく行ったわね」
ルクレティアは自分や兄の家臣たちがいなくなると安心したようにため息を漏らす。
(それにしても鳥もちみたいにへばりついて、厄介だったわね)
ルクレティアはニエマンスたちを撒くまでの苦労を振り返る。
 ルクレティアは兄と共にローマへ観光旅行に来ていた。
というのも随分前から兄におねだりしていて、ようやくそれが叶ったのである。
それで昨日までチェーザレやお供たち共々色々な観光スポットを回ったり、おいしいものを食べたりしていたのだ。
それでも充分に楽しかったのだが、ルクレティアは物足りなかった。
こっそり一人で色々なところを巡ってみたかったのだ。
無論、そんなことをチェーザレが許すわけもない。
だから、こっそりバルツィーニ家のローマ屋敷を抜け出して来たのである。
しかし、そのとき実は一部の家臣に気付かれてしまっていた。
 当然、ニエマンスをはじめとする家来達はお嬢様を連れ戻そうと必死に追いかける。
ルクレティアは自分の望みを叶える為に家来たちを撒かなくてはならなかったというわけだ。
 ちなみに、ローマ屋敷であるが、これはバルツィーニ家がローマに設けてある屋敷である。
このローマ屋敷は当主一族がローマに滞在中の宿泊場所であるが、普段は取引やローマでの事務、各所領から送られてきた生産物・流通品の管理などが行われている。
ローマ屋敷に集められた流通品等は取引や市場での売買を通じて各国に転売されてゆき、またそれによってバルツィーニ家は収入を得るというわけである。
回りくどい説明をしたが、まあ言うなれば大手企業の国内大都市や海外の主要都市に設置された支社といったところだろうか。
ちなみにこのような支社的な機能を持つ館は他の主要な悪魔族名家も持っており、ローマは無論、パリやロンドン、ニューヨークなど経済の中心となっている都市には、様々な悪魔族名家の屋敷が置かれている。
 なお、このようなことは人間世界でも行われており、中世の史料にはクリュニー修道院をはじめとする大手修道院がパリなどの大都市に支店のような館を置いて取引やその他の経営を行っていたこと、また江戸時代の日本で江戸をはじめとするいわゆる三都にそれぞれの大名が屋敷や倉庫を所持し、三都での活動や領国の産物の大都市での販売などを行っていたことが歴史学の世界で明らかにされている。
 (でも・・どこに行こうかしら?)
ルクレティアは行き先を決めようと思案に耽る。
そのときだった。
 シャン・・・シャン・・シャンシャンシャン・・・シャンシャンシャン・・・。
不意に鈴が鳴るような音が通りに鳴り響いた。
ひょいとルクレティアが音の鳴る方を振り向いてみると、妙な連中が通りを進んでくるではないか。
その集団は人狼、いわゆる狼男の一団だった。
狼人間たちはいずれも墨のように真っ黒なフードつき長衣に笈に似たバッグを背負い、上端に鈴を下げた輪がついた金剛杖を持っている。
彼らが歩くたびに鈴が鳴り、シャンシャンと音を立てていた。
 (何あれ!?)
突然現れた妙な人狼集団に一瞬、ルクレティアはビックリする。
だが、その直後猛烈に好奇心が頭をもたげてきた。
(面白そうな連中じゃない。決めた!正体確かめてやるわ!)
ルクレティアは格好の目的を見つけるや、満足そうに微笑む。
同時に、彼女はおもむろに狼人間たちの後をつけ始めた。


 (随分長く歩くわねぇ)
ルクレティアは人狼たちが歩き続けることに思わず感心していた。
狼人間たちは杖の鈴を鳴らしながら黙々とひたすらに歩き続けている。
おかげでルクレティアは尾行に飽きかけていた。
 不意に人狼集団の前にある建物が見えてきた。
低めの壁に囲まれたその建物はローマ時代の神殿を思わせる外観をしている。
非常に大きな建築物で、バチカンの聖ピエトロ大聖堂よりも大きいのではないかと思えた。
狼たちは一旦立ち止まる。
そして、数回金剛杖を突き上げたかと思うと深々と頭を下げ、なにやらブツブツとつぶやき始めた。
ルクレティアは建物の陰に隠れてジッと様子を伺い、耳を澄ます。
聞いているうちに人狼達が彼らの祈りの言葉を唱えていることに気付いた。
やがて、狼人間たちは静かに進んでゆき、中へ入っていった。
 (一体・・・何なのよ?)
ルクレティアは姿を現すと、建物をジッと観察する。
建物を見回していると、ふとルクレティアは正門の上に大きな額が掛かっていることに気がついた。
「ええと・・・・牝狼(ルパ)神殿・・・?ルパ・・ルパ・・?」
ルクレティアは牝狼(ルパ)という言葉に首を捻る。
どこかで聞いたことがあったのだ。
(まあいいわ。中に入ってみればわかるわ)
ルクレティアは善は急げとばかりに謎の人狼集団を追いかけて中に入ろうとしたそのときだった。
 「待て!!」
不意に誰かが呼びかけたかとルクレティアの前に立ちはだかった。
現れたのは正門をくぐっていったのとは別の狼男。
その狼男はローマ帝国の鎧をまとっており、手には投げ槍を、腰には幅広の短いローマ式の剣を下げている。
「ちょっと!何よ!どきなさいよ!」
ルクレティアは邪魔が入ったことにムッとし、思わず声を上げた。
「ここをどこだと心得ている!恐れ多くもルパの神殿だ!特別の許可なくして人狼以外の種族が入ることはまかりならん!!」
「何ですって!ふざけるんじゃないわよ!」
「ふざけてなどおらん!ここはいにしえより『偉大な牝狼(ルパ)』を祀る人狼族の至聖所。掟により人狼族以外の立ち入りを厳しく禁じておる」
「偉大な牝狼・・・。思い出したわ・・お前、ロムルス族ね!」
ルクレティアは目の前の狼男の出で立ちや、ルパの名からようやく引っかかっていたことを思い出した。


 偉大な牝狼(ルパ)は人狼たちの種族誕生神話に登場する牝狼だ。
伝説によると彼女は最初の狼人間であり、全ての人狼の祖先であるという。
なお、彼女は人間の伝説にも姿を見せており、ローマ帝国の建国神話の中でロムルスとレムスの双子を育てた牝狼は実は彼女であったと狼人間たちの間では伝えられている。
全ての人狼の祖とされているがゆえに彼女は世界中の狼人間諸部族から始祖神的な存在として崇敬を受けており、彼に育てられたロムルスによって建設されたこのローマの地に彼女を祀る神殿が建設された。
それこそが、この牝狼(ルパ)神殿である。
人狼たちにとって最大の聖地であるこの神殿は、それゆえに古くから異種族の立ち入りが厳しく制限されていた。
実際、過去の時代には好奇心に駆られた他種族が踏み込もうとしたために流血の事態が生じるということも少なくなかった。
それほどまでに人狼たちはこの神殿を尊んでいるのである。
 そして、この神殿の管理は全てある部族に任されている。
それがロムルス族である。
彼らの歴史は古く部族誕生はローマ建国に遡る。
伝説や歴史書には記されなかったが、実はロムルスや彼の後継者を支えた秘密の集団が存在した。
それこそがロムルス族だ。
彼らは偉大なる牝狼がローマ発展のために影の守護者として生み出した部族だった。
ロムルス族はローマの発展を陰で支え、ローマを超大国へ押し上げていった。
同時に各地に散らばって新しい人狼部族を造り上げて種族を増やすという大切な役目も果たしていった。
それゆえに人狼社会で最高の名門部族として尊敬され、悪魔族をはじめとする他種族も彼らを丁重に遇している。
そして、そのような地位などから彼らは偉大なる牝狼の神殿の管理や牝狼の祭祀という職務を司っていた。
なお、ロムルス族がローマ帝国の軍装を部族の正装としているのは、彼らの祖がローマの戦士として活躍したことに由来する。


 「ようやくわかったようだな。わかったならばさっさと帰ってもらおうか」
人狼の物言いにルクレティアはムッとする。
名門悪魔の令嬢として常に他者にかしずかれる生活を送ってきた彼女にとっては、このような門前払いを食わされるなど我慢ならなかったのだ。
「ふざけるんじゃないわよ!!私を誰だと思ってるのよ!!私にそんな態度とってみなさい!!バルツィーニ家が黙ってると思うの!!」
怒りの余りルクレティアはそう叫んだ。
バルツィーニ家はイタリア悪魔界でも屈指の有力者にして名門。
名前を出せば大抵の連中はビックリしてヘイコラする。
そういう名家の威光を笠に着る真似は当主のチェーザレは厳しく禁じていたが、ルクレティアは目の前の狼男の生意気な態度に怒り、這いつくばらせてやろうと思ったのだ。
 「それがどうした・・・」
不意に人狼の態度が変わった。
ルクレティアは相手が軽蔑や怒りを表したのを見るや、馬鹿にされたと思い、詰め寄ろうとする。
だが、そのとき不意にルクレティアは背中にゾッとする感覚を覚えた。
 (な・・何・・・?)
思わずルクレティアは一瞬動きが止まる。
背後から冷たい水を浴びせかけられたような、総毛だつ気配が浴びせかけられる。
恐る恐るルクレティアが背後を振り返ってみると、いつの間にか別のロムルス族が立っていた。
その目は殺気立っており、剣の鯉口を切っていつでも剣を抜いて飛びかかれる体勢を取っている。
さらに周囲を注意深く見回してみると、正門の脇からこちらの様子を伺うように人狼たちが顔を見せている。
その上、参拝にやって来たと思しき狼人間たちも集まっていた。
 「たとえバルツィーニ家だろうがこの神殿の正門をまたぐことは絶対に許さん!名門の威光を笠に無理を押し通そうというならばこちらにも考えがあるぞ!!」
ロムルス族たちはそう叫ぶや剣を抜き放った。
同時に参拝者と思しき者たちも協力しようとある者は腕をまくり、別の者は金剛杖を構えて集まってくる。
このままではマズイとさすがにルクレティアも気付いた。
人狼たちは完全に殺気立っている。
強引に押し通ろうとすれば間違いなく襲い掛かってくるだろう。
(ここは・・・引くしかないわね・・)
ルクレティアは苦渋に満ちた表情を浮かべて、ようやく決断する。
「ふん・・・今日のところは見逃しておいてやるわ・・・。覚えてらっしゃい!!」
漫画の悪役さながらの捨て台詞を残すや、ルクレティアは憎々しげな表情を浮かべながら脱兎のごとき勢いでその場を立ち去った。


 「悔しい~~~~~~~ッッッッッ!!!!!!!あんな奴らに馬鹿にされるなんて~~~~~~~~ッッッッ!!!!!!」
ルクレティアはテーブルが壊れてしまうかと思えるほどの勢いでテーブルを叩くや、ビールのコップを傾けた。
あの後ルクレティアは走りながら見つけた居酒屋に飛び込むや、個室を借りて鬱憤を晴らすかのように酒を飲んでいた。
「キイイ~~~~~ッッッ!!!!獣のくせに!!よくも私に恥をかかせてくれたわね~~~~~~!!!!」
ルクレティアはドンドンと手を振り下ろし、テーブルに八つ当たりしながら狼男たちの姿を思い返す。
プライドの高い彼女にとっては、人狼たちにあんな扱いを受けた上に、人間のドラマのチンピラのように捨て台詞を残して逃げたなどということはこの上もない屈辱であった。
 「決めた・・・・」
ビールのグラスを傾けながらルクレティアは呟いた。
(このまま引っ込んだら悔しくてたまらないわよ!こうなったら意地でも連中の神殿に入ってやるんだから!!)
ルクレティアはビールを飲み干すとやおら立ち上がる。
次の瞬間、彼女は個室を後にしていた。


 バサッ・・・バサッ・・・。
空を飛んで神殿上空までやって来たルクレティアは背中の翼を羽ばたかせながら、眼下に見える神殿を眺めていた。
(見てらっしゃい・・・あの狼ども・・・。絶対にほえ面かかせてやるんだから!!)
ルクレティアは両手を広げると、何やらブツブツと唱え始める。
彼女の口から人間の喉では発音できない音階で呪文らしき言葉が詠唱されると、ルクレティアの全身が眩いばかりの光に包まれ始めた。
やがて、足先からルクレティアの身体が服もろともガラスのように透き通りだす。
ついには完全に透明になってしまった。
 (よし・・あとは・・)
透明人間ならぬ透明悪魔になるや、ルクレティアはゆっくりと空から地上に向かって降下する。
そして、正門のところで止まると、再び地上を見下ろした。
地上ではルクレティアを通行止めした門番がまだ番をしている。
(ふふふ・・・。まだ交代の時間じゃないみたいね。都合がいいわ)
ルクレティアはほくそ笑むと手を伸ばし、指先を神殿の名を書いた大きな額に向ける。
ルクレティアは指先に意識を集中する。
透明になっているため他の者には見えないが、指先がほんのり光り、同時に額が僅かだが揺らぎだした。
(ショータイムの・・・始まりよ!)
ルクレティアは思わずそう叫びそうになるが、必死で声を出すのを堪える。
彼女が指先を下に向けるや、額が滑って真っ逆さまに地上に落ちていった。


 「なぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~っっっっ!!!!!」
その狼男は悲鳴を上げるや、落ちてきた額に思い切り頭を叩きつけられて昏倒する。
「うわあ―――っっ!!!額が落ちたぞ――――ッッッ!!!!」
「助け起こしてやれ――――っっっ!!!!」
他の神殿職員たちが慌てて仲間に駆け寄った。
仲間達は心配そうに額にぶつかった男を見やるが、幸い気絶しただけのようだ。
「よかった・・・。外傷はなさそうだな・・」
「でも頭だからな。万が一ってこともあるかもしれん。すぐに医務室に運んでやろう」
ロムルス族の男たちは倒れた仲間の手足を持って抱え上げるや、えっちらおっちらと中へ運んで行ってやる。
その様子を見ながらルクレティアはニンマリとしていた。
(ふん!私を馬鹿にしたからこうなるのよ!ナマイキなんだから!!)
 仕返しを済ませたルクレティアはチラリと神殿の方を振り返る。
「フフフ・・・。さぁて・・・探検でもしてやろうかしらね?」
ルクレティアはそう呟くと、身体を透明にしたまま、神殿の境内に降り立った。


 ―続く―
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